第19話 街へ -3

「走ると追いついちまうから、歩いて移動するぞ」

「正気ですか⁉周りにはレッサーフェンリルが大量にいるんですよ!」

「どうせ走っても振り切れんし、俺らの役割は時間稼ぎだ」


 ウィルは苦し気な表情を浮かべる。自衛能力が無いからこの状況が余計に怖く感じるのだろう。でたらめな数で押そうとしてきた狼はルクスの魔法によって消滅していたが、次は森の中から静かにこちらを狙う狼が相手だ。火力でこちらが圧倒していても、不意打ちに対して反応出来なければ死は避けられない。

 別の土俵に立たされた事に一同は不安を感じていた。


「一匹ずつ飛び出してくるなら俺が対応する。そう不安がるな」


 そう言うレイノルドの額を汗が流れる。百戦錬磨の戦士も緊張を隠せない。結局、周囲に注意を払いながら進んでいく事しか出来ず、一同はゆっくりと歩き始める。


 森は静かだったが、時折何かが樹々を駆け抜ける音が聞こえた。その度にレッサーフェンリルの奇襲を警戒するのだが、飛び出して来ない。

 常に気を張らせて集中を削ぎに来ている事は理解していたが、警戒を緩める事も出来ず、消耗は避けられなかった。


「話が戻っちゃいますけど、どうして魔力反応が無かったんでしょうね」


 沈黙がきつかったため、先ほどから気になっていた事を口に出してみた。


「よく分かりませんが、何らかの方法で魔力を隠ぺいしていたのでしょう」


 ウィルも話に乗ってくれた。


「魔力を隠ぺいしていた可能性もありますけど、僕が考えているのは別の可能性です」

「別の可能性?」

「はい、例えば転移魔法を使ったと考えると突然魔力が現れたのも、魔力を探知できなかった事にも説明がつきませんか?」


 俺の言葉を聞いてウィルは考え込む。


「確かに、探魔水晶で探知できない範囲から孤児院の近くに転移してきているとすれば辻褄が合いますね。ですが、何故孤児院のすぐそばに飛ばなかったのでしょうか。私たちのすぐそばに転移していれば手間をかけずに殺せたはずです」

「転移魔法の使用に制限がある可能性は無いですか?特定の地点にしか飛べないとか」


 俺は元の世界で龍介が言っていた事を思い出していた。

 あの世界の科学技術でも、飛び先は自由に選ぶことが出来ず、わざわざ駅前に大きな敷地を持ってワープ技術を再現していた。


「転移魔法を使ってたとしても変だと思うぜ。……本当に存在する魔法なのかは別としてもな」


 黙って話を聞いていたレイノルドが口を挟む。


「転移魔法を使ってたとしたら昨晩の大群に気付けてたはずだ。孤児院から10km地点にしか飛べないなら探魔水晶に映るし、確認できていない間に辿り着けるような距離じゃないからな」

「となると、レイノルドは魔力を隠蔽していた線が強いと?」

「そう思うが、なんで中途半端な距離で姿を現したのかが分からん。昨晩のように孤児院近くまで隠れていればやりたい放題だったはずなのにな。それに、今も魔力を隠していれば俺らの事を殺すのも簡単なはずだ」

「もしかして今も探魔水晶に映っていない敵がうろついているって事ですか⁉」


 ウィルは探魔水晶から目を離すと周囲をせわしなく見回す。


「それが有効な時はいくらでもあった。レッサーフェンリルの大群を相手している時に背後を取るとかな。それが無かったってことは、魔力を隠蔽しているやつはいないはずだ」


 ウィルとルクスは感心して聞き入っていた。レイノルドの推察は理屈が通っていて矛盾点が無かった。立て込んだ状況の中でここまで冷静に考える事が出来るのかと驚嘆さえしていた。


「僕はそこまで深く考えて無かったです」

「私もです。レイノルドの慧眼には恐れ入ります」

「やめてくれ、単純に兵士として色々経験してきただけだ。」


 一行は歩みを進める。

 レイノルドがいれば何とかなるのではという希望が湧いたことで、彼らの気力は少し回復したように見える。


 しかし、レッサーフェンリルに狙われている状況は変わらない。森を抜けるまで7kmの地点まで来ており、行程の半分以上を完了していたが状況は悪くなり続けている。

 真昼時にも関わらず、太陽は山の稜線に隠れて辺りは薄暗くなっていた。それに呼応するようにレッサーフェンリル達の動きは大胆さを増していた。先ほどまでは森の中で音を鳴らす程度だったのが、街道を横切るように飛び出すようになっている。その度にルクスが魔法を放つが、一瞬しか姿を現さない魔物に当てるのは難しかった。

 

 レイノルドがウィルに聞く。


「エリオット達は今どのへんだ?」

「私たちの3km先です」

「……まだ堪えないとダメか。クレア達はどうだ?」


 クレア達が街まで辿り着けば応援が期待できる。


「クレアさんも森から出てすぐの場所に居るようです。トラブルでしょうか」

「何から何までツイてねぇな」


 ウィルの報告にレイノルドは思わず吐き捨てる。

 増援を当てにする事は出来ず、エリオット達のために時間を稼ぐ必要がある。しつこく付きまとってくるレッサーフェンリル達も脅威だが、後ろから迫ってきている大群にも追いつかれないようにしなければならない。

 まさに八方ふさがりとなっていた。


「時間を稼ぐためにルクスが森に火をつけるってのはどうでしょうか」

「開けた場所があるならともかく、周りを樹々で囲まれた状態で火をつけるなんて自殺行為だ」

「ルクスがゴブリンをなぎ倒した魔法で樹々と一緒にレッサーフェンリルをなぎ倒すっていうのは……」

「効率が悪すぎる。ルクスの魔力量が無尽蔵とはいえ倒しきれるとは思えん」

「……いっそルクスの土魔法でシェルターでも作って引きこもってしまうとか……」

「レッサーフェンリルには効くだろうが、後から来る大群に押しつぶされて終いだろうな」


 ウィルが色々アイデアを出してみるが、全てレイノルドに一蹴される。このやり取りの合間にも、レッサーフェンリルの挑発的な行動はエスカレートしていた。

 無駄撃ちを嫌ったルクスが森に向かって魔法を撃たない事に気付いてか、一行に向かって吠え始めていた。そればかりか、街道を横切らずに遠巻きにこちらを見つめてくる個体まで現れたのだ。

 ウィルはため息をつきながら呟く


「完全に舐められてますよ」

「流石に何か行動を起こした方が良いかもな……、ルクスは何の魔法を使えるんだ?」 


 突然レイノルドに話を振られてドキリとしながら俺は答える。


「無属性に水と火魔法、回復魔法も使えます」

「回復魔法も……って本当か?」

「はい、それなり程度にしか使えませんが」

「十分だ、ウィルが怪我した時のリカバリーが効くのは大きい。土属性魔法も使えるよな?」

「実は土の操作は無属性魔法でやっているので、使えるとは言えないです」


 俺の言葉を聞いてレイノルドは考え込む。その間にもレッサーフェンリルが近づこうとするので、魔法で土塊を飛ばして牽制していた。


「それだけ使えてれば無属性だろうと土属性だろうと関係ないか。ウィルのアイデアで行こう」

「あれ、没になったと思ってました。どの作戦ですか?」

「シェルター作戦だ。ルクス、全員を土の防壁で囲ってくれ」


 レイノルドが言い終わるのと同時に周囲の土を隆起させる。土で構造物を作った事は無かったが、やらなければ死んでしまうので何とかやってみる。

 半球をイメージして土を練り上げる。地面を起点として最後に頭の上で閉じるように土を盛っていく。土製のシェルターが形成されるが、壁が薄いのは分かっていたので壁に土を足していく。10秒ほどかけてシェルターの原型を作り、30秒かけて補強を行った。

 3人には勿体ないほど広いシェルターが出来上がる。近場の物を材料にできる魔法さまさまの構造物だった。


「こんなところでしょうか」

「あぁ、悪くない」


 レイノルドは壁を叩いて強度を確認していた。レッサーフェンリルの攻撃を防げそうな事が分かると満足げに頷いた。


「レッサーフェンリルが俺らに執着しているなら無理に移動する必要は無い」


 それにウィルは反論する。


「私もさっきそう言いましたよね⁉ 後ろから迫ってる大群はどうするんですか?」

「追いつかれるまで時間はある。それにエリオット達が森を抜けるのを待つ必要があるなら一回休んだ方が良い」

「シェルターから出るときにレッサーフェンリルに襲い掛かられてお終いでは?」

「それについては考えがある。それよりも探魔水晶を貸してくれ」


 レイノルドはウィルから探魔水晶を受け取ると、それぞれの位置関係を再確認した。

 現在、街に一番近いのはクレア達だが、森を出てすぐの地点で停滞していたようで、街まで6km地点にいる。次はエリオット達だが、こちらは森を抜ける事が出来ておらず街まで14kmの地点。次がルクス達で、街まで17kmの場所で立ち往生している。

 ルクス一行の周辺にはレッサーフェンリルが潜んでおり、後方5kmのところに大群が接近していた。


「応援がいつ来るか分からず、全速力で森を抜ける事も出来ず、大群に捕まらないように進む必要はある、と」


 レイノルドの言葉にウィルはがっくりと肩を落とす。冷静になって考えてみても今の状況は絶望的だった。街へ向かうという目的は変わっていないが、様々な制約が課された事で事態は複雑になっている。


 しかし、魔法でシェルターを作れることが分かったため別の可能性も見えてきていた。


「少し進んでシェルターを作る、を繰り返せば何とかなりそうじゃないですか?」


 魔力量に自信があったため、思い付きを提案してみる。シェルターから出る時にレッサーフェンリルに狙い撃ちされる可能性はあったが、レイノルドはそれに対応する策を持っているように見える。それならば、安全に移動が出来て合間で休憩を挟めるこのアイデアは悪くないと思ったのだ。

 レイノルドはこちらを見つめながら、その提案について考えているようだ。しばらくして、彼は頷きながら言った。


「悪くないアイデアだ、だがもう少し修正が必要だな」


 そう言うと彼は今後の作戦を二人に共有した。


「私は構いませんが、ルクスへの負担が大きすぎませんか?」

「だが、頼らないと抜け出せないのも事実だ」

「僕は大丈夫ですよ。走り続ける方がきついので、むしろ楽だとすら思ってます」


 方針は決定した。

 ここから先はシェルターで休みながらの行軍なので、エリオット達に追いついてしまう心配は不要になった。大群に追いつかれないようにペースを考えなければならず、レッサーフェンリルの脅威も残っている。そのため全ての問題が解決したわけではないが、心配事が一つ減ったのは喜ばしかった。


「じゃあ行くぞ」


 レイノルドの掛け声を合図にして、三人の行軍は再開された。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る