二十三話 甘い意地悪

  

 百貨店の建物の中に入っている洋食屋へと連れていってもらった千依を待っていたのは、感激の連続だった。

 最初に出されたステーキは、想像を遥かに超える程の美味しさで、千依は噛みしめるように食べた。


 どうしてここまで美味しく肉を焼けるのだろうか。

 何か特別な技でも使っているのかもしれないと千依が感嘆していると、三智鷹は「食べさせ甲斐があるなぁ」と笑っていた。


 また、ナイフを使って食べるのが苦手な千依を三智鷹が気遣ってくれたのか、先に食べやすい大きさに切られて提供されたので、大変助かった。



 そして、今は食後のデザートとして出された、白いクリームの上に苺が載っているケーキを食べている最中である。


 クリームの柔らかな甘味が口いっぱいに広がり、千依はフォークを持っていない方の手を思わず頬に添えてしまう。

 頬が落ちそうとはまさにこのことだろう。


 スポンジ生地の間に挟まっている苺も、何と甘酸っぱくて美味しいことか。

 苺なんて、春になるとそのあたりに生えている野苺しか食べたことなかったが、それとは全くの別物だ。


「──うぅぅ、美味しい……こんなにも美味しいものがこの世に存在するなんて……」

「千依さんは本当、美味しそうに食べるねぇ……」


 千依の目の前の席にはコーヒーを飲んでいる三智鷹がいる。彼が食べているのは、柑橘系の果物が入っている可愛らしいゼリーだった。


「だって、すっごく美味しいんですよ! 味が気になるなら一口、食べてみますか?」

「え」


 千依はフォークでケーキを一口分に切ってから、三智鷹の口元へと運んでいく。

 彼は驚いているのか、少し固まっていた。


「あ、もしかしてケーキはお嫌いでしたか?」

「……いや、そんなことはないけれど」


 口籠りつつも、三智鷹の視線は「本当にいいのか?」と問うてきている。


「確かに食い意地が張っている私ですが、別に一口分を分けるくらいの寛容さはありますよ!」

「……じゃあ、いただこうかな」


 三智鷹の端整な顔が、一口分のケーキが載ったフォークへと近付けられる。

 そして、ぱくりと彼は食べた。


「っ……」


 だが、三智鷹がケーキを千依の手ずから食べた瞬間、形容しがたい羞恥が込み上げてきた。

 それは恐らく、フォーク越しに彼が口を動かした感触が伝わってきたからだろう。


 ぶわり、と千依が顔を真っ赤にしていると、ケーキを飲み込んだ三智鷹がにやりと笑う。


「だから、確認したのに」


 三智鷹は最初から分かっていたらしい。

 千依が固まっていると、彼は愉快げな表情で言葉を続ける。


「知っているかい? 流行りの小説に影響を受けたのか、恋人同士でお互いに食べさせ合う行為がここ最近、人気らしいよ」


 そう言いながら、彼はスプーンで自らが注文していたゼリーを一口分、掬った。


「一口、食べるかい?」

「っ……いっ、意地悪、ですよ……! ……そもそも、私達は恋人同士ではありませんしっ」

「そうだね、夫婦だからねぇ」


 のんびりとした口調で三智鷹は唇に弧を描く。


「それで──食べるの、食べないの、どっちだい?」

「うぅぅぐぅ……食べますぅっ!」


 もはや、なげやり気味に千依は差し向けられたスプーンの上のゼリーをぱくり、と食べる。

 口に広がるのはゼリーの甘味と蜜柑の酸味が調和された柔らかな美味しさだった。


「ふわぁ、美味しい……」


 ゼリーなんて久しぶりだったこともあり、さっきまで感じていた羞恥を忘れてしまう程の美味しさだ。


「ほら、もう一口」

「はっ……!」


 再び向けられた、一口分のゼリー。

 千依はぱっと顔を向け、ぱくりと食べた。


 その美味しさに表情を緩ませていた千依だったが、すぐに自分が何をやったのかを自覚する。


 ……しまったっ!! つい、反射的に食べちゃった……。


 こういう時でさえ、自分は食い意地が張っているらしい。


 羞恥を思い出した千依がわなわなと震えていると、三智鷹は微笑んできた。

 まるで──この時間が、愛おしいと言わんばかりに。


「っ……」


 三智鷹の微笑みを見た瞬間、突然、心臓をぎゅっと握られたような心地が一気に広がっていった。


 先にゼリーを飲み込んでいて、本当に良かった。

 でなければ、目の前にある眩しい笑みに見惚れて、ゼリーを喉に詰まらせていたかもしれない。


 ……な、何だろう……。三智鷹様にあんな笑みで見られるとむず痒いような、落ち着かないような……変な感じがする……。


 今、感じているものが嫌というわけではなく、ただ経験したことがない心地であるため、どうすればいいのか分からず、持て余すことしか出来ない。


 しかし、動揺している千依の内心に気付くことなく、三智鷹はすぐに楽しげな表情へと変えた。


「うーん、手ずから食べさせるのって、思っていたよりもはまりそうだ……。千依さん、もう一口食べる?」


 三智鷹がもう一口分、スプーンでゼリーを掬おうとしていたため、千依はぶんぶんと首を横に振った。


「も、もう、結構です!」


 必死に首を振る千依だったが、三智鷹は残念だと言いながらも楽しそうに笑っていた。

  

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