二十二話 居場所
決心したように千依は顔を上げて、三智鷹を見た。彼は変わらず、千依を真っ直ぐ見ている。
「母の──母の生家を買い戻したいんです」
「千依さんの母君の……生家?」
「そうです。……皇都の郊外にある、塀に囲まれた小さな屋敷でして。元々は母の持ち物だったんですが、いつの間にか父の名義に代わっていて……」
そして、母が亡くなった後に売られてしまった、と千依が話せば、三智鷹は目を大きく見開いていた。
「古くて、小さな屋敷でしたけど……とても空気が澄んでいて、居心地が良い場所だったんです。庭には桃の樹がたくさん植えられていて、開花の時期になるとそれはもう見事でした」
ふと、展示のために
「ほら、私の体質って他の人と明らかに違うじゃないですか。……せめて、祓い屋の家に生まれていたならば、まだましな扱いを受けていたかもしれませんが、ただの華族でしかない白小路家では異端だったんです」
白小路家では父だけでなく、使用人からも千依は気味悪がられていた。
千依がそこにいるだけで妖が逃げるならば、祓い屋いらずとして重宝しても良かったのではと思うところだが、そこはさすが血筋を重んじる「華族」様だ。
自分達とは違うと判断したものを彼らは受け入れられず、「異端」として蔑むことしか出来なかった。
白小路家の人達は常々、妖を恐れていた。
そんな恐怖の対象である「妖」が、つい逃げたくなる程の何か悪いものが千依に憑いているのではと考えたらしい。
「でも、母様だけは私に優しかったんです。……体も弱くて、周りから疎まれる私を案じた母が安らげる場所として、連れていってくれたのがその屋敷でした」
今も鮮明に覚えている、思い出の場所。
周囲に人家がないので、誰かの目を気にすることなく、そのままの自分でいられた。
たとえ屋敷が広くても窮屈な心地がした白小路家とは違い、桃の花が咲くあの温かな場所だったからこそ、自分は笑うことを覚えたのだ。
その屋敷で母と過ごした日々は最も穏やかで、幸福な時間だったと言えるだろう。
「あの場所だけが──私が、私らしくいられる唯一の居場所で、帰る家でした。……だから、どうしても取り戻したいんです」
しかし、古い家とはいえ一軒家を購入するのはただの小娘には苦難の道だった。
それゆえに千依は自分の破魔体質を利用し、祓い屋で生計を立てて、お金を貯めることにしたのだと三智鷹へと明かした。
他の人が聞いたら、笑うかもしれない話を三智鷹はじっと耳を傾けて聞いてくれた。
すると彼はふっ、と目元を和らげる。
「君の願いが叶う日が来るのも案外、早いかもしれないよ」
「え?」
「千依さんが思っているよりも、正規の祓い屋の収入は高いんだ。それに拝上一門の者は安定して収入が得られるからね。中には独立して、自分の家を持った人もいるくらいだよ」
「そうなんですか」
「うん。だから、きっとすぐにその屋敷を買い戻せる日が来るよ」
笑うことも、呆れることもなく、彼は穏やかな声音でそう言った。
「それと──居場所がないって言っていたけれど、今もそう思うかい?」
「今、は……」
千依は三智鷹の方を見る。
彼は逸らすことなく、柔らかな表情で見つめてきたため、千依の胸はどきりと跳ねてしまった。
「君の破魔体質は確かに珍しい。けれど、ほら。僕の隣に立ったら、そんなに目立たなくなると思わないか?」
三智鷹は黒い手袋をはめた手を軽く広げてみせる。
「居場所がないっていうなら、『祓い屋』である僕の傍にいればいい。そうすれば、たとえ特殊な力を持っていても、君はどこにでもいる『祓い屋』たちの一人だ。──そうだろう?」
「……」
その言葉に、千依は目を大きく見開く。
……ああ、そうだった。この人は……最初から、私を忌避したり、恐れたりしなかった。
むしろ、自分達の一員だと認めて、手を伸ばしてくれているようだった。
まるで、彼の隣こそが、自分が居ていい場所なのだと示すように。
胸の奥から、熱いものが込み上げてくる。
どうして、三智鷹から向けられた言葉がこんなにも嬉しいのだろう。
そんな気持ちをぎゅっと胸の内側へと押し隠し、千依は三智鷹へと返事をする。
「……そんなことを言っていたら、そのうち三智鷹様の仕事まで奪っちゃうような有望かつ人気の高い『祓い屋』になっちゃいますよ」
「お、いいね。そのくらいの気概でいなくちゃ。……それに君なら、どんな案件だろうと安心して任せられるし」
にっ、と彼は歯を見せて笑う。
何となく、胸のあたりを乱された心地がして、千依は平静を装いながら目を逸らした。
すると、千依のお腹がぐぅと鳴る。
朝食はしっかり食べてきたというのに、この体はもう栄養を欲しているらしい。
「っ……。今のはっ、気のせいです!」
必死に隠そうとしたがすでに遅い。
近くにいた三智鷹にも聞こえたようで、彼は口元を緩めていた。
「ちょっと早いかもしれないけれど、昼食にしようか。実は、この百貨店には美味しいステーキを提供してくれる洋食屋が入っていてね。事前に席を取ってもらっているんだ」
「ステーキ!」
「何枚でも、食べていいよ」
ステーキ、それは白小路家にいた頃、後妻の子どもの誕生日に出されていた特別なご馳走だ。
もちろん、千依は見るだけで食べたことなどはない。
千依のお皿には、安くて味が悪いハムが一枚だけ乗っていたことをふと思い出す。
そんな惨めな思い出を上書きするようなことを三智鷹は言ってくれた。
「あと、旬の果物を使ったケーキも有名らしいよ」
「けっ、け、ケーキですと!? いいんですかっ? 何でもない日にケーキなんて食べても!? 誕生日にさえ食べたことがないのに……!」
思わず、ぐいっと三智鷹へと顔を近付けてしまう。
彼は一瞬、目を瞬かせ、それからふわっと笑った。
「いいんだよ。千依さんが喜んでくれるなら、僕にとってはそれが特別な日になるからね」
何気なく呟かれたその言葉は、千依にとっては食べたことのないケーキよりも甘く感じられた。
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