ヤンデレになるまでの話
第1話「神父、左遷される」
ステンドグラス虹色の光が赤や青に分かれて、床へと滲むように差し込む聖堂の一室。
教会の象徴である巨大なステンドグラスの向こうで、雨が静かに打ちつけていた。
「君には休養が必要らしい。」
祭服の上に紫色のマントを羽織った老齢の男性『大司教』は、椅子に座ったまま静かに呟く。
「しばらく田舎で過ごしてきなさい、ユージオ」
机越しに告げられた言葉を、ユージオは椅子に浅く座りながら聞いていた。
応接室のソファに座る彼の姿は、黒衣に身を包んでこそいるが、清廉さのかけらもなかった。足を組み、上になった方のつま先はだらりと天を向いている。顔には右側を隠すように伸びた前髪。そして、無気力に垂れた瞳が、それを物語っていた。
「……左遷って言っていください。回りくどい」
「はは、相変わらず正直な男だ。もっと配慮を覚えてもらいたい」
「配慮ね……」
ユージオは冗談でも聞いたように、ふっと笑った。
「何だい?何か不満でも?」
大司教は老練だが冷酷で、まるで何も感じていないよう視線を向ける。
「滅相もない」
ユージオは口元を隠しながら否定する。
「‥‥なら、構わないよ。」
追及をあきらめたのか、大司教はユージオを見下ろしながら話題を戻した。
「ちょうど、古い地方教会が人手不足でね。エクソシストの再配置が必要なのさ。君のような、忠実で、戦える者が」
「忠実……俺がか?」
ユージオは鼻で笑った。
(ただの『飼い犬』だろ。お前らの都合で飼い殺されるだけのな)
その様子を気にすることもなく大司教は立ち上がり、ユージオの胸の中央に、そっと手を添えた。
「私の為に、君は実によく働いてくれた。しばらく、異端審問の仕事はしなくていいよ」
『そりゃあいい。』とユージオは表情にすら出すことなく思った。誰が好き好んで、人殺しなどするものか……
「……ああ、それから。シスターは好きに雇ってもらって構わないよ。一人では手が回らんだろうからね」
―――
そうして、左遷を言い渡されてから数日後ユージオは数時間馬車に乗って、ビルグ村に送られることとなった。
ビルグ村は、王都から西へ四十キロほど離れており、馬車で揺られて数時間という絶妙な距離に位置する。そのためか文明の香りは薄い。言ってしまえば、王都の影がぎりぎり届かない『辺境の手前』。
例えるなら、王都が貴族の『一等地』なら、ここは底辺労働者の『三等地』と言ったところだろう。
なんて考えていると、馬車の車輪が泥に跳ねる音と同時に揺れが止まった。
「お客さん、着きましたよ。」
御者の言葉に、ユージオは無言のまま賃金と会釈を返してから、馬車から降り立つ。
レンガすら敷き詰められていない土の道に足を付けると、見渡すかぎりのどかな田園風景が広がってて、湿った風に土と草の匂いが混じる。雨が降っていたのか、ぬかるんだ道にブーツの音が軽く吸い込まれていく。
「のどかな場所だな」
『これは、忙しくせずに悠々とスローライフでも送れるかな?』なんて考えながらユージオは歩き出す。
道の脇には小川が流れ、その向こうに瓦屋根の農家が並ぶ。通りすがる村人たちは、見慣れぬ黒衣の神父姿に驚きと警戒の視線を向けてくる。
その中のひとり、腰の曲がった老人がユージオに近づいてきた。
「あんた、神父様かい?」
「あぁ、中央から派遣されてきたもんだ」
首に下げている金色のロザリオを見せつけながら、そう返すと老人は険しい表情から、一気に明るい表情になった。
「そりゃあ助かる!ほんとに助かる!」
ユージオは怪訝そうに片眉をあげる。すると、別の中年の男が口を開いた。
「この村の教会はですね……もう何年も前から、誰も寄りつかんのですよ。夜な夜な物音がするし、近づいたもんは気ぃ失っちまう。あれは、きっと……悪魔が住みついてるんですわ」
年配の女も顔をしかめて頷いた。
「ほんとよ。あれは祟りかなんかに違いないよ。うちの子も、肝試しで近づいたら寝込んじまって……頼みますよ、神父様」
ユージオは額を押さえ、小さくため息をついた。スローライフへの淡い期待が、音を立てて崩れていくのを感じた。
「っはぁぁ」
数秒、考え込んだ後。ユージオは呼吸を整えて表情を引き締める。惰性であっても、与えられた使命はしっかりと果たす。それが七年間エクソシストとして働いた彼に染みついてしまった社畜根性だった。
「……案内しな。悪魔だか祟りだか知らんが、片づけるのが俺の仕事だ」
そう言うと、村人たちはユージオを教会のある村の奥へと案内していった。
――それが、ユージオの運命を大きく変えることになるとも知らずに。
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