二十一話 守る人

 

 文字たちが消え去った後、それまで光っていた陣はもとの姿に戻り、その場に満ちていた空気も張り詰めたものではなくなっていた。

 

 作業が終わったのか、三智鷹がこちらへと振り返る。


「よし、これでしばらくは大丈夫だろう。それじゃあ、出ようか」


 共に部屋から出て、支配人へと報告すれば、三智鷹は深く感謝されていた。

 その姿を眺めていた千依は何となく、これまでの自分との差異を三智鷹に感じていた。


 ……人を守るための力、か……。


 千依が得意なのはその身で妖を祓うことだが、三智鷹のような祓い方は出来ないだろう。


 妖に襲われないように未然に防ぐことも、祓い方の一つなのだと改めて思い知った。



 地下から店舗が並んでいる一階へと戻り、そこで支配人と別れたため、再び三智鷹と二人きりとなる。


「これで仕事は終わったし、この後は──千依さん?」


 千依の様子が先程と違うと思ったのか、三智鷹は首を傾げる。


「何だか、考え事をしているような顔をしているけれど、どうしたんだい?」

「……三智鷹様が陣を編んだところを初めて見たので」

「そういえば、そうだったね。どうだい、祓い屋としての僕の仕事ぶりは」

「何というか、温かみのある祓い方だなって思いました。それに凄く綺麗で……」

「見惚れたかい?」

「そう、ですね。……そうかもしれません」


 千依が素直に頷けば、そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったのか、三智鷹は目を瞬かせた。


「私はこれまで、自分の力を自分の願いのために利用してきました。でも、三智鷹様は──見知らぬ他者を守るためにその力を使っていて、私とは全然違うなって思ったんです」


 千依は百貨店の中を行き来する人達へと目を向ける。

 彼らは守られていることを知らずに、その時を楽しんでいる。


 賑やかで活気のあるこの光景が続いているのも、三智鷹が人知れず守ってきたからだ。

 それを今、実感した。


「……きっと私が知らないだけで、三智鷹様はたくさんの人を救ってきたんですね。……その献身さが、私には──眩しいです」


 自分には「誰かのために」なんて殊勝なこと、出来ないだろう。

 たとえ、仕事であろうとも人々の生活を陰から守っている三智鷹を千依は素直に尊敬した。


 すると、それまで目を丸くしていた三智鷹は、くしゃりと破顔する。


「千依さんだって、そうだろうに」

「え?」

「僕の方こそ、君に救われているよ。……それこそ、今みたいに」


 今、と答えた彼に対し、千依はどういう意味だろうかと首を傾げた。


「でも、そうだなぁ……。千依さんがそんな風に僕を認めてくれるなら、それに相応しい人間であり続けられるように、これからも努力しないとね」


 そう言って、彼は右目をぱちりと閉じた。


「さ、仕事は終わったし、昼食までまだ時間はあるから買い物でもしようか」

「買い物、ですか?」


 百貨店に来たことがない千依はここで何をすればいいのか、分からない。


 三智鷹はどこに何を売っている店があるのか熟知しているようで、そこに向かって歩き始めた。

 千依も彼に合わせて、隣を歩く。


「君が普段、着ているものは結婚する前に急いで用意したものばかりだからね。千依さんの好みを一切、聞いていないだろう? だから今更かもしれないけれど直接、品を見て、決めた方がいいかと思って」

「え」

「ああ、心配しなくても、この買い物は僕個人が君に贈る物だから、給料からは引かないよ。先日の、例の妖の影を撃退したお礼も兼ねているから、安心して気に入ったものを選んで欲しいな」

「……いえ、別に今あるもので十分なんですが……。むしろ、用意してもらった着物が多過ぎて、まだ一度も袖を通したことがないものもありますけど」


 千依の部屋には、三智鷹によって用意された着物がたくさん箪笥に仕舞ってある。

 他にも帯留めや髪飾りなどの小物まで用意されていたので、最初は恐れ多くて使えなかったくらいだ。


 それでも、自分に付いてくれている女中たちによって「旦那様が用意したものは、ぜーんぶ奥様のものですよ! 遠慮せずに身に着けて下さいませ!」と毎日、着飾られてしまうのだが。


「どれも素敵なものばかりで気に入っていますし、これ以上、揃える必要はないですよ」

「遠慮しなくてもいいのに……。じゃあ、洋装とかはどうだい? あまり興味はないかな?」


 三智鷹が指で示したのは、ガラス越しに展示されている白いレースが美しいワンピースだった。


「ほら、このワンピースとか、千依さんに似合いそうだ」


 似合いそうと言われて、喉の奥から何かがぐっと出てきそうになる。

 それを無理やり抑えて、千依は返事をした。


「こういったものを着たことはありませんね。……足元がふわっとしていて、風に吹かれたら不安になりそうな装いですが……。でも、動きやすそう……」

「……千依さん。今、このワンピースを着た際にどうやって妖と戦うかを考えただろう?」

「え、何で分かったんですか」


 三智鷹は苦笑しながら、「顔に書いてあった」と言った。


「それなら、宝飾品とかはどうかな? 今は大き目の宝石が付いている指輪が人気らしいよ。ここの二階に宝飾品の売り場があるけれど、見に行ってみるかい?」

「うーん、指輪をはめていたら、妖を殴る時に指を痛めそうですね」

「確かに。千依さんはいつも妖を祓う時、直接、殴っているからね……。……まぁ、あれで祓えるのは僕が知っている限り、千依さんだけだけれど」


 彼が最後にぼそりと呟いた一言は聞こえなかった。


「……すみません、色々と勧めてくれているのに興味が持てなくて……。正直、自分を着飾ることに縁遠い生活を送っていたので、必要以上のものを買う気になれないんです……」

「食に関しては遠慮がないのにね」

「食べることは、生きることですから。……まぁ、三智鷹様に嫁ぐまではかなり切り詰めて生活していたので、一日一食とか珍しくなかったですし」


 ガラスのケースに並んでいる煌びやかな小物を眺めながら、千依は目を細める。


「だから、食べるもの以外はどうしても──無駄遣いをしているような感じがして、気が引けてしまうんです」


 眺めていたものから、千依は視線を逸らす。

 その先には、労わるような表情の三智鷹がいた。


「聞いても、いいかな? ……千依さんがお金を貯めている理由」

「そ、れは……」


 千依は一度、口を噤む。


 今まで誰にも、言ったことがなかった願望。

 以前の自分が拒否した、三智鷹からの問い。


 けれど、今の三智鷹なら──自分に真っ直ぐ向き合い、千依の母を認めてくれた彼にならば、話してもいいかもしれない。

  

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