第20話 街へ -4
街道の中央に綺麗な半球状のドームがあった。
ドームは土で出来ており、ドームを形成する材料にされたことで周囲の地面は少し窪んでいる。
そのドームの周囲にはレッサーフェンリルがたむろしていた。
ドームの内側に獲物が隠れていて、暫く経てば出てくる事が分かっていたのだ。年若く、血気盛んな個体はドームの表面を掘り返そうとしていたが、頑強なドームに傷を付ける事は叶わない。
それを見た別の個体はドームを遠巻きに観察していた。焦らなくても獲物が自分から外に出て来て、それに喰らいつけば良いと理解していたからだ。
遠巻きに観察する狼と、ドームの周りで徘徊する狼に二分されていた。
獲物がドームの中にこもってから暫く経った。
そろそろ出てくるだろうと、狼たちはドームに対して注意を払う。すると、ドームの外壁部分がボロボロと崩れるのを目にした。崩れている所から飛び出すのだろうと狼たちは考えるが、何やら様子がおかしかった。
ある一点から崩れているのかと思いきや、半球の全体がボロボロと崩れていたのだ。籠っていた場所から出てくるにしては可笑しな現象だった。レッサーフェンリルは不穏な気配を感じ取って身構える。近付くでも遠ざかるでもなく、その場から反射的に動けるよう伏せに近い姿勢をつくる。
少ししてドームの崩れは収まった。崩れていたはずなのに、ドームの外壁に綻びは無く内部の様子は確認できない。困惑しつつも警戒し続けていると、突然ドームが”爆ぜた”。
ドームを構成していた外壁は弾となってレッサーフェンリルに降りかかる。
ドームの近くにたむろしていたレッサーフェンリル達は、反応する暇もなく外壁だったものに貫かれて絶命する。
「思ったより上手くいきましたね」
「まだ生きてる奴もいる、とにかく走れ!」
ドームの中から、ルクス、ウィル、レイノルドが飛び出す。
ドームの破裂はルクスの魔法によるものだった。極限まで強度を高めたドームに限界ギリギリの負荷を与えて、最後に爆発させたのだ。効果はてきめんで、ドーム近くにいたレッサーフェンリルをほとんど殺すことに成功していた。
しかし、遠巻きに見ていたレッサーフェンリルへの効果は薄かった。たまたま大きな破片に当たった個体は死んでいたが、被害はそれくらいのもので、まだまだ多くの狼が生き残っていた。
獲物だと思っていた相手が同胞を殺したことで、レッサーフェンリル達の追走は激しさを増した。
一瞬呆気に取られていた狼達は、全速力でルクス一行を追い立てる。直線的に近づくと魔法が飛んでくる事を覚えていた彼らは、樹々に身を隠したり、じぐざぐに走る事で魔法の的にならないようにしていた。
先頭を走っていた一頭がルクス目掛けて飛び掛かるが、レイノルドによって切り伏せられる。
「タガが外れたこいつらは厄介だぞ」
狼達は組織的に動いていた。
遠距離攻撃を出来るのがルクスだけだと気付いて、分散して動くようになっていた。固まっていないため、ルクスの魔法は更に当たり辛くなり狼を減らす事が出来なくなっていた。
一行はルクスの全速力に合わせて行軍していた。レイノルドとウィルは大人の歩幅で動いているため呼吸に余裕があるが、ルクスの限界は近かった。
それに気付いてかレッサーフェンリルの攻勢は強まる。当初は一匹ずつ飛び出していたのが、数匹同時に出てきたり、態勢を整える余裕を与えないように間髪いれずに連続で襲い掛かって来るようになった。
「ルクス、ここらで一回休もう!」
返事を返す余裕もなく、シェルターの構築に取り掛かる。簡単な外形を作るのに時間はかからなかったが、完成するまでの隙を狙ってレッサーフェンリルが一斉に飛び掛かる。ほとんどはレイノルドが切り伏せるか、生成中のシェルターに阻まれるが、二匹がシェルター内に侵入してきた。
一匹はレイノルドの手によって素早く始末されたが、残りの一匹はルクスへと飛び掛かった。ルクスはシェルターを完成させる事に集中していたため、反応が遅れた。
阻む物は何もなく、ルクスを殺すというレッサーフェンリル達の目的は果たされようとしていた。
「おら!」
ウィルがレッサーフェンリルの腹めがけて体当たりをお見舞いした。男と一匹はもみくちゃになりながら地面に叩きつけられる。
レッサーフェンリルは素早く体制を整えて、再びルクスへと飛び掛かろうとするが、その直前でレイノルドに首を切り落とされて絶命した。
「お手柄だぞウィル」
レイノルドはウィルの手を取り、立ち上がるのを手伝った。その頃にはシェルターの強化も完了しており、ルクスは地面へとへたり込む。
「死ぬかと、思いました……」
全速力で走っていたので息は絶え絶えで、肩で息をしながら首を切り落とされたレッサーフェンリルを見つめる。
「俺も終わったと思った。ウィルが根性を見せたな」
そうして二人でウィルの方を見やるが、ウィルは深刻そうな顔をしながら震えていた。重症でも負ったのかと心配するが、どこをどう見ても外傷は無く、怪我が原因では無さそうだった。見慣れているはずなので、魔物の死体を見てショックを受けているとも思えず、何が原因なのか分からなかった。
「ウィルさん、何か問題でも?」
ウィルに問うてみると、か細い声で”水晶が……”と言っているのが分かった。
「水晶がどうしたんだ……、あ……」
レイノルドがウィルの足元を見ると、やけに細やかなガラス片が転がっているのに気付く。
「あー、やっちまったなこりゃ」
ウィルの足元に転がっていたガラス片は探魔水晶”だった”ものだ。大事に運んでいたが、レッサーフェンリルに体当たりをして地面に倒れ込んだ衝撃で割れてしまったのだ。
「どうしましょう……これでは魔物の位置が分かりませんよね……」
ウィルの言う通りだった。
レッサーフェンリルがどれほど残っているのか、大群がどれだけ近づいているのかが分からなくったのだ。それだけでなく、エリオットやケイトリン一行がどこにいるのか、街からの援軍が来るのかどうかも分からなくなってしまった。
街に辿り着くために探魔水晶は欠かせない物だったが、今ここで使えなくなった。
「そんなに気を落とすなよ」
「ですが、ルクスとレイノルドがこんなに頑張っているのに……私は足を引っ張っているだけです」
「ルクスを救ったじゃねぇか」
レイノルドがウィルを励ますが、ウィルは完全に意気消沈していた。
「……あぁ神よ、私を許してくれるでしょうか」
気落ちするだけに留まらず、神への祈りまで始める始末だった。レッサーフェンリルの死体に囲まれながら祈るその姿はある種の宗教画のようだった。
ひとまずウィルの事は放っておいて、レイノルドと今後について相談する事にした。
「このペースで進むことが出来れば大群には追い付かれませんよね?」
「俺もそう思うが今のペースを保てたらの話だな。狼たちの順応が早すぎて、シェルター作戦を攻略されちまうかもしれん」
「それについては考えがあります」
レイノルドは興味深そうにこちらを見た。
「自分たちの周りにシェルターを作るんじゃなくて、元々作ってあるシェルターに駆け込む方式にします」
「とは言っても、元々あるシェルターって何なんだ?」
「走ってる最中にシェルターを作ります。目視できる範囲での作成になりますけど」
人が駆け込めるだけの開口を作って、そこに駆け込む作戦だ。どうしても入り口は必要になるが、一か所に絞れば後から入って来るレッサーフェンリルの対処は簡単なはずだ。俺が入り口を閉じている間、レイノルドに入り口を見ていてもらえば良い。
俺の提案に納得したのかレイノルドは深く頷いた。
「おいウィル、今は逃げる事に集中しろ。神に祈るのは帰ってからにしてくれ」
「もう祈りは終わりました。大丈夫です」
「そうか、急に落ち着かれても落ち着かないが、まぁ良かったよ」
ウィルの立ち直りの早さにレイノルドは若干引いていたが、次からの移動の目安が立ったため一息つくことが出来た。
「ルクス、体力は大丈夫そうですか?」
「思ったよりしんどいですけど、何とか」
「命を狙われてるんだから疲れるだろうな」
強気に振る舞って見せたが、実際は死ぬほどきつかった。全力疾走後にシェルターを作らなければならないのも相まって、想定以上の疲れが蓄積していた。溜まった疲れを取るために休みたかったが、大群との距離が分からない以上、ゆっくりと休むことは出来なかった。
「そろそろ出るぞ」
レイノルドの合図に合わせてシェルターを爆散させる。学習したのか、爆散に巻き込まれるレッサーフェンリルは非常に少なかった。
「あんな事があったのにシェルターに近付く個体もいるのですね」
「……爆散させる必要があると思い込ませるのが目的かもな」
「どういう意味です?」
「シェルターの爆散を強制してルクスの魔力を尽きさせたいんだろう」
「……」
全力逃走中の展開は先ほどと変わらなかった。付かず離れずでレッサーフェンリルは付いてくる。角を曲がった瞬間や少しつまずいた瞬間を見計らって飛びついてくるため気を抜ける瞬間は無い。
時折至近距離に飛び込んでくる個体もいたが、そういうのに限ってルクスに飛び掛かる事はせず、攻撃をもらわない距離でデコイのような動きを繰り返していた。デコイにつられると、茂みの中から飛び出してくるレッサーフェンリルへの反応が遅れるため、ついにレイノルドが爪による切り傷を貰ってしまった。
「くそっ、走りながら治せるか?」
「ようやく私の出番ですね……、とは言っても、このペースで走りながらだと血を止める程度の治療になってしまいます」
「十分だ、頼む」
ウィルは上手に並走しながらレイノルドを治療する。この間、レイノルドの剣技を当てにする事が出来ないため、ルクスだけでレッサーフェンリルの猛攻を防がなければならなかった。しかし、全力で走って酸欠気味になっている時に周囲に気を配るなんてことは出来ない。
いつ飛び出してくるか分からず、デコイの可能性もある。それらを区別しながら皆を守る事は難しく思われた。その結果として――。
「大雑把でいっか」
周囲に向けて土塊を撃ちまくることにした。
拳大の土塊を大量に作って、敵がいるかを気にせず撃ちまくる。ほとんど当たらないが、近づいてくる個体に対してはそれなりに効果があった。結果として近付いて来るレッサーフェンリルはいなくなり、安全に行軍する事が出来た。
魔物避けは出来ていたが、魔法を使うのにはそれなりの集中力を要する。走りながら魔法を使い続けた事ですっかり息が上がってしまっていた。
「シェルターを作ってくれ!」
レイノルドに言われ、自分たちの周りにではなく少し離れた場所にシェルターを作る。シェルターに土塊が当たらないよう魔法を撃ち止める。すると、魔法の切れ目を狙ってレッサーフェンリルが3匹飛び出してきた。シェルターへの道筋を阻むように立ちふさがる。
「俺に任せろ」
レイノルドが切り殺すとシェルターまでの道が開ける。玄関の戸口程度に開けていた開口部から内部に飛び込む。入り口を閉じるために振り返り、土を集めてシェルターを閉じようとする。今回も無事にシェルターへたどり着けたと思っていると、後ろからウィルの悲鳴が聞こえた。
「離れろ!」
振り返ると、レイノルドがレッサーフェンリルを切り殺していた。何故シェルターの中にいるのかと疑問に思っていると、ウィルが腕を抑えている事に気が付いた。
「噛まれたんですか⁉」
「傷はそこまで深くなさそうですが……」
深くないとは言いつつも、ウィルの右腕からは血があふれ出ていた。ここまで大きな傷を治療した経験は無かったが、切り傷を治すときと同じ感覚で治癒魔法を使うと、どうにか止血する事が出来た。
治療を終えると、レイノルドが言った。
「シェルターの前にレッサーフェンリルが立ちふさがった時に侵入したんだろうな。目くらましになって侵入したのに気付け無かった」
「そんなに知能が高いんですか?」
「いや、ここまででは無いはずなんだが……」
レイノルドが言うのならば、普通のレッサーフェンリルでは無いのだろう。昨晩の孤児院の襲撃から不思議な出来事が続いていた。
「それにウィルを狙ったのも気になる。ルクスも隙だらけだったのに何故狙わなかったのか」
言われてみればそうだ。レッサーフェンリルの襲撃を退けられるのはルクスだけで、そのルクスが死んでしまえば他のメンバーを殺すのは容易だ。治癒魔法を警戒しての行動とも捉えられるが、ここまで知能の高い魔物が絶好の機会を逃すとは思えなかった。
「……何か別の狙いがあるように見えるんだよな」
レイノルドのつぶやきはシェルターの中に静かに響き渡った。
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