第21話 街へ -5
シェルターへの突入の仕方を変えた事で、道中の移動は安定した。
小さな開口を設けるのではなく、ドームを更に半分にした形状で作るようにした。ルクスたちが入る方を丸々半分開けておく事でドームの中が全て見通せるし、ドームに入った後は壁を背にして魔物の襲撃に備える事が出来た。ドームに入り込むレッサーフェンリルはいなくなり、道中で殺し続けたためか、レッサーフェンリルの数は減っているように見えた。
「これなら森を抜けるまで行けそうですね」
「……ルクスの体力が限界かもな」
子供の心肺能力で全速ダッシュを繰り返すのはきつかった。体力の回復が早いとはいえ、これまでの移動で蓄積した疲れは無視できないものになっている。事実、行軍ペースは徐々に落ちており、大群の位置が分からない事も相まって気が抜けない状況だ。
「街にある探魔水晶で大群の存在に気付いてるって事はないんですか?」
孤児院にあった探魔水晶がトゥルグにもあるはずだ。大群の位置も街まで20km以内にいるはずなので、それを察知していると考えたのだ。
「人口密集地に置いてる探魔水晶はノイズだらけで使えたもんじゃないらしい。孤児院みたいな孤立した場所に設置して初めて効果が出るもんだから望み薄だろうな」
つまり、独力で森を抜けなければいけないという事だ。ここまで悪い話が続くと、反応も薄くなる。
「まぁ、当初の予定と変わらないってことですね」
森を抜けるまで約3kmとなった。エリオット達は森を抜けている頃合いで、シェルターを使って安全に移動できているが、ルクスの魔力が尽きる前に森を抜けられるかは分からなかった。レッサーフェンリルはルクスに大量の魔法を使わせる動きをしており、じわじわと真綿で絞殺されている感覚があった。
それと同時にある種の疑問を抱いていた。
「なんか不思議な動きですよね」
「ん、何だ?」
「レッサーフェンリルの動きです。あれだけ殺意を込めて襲ってきてたのに、今は何というか……大人しくないですか?」
シェルター作戦が上手くいってるのもあるが、それにしても道中の動きが緩慢に見えるのだ。
「あいつらも不用意に近づくと殺されるって分かったんじゃねぇか?」
「にしてもですよ。それに殺せない相手に執着してるのも変じゃないですか?」
「……それもそうだな。俺らを殺すために大勢死んでるわけだしな」
「殺すんじゃなくて、消耗させるのが目的な気がしてならないです」
それは何故か、と問われると、後ろに控えている大群の存在がちらつく。レッサーフェンリルも元々は大群から抜け出して来た部隊であり、何か大きな目的の為に動いているはずだった。それこそ魔物の頭領のような存在がいて、そいつの命令に従っているような印象を受ける。
では自分達を殺すのではなく、消耗させる目的とは何だろうか。生け捕りにするのが目的だろうが、どうして生け捕りにしたいのだろう。それっぽい理由はすぐには浮かんでこない。
奴隷にするため?あれだけの軍勢を率いているのに今さら奴隷が必要なのだろうか。最初は殺そうとしていた事に説明がつかないので、この説は無いだろう。
ルクスの攻撃魔法を見て手下にしたいと思ったのか?これも無さそうに思える。やはり孤児院で実力を見せているのに殺しに来るのが分からない。しかし、正解に近いようにも思える。どうしてそう思うかは自分でも分からなかったが、自分が使った魔法に関係している気がした。
考えを巡らせていると出発の時間になった。魔力はまだまだ残されているように感じる。しかし今までに一度も魔力切れを起こしたことが無く、魔力切れの感覚を掴めていないため、自分の感覚を信じ切る事は出来ない。魔法を使い過ぎないようにする必要がある。
いつも通りシェルターを爆散させて外に出るが、様子がおかしい事に気付く。
「諦めたのか……?」
レッサーフェンリルの姿は跡形も無く消えていた。今まではシェルターを出るたびに、遠巻きにこちらを見つめる姿を嫌でも目にしていたのに……。
「きっと私たちを追いかけても無駄だと分かったのでしょう。これで安心して街に帰れますね」
狼達が消えた事でウィルはすっきりした表情になっていた。しかしレイノルドとルクスはその場から動こうとはせずに周囲をひたすらに警戒していた。
「二人してどうしたんですか?もたもたしていたら敵に追いつかれますよ」
「ウィル、一旦静かにしていてくれ」
レイノルドのまなざしにただならぬ雰囲気を感じ、ウィルもきょろきょろと周囲を見回し始めた。しかし、周囲の森に特段変わった点は無く、いつも通りの光景に見えた。
ウィルは手癖で胸元のポケットをまさぐる。探魔水晶を入れていた場所だが、粉々になってしまったので何も入っていない。レイノルドの佇まいにすっかり当てられてしまい、何かしなければいけない感覚だけがあった。結局、杖を手に持つのだが、治癒魔法しか使えないので本当に気休めの杖だった。
ウィルが準備していると、ルクスが言った。
「ただの予感ですけど、これから本命が来る気がします」
ルクスの言葉にウィルは震えた。
本命というと、あの大軍の事だろうか。探魔水晶で見ただけでも、昨晩のゴブリンと比較にならない数だった。あれよりも速いペースで来ていたはずなのに追いつかれてしまったのだろうか。
しかし、大群が来ているにしては静かすぎるように思えた。
「ルクスさん、もしかして”本命”って大群以外にあるんでしょうか」
ウィルが言った瞬間に、森の空気が変わった。穏やかだったはずの空気が体中の皮膚をピリピリと刺激する。全身の毛が逆立つような感覚が身体中を駆け巡る。
ルクスは未だかつて経験したことの無い感覚に襲われた。
「なんだか凄い嫌な予感がします」
隣のレイノルドを見るといつもの落ち着いた表情は無く、焦りの感情が表に出ていた。彼らしく無い表情に、この嫌な予感の正体の恐ろしさの片鱗を感じた。どうしたものかと思索しているとレイノルドがポツリと呟いた。
「孤児院で”勇者”の戦いを見た事があるって言ったよな」
「……はい、言ってましたね」
ゴブリンの首を大量に跳ね飛ばした魔法を思いつく切っ掛けになった時の話だ。それと同時に、この世界には”勇者”と呼ばれる存在がいる驚きもあって、よく覚えていた。
「俺が見た”勇者”は味方だったが……」
「……」
「”勇者”が現れた時の空気に似ているな」
レイノルドの言葉に眩暈がした。どうやら勇者は、レイノルドが狼狽えるほどの力を持っているようだ。いつも落ち着いている彼だが、”勇者”がいるかもしれないという空気に恐怖しているようだった。
「”勇者”がこちらの味方っていう可能性は…」
「無いな。俺らを消耗させる指示したのが勇者だと考えるのが自然だろう」
「圧倒的に強いならわざわざ消耗させなくても……」
「そこの考え方は分からん」
確かに、”勇者”が味方と考えるのは楽観主義が過ぎる。トゥルグに来ているという話も聞いていないし、警備隊長であるレイノルドが知らないなら味方の勇者はいないのだろう。となると、ロシアもといホルドグレースの勇者だという線が濃厚だ。
ここまでの道中も最悪な事が続いていたが、最後の最後にとんでもないイベントが残されていたようだ。
「私たちは殺されるのでしょうか」
「……わざわざ消耗させてきたって事は、捕虜にしたい奴がいるんじゃないか?」
レイノルドの言葉にドキリとする。客観的に見ても、狙われている可能性が一番高いのは自分だからだ。自分が当事者であると言われているようで少し肩身が狭かった。
重いプレッシャーの中、ひたすらに周囲を警戒していると彼らは現れた。
孤児院の方角からゆったりと二人歩いてくる。一人は街道の中央を堂々と歩き、もう一人は少し後ろを粛々と歩いている。位置関係や身振りから主従関係にある事が分かった。
彼らが近付いてくると、どんな風貌をしているのか見えるようになる。
主の方は金髪で、従者の方は銀髪だった。
銀髪の方は髪が長く、身体のシルエットからして女性に見える。すらっとした長身に軽装の鎧が恐ろしく似合っていた。従者のような立ち振る舞いをしているが、彼女が放つオーラにはカリスマ性を感じさせる。
銀髪の女性のカリスマ性を霞ませるほどの存在感を放つのは、街道の中央を闊歩する金髪の男だった。鎧を着ている銀髪とは対照的に、金髪の男は宮廷で貴族が着るような大仰な服装をしていた。明らかに街道を歩きまわるための服装では無かったが、それを納得させる雰囲気を醸していた。
そしてプレッシャーを出しているのは金髪の男だった。
男が近づくに連れてチリチリとした嫌な感覚が増していくが、少しでも動いたらその瞬間に殺される予感がして、誰も逃げ出すことは出来なかった。不用意に喋るのも憚られて、ただただ金髪の男の次の行動を待つ事しか出来なかった。
「そう緊張するな」
金髪の男の声は耳に心地よく響いた。風貌だけでなく、その声までもが人を惹きつけるための魅力に満ちていた。
「おい、そこの魔法使い」
金髪の男はこちらをまっすぐに見据えて言った。
「私の配下になれ。そうすれば残りの二人の命は助けてやろう」
男から感じるプレッシャーはいつの間にか小さくなっていた。プレッシャーの大きさをコントロールして、自分たちの行動を制限していたのだと気付く。
「あいにく知らない人には付いていくなと教育されてまして」
前の世界でもこの世界でも、保護者と呼ばれる人物が子供に言い聞かせる事は一緒だった。
「それもそうだな、私の名前はデイモン・フォン・カザン。どうだ、これで知らない人では無くなったぞ」
子供のような理論を並べてくる相手のペースに困惑していると、隣でウィルが金髪の男の名前を繰り返してる事に気付いた。
「そこの神官は私の事を知っているようだな。魔法使いに私の事を説明してみよ」
デイモンの無茶ぶりにウィルは大人しく従った。
「デイモン・フォン・カザンはホルドグレースで頭角を現している貴族です。没落していた家系を建て直した政治的手腕を高く評価されていますが、彼を語る上で一番大事な事は他にあります」
「続けよ」
「……過去に類を見ない特異な魔法は彼の代名詞とも言えます。魔物を隷属させる魔法は邪法とすら呼ばれていますが、あらゆる無理を通せる破壊力があります。そんな彼の別名は”邪法使いのデイモン”です。ルクスさんも聞いた事があるのではないですか?」
邪法使いのデイモン。
ケイトリンの書斎で読んだことがある呼び名だった。世界の高名な魔法使いを綴った本で、得られる情報が制限されているこの世界でも、国を超えて有名になる個人がいるのだと感心した記憶がある。
敵国に個人名が知られているという事は、それだけの功績、あるいは殺しを成し遂げた人物であるという事だ。いきなりラスボスと対面したようなもので、考えうる中でも最悪中の最悪だという事を思い知らされる。
「どうだ、我の配下にならんか」
不遜な態度すら様になっているデイモンに対してルクスが取れる行動はあまりにも少なく、このままデイモンの配下になってしまうのだろうと誰もが考えていた。
「……幾つか質問しても良いでしょうか」
しかしルクスだけはこの場を切り抜けるための方法を模索していた。最悪の中の最善を選択するために、もがき続ける道を選んだのだ。
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