四章 守り人の矜持
二十話 陣を宿す
例の妖による襲撃を受けてから二日後。
三智鷹に誘われ、千依は皇都の大通りに面している百貨店に来ていた。
……おっ……大きい……。こんなにも大きな建物、初めて見た……。首がつりそう……。
白い壁の洋風建築を見上げながら、千依は思わず口を空けそうになるのを我慢する。
そして、驚く自分を見ては愉快げに笑っている三智鷹の方を見た。
「出掛けるって、百貨店だったんですか」
「どこに行くと思っていたんだい?」
「三智鷹様のことなので、依頼先かと」
「……まぁ、間違いではないけれど。先に仕事を終わらせてから、ここで買い物なり、食事なり、君と楽しもうと思って」
しかし、今日の千依は普段の仕事用の衣服とは違って浅緋色の花柄の着物を着ている。
髪も結われており、ガラス製の桜の花の簪が頭を飾っている。
三智鷹も黒い手袋をしているものの、藍鼠色の着物に同じ色の羽織を纏い、いつもの帽子を被っているので見た目だけなら余所行きに見えるだろう。
……私が着ているこの着物、絶対高いんだろうなぁ……。汚しちゃったらどうしよう……。
そんな千依の心配を読み取ったように、三智鷹は苦笑する。
「心配しなくても、今日は衣服が汚れるようなことはしないよ。……『防護の陣』がこの百貨店には敷いてあってね。これから、その定期点検をするんだ」
「防護の陣、と言いますと妖の侵入を防ぐための?」
「そうそう。……妖の溜まり場にならないようにするのが表向きの理由だけれど、商売敵を陥れるために何かしらの方法で妖を差し向けるってことも、それなりによくある話だからね」
三智鷹の言葉に、千依はつい顔を顰めてしまう。
「怖っ……。なんて陰湿な……」
「それがなくても、利用客の安全を守るために防護の陣を張って欲しいと頼んでくる依頼は結構あるものだよ。そのおかげで、拝上一門には安定して収入が入ってくるけどね」
「ああ、だから割と羽振りが良かったんですね……」
納得するように千依は頷き返す。
「そのうち、君にも拝上一門が使っている陣を覚えてもらうからね」
「えー……」
「千依さんの妖を祓う力は随一だけれど、他にも出来ることがある方が今後の仕事の幅が増えると思うよ」
「む……」
言われてみれば、それもそうだ。
千依が納得するように渋々頷けば、三智鷹は満足げに笑った。
「それじゃあ、さっそく行こうか」
今日は二人だけでこの百貨店に来ているので、供はいない。
織人は三智鷹が外出することを心配していたが、千依がしっかりと護衛するので任せて欲しいと胸を張って宣言したら、彼は安心した表情で送り出してくれた。
ただ、護衛される方の本人は少し複雑そうな表情をしていたが。
しかし、事情を知らない者達から見れば、逢引に見えるのだろうかと思いつつ、千依は三智鷹に付いて行った。
事前に定期点検に行くと伝えていたのか、三智鷹が百貨店の従業員に名前を告げ、祓い屋の証を見せれば、すぐに支配人の男性が現れた。
そのまま色々と身元が確認され、二人は支配人によって防護の陣が管理されている場所へと案内された。
「……三智鷹様。私まで付いて行っていいんですか?」
「構わないよ。だって、君も拝上一門に属する人間だからね。それに普段は僕じゃなくて、一門の者に定期点検を任せているんだ。今回は譲ってもらったけれどね」
「つまり、いつか私に任せる時があるかもしれない、と?」
そう訊ねれば、三智鷹は肯定するように頷き返した。
「──こちらでございます」
支配人が地下一階のとある一室の扉を鍵で開けてくれた。どうやら普段から厳重に管理されているらしい。
「案内してくれてありがとう」
「いえ。では、私は外で待機しておりますので」
支配人に見送られ、千依は三智鷹と共に開かれた一室へと入っていく。
電灯を点けるためにスイッチを押せば、そこには八畳ほどの部屋があった。
床には墨のような何かで描かれた円があり、その円の中には独特な文字で書かれた呪文がつらづらと綴られている。
「これが……」
「陣を踏まないように気を付けて。……さて、と」
三智鷹は陣をじっと見つめ、それから思案する。
「うーん、思っていたよりも陣が薄れてきているね。この文字が薄まると防護の効果がなくなってしまうんだ」
彼はそう言って、
次に懐から取り出したのは、筆と墨壺が一体化している
「……ん? 墨の匂いというよりも、お香のような……」
「よく気付いたね。この墨は特製で、霊力が通しやすい材料が混ざっているんだ」
「へぇ……。道具を使って陣を編むこともあるんですね」
拝上一門の人達の相手をしていた時のことを思い出しながら、千依は作業を始めようとしている三智鷹の手元を見る。
陣を発動させるにはその図を頭に入れて、呪文を唱えながら手印を結び、編んでいくものだと一門の人から教わったが、それだけではなかったらしい。
「一時的に陣を編む場合なら、道具は必要ないけれどね。ただ、今回のように長期間、陣をその場に固定化するためには専用の道具が必要になってくるんだ。この墨の作り方もまた今度、教えるよ」
筆に墨をつけて、三智鷹は一つ、二つと息を吐いてから、足元の陣へと近付いた。
しん、と静まった空気の中、筆を持っている三智鷹の動く音だけが微かに聞こえる。
……三智鷹様の霊力が筆と墨を通して、陣へと注がれている……。
繊細な作業だというのに、三智鷹が動く様はまるで舞を舞っているように軽やかで滑らかだ。
それでいて、普段とは違ってどこか近づきがたい圧も感じられ、千依は固唾を呑みながら見守った。
これが、「
精悍で、凛としており、何より──目が離せない。
恐らく自分は今、三智鷹に見惚れているのだろう。
上書きするように墨でなぞり終えた後、彼は矢立を懐へと仕舞い、陣の前へと立つ。
「──結べ、結べ、結べ」
三智鷹は両手を組み、指を交差させるように印を結ぶ。
すると、まるで金属と金属を叩き合わせたような不思議な音がその場に響き始めた。
「あらゆる
ゆっくりと陣が淡く光り、柔らかな熱を帯びていく。
次第に床に描かれている陣から分身したように、光る文字が宙を舞う。
その幻想的で美しい光景に、千依は息をすることさえ忘れ、目を奪われていた。
「我が
その瞬間、三智鷹の言葉に従うように、宙に舞っていた文字たちは四方八方へと飛び去り、霧散していった。
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