第2話「出会いは棺の中で」

 

 案内された村の外れ、雑草に覆われた丘の上。そこにその教会は建っていた。


 屋根は所々剥がれ、教会の象徴である鐘は鳴る気配すらない。石造りの壁にはツタが這い、扉の前には雨で削られた木片と、茶色一色の蝶番があった。


 ユージオはその古びた扉の前で足を止めた。

「大司教め‥‥恨むぞ」

 こんなところに住めというのか?懐かしくて涙が出そうだ。と、本人がいないのをいいことに、大司教の恨み言を吐く。


 軋む音を立てて扉を開けると、内部は薄暗く、埃とカビの臭いが鼻を突いた。床板は一部腐り、椅子も折れ、祭壇には蜘蛛の巣が張っている。とても神の家とは思えない。


 しかし、ユージオは気にすることなく、静かな堂内を一瞥し、奥の司祭室へと向かう。

「掃除、面倒だなぁ……」

 ぼやきながら、棚を眺めていた時、違和感を覚える。


―――風?


 冷たい空気の流れを感じた。指を舐め、地面に向けると微かに空気の抜け道を感じる。壁に穴が開いているというには、あまりに直線的な流れに感じる。


 ユージオは、床板を軽く叩く。すると、一か所コンコンと軽い音が響く場所を見つける。迷わず、床板をめくると、埃まみれの階段が現れた。


「……地下室、か」

 誰にも言われていなかった。村人も知らなかった様子だった。だが、あまりに自然な隠し扉。人目につかないよう巧妙に作られている。 


 まるで――何かを封じるために。


「神は申し上げた『光あれ』と――」

 持っていたロザリオに、教会魔法――教会特有の魔法体形――を使い発光させる。その光を頼りに、ユージオは無言で階段を降りていく。空気が変わる。湿っていて、重たい。まるで地下そのものが息を潜めているかのようだった。


 そして、その中心に――


 一つの棺があった。


 鉄と銀で縁取られた厳重な封印の棺。蓋には教会の封印紋と、無数の鎖、呪文文字が彫られていた。そして、どれほどの年数が経過していたのか、それらすべてがボロボロになっていた。


「冗談じゃねぇ‥‥」

 これほどの封印となると恐らく、大悪魔クラス。装備が足りない現状では、相手したくない存在である。


 ―――ギィ、ギシィィ


 だが、現実は非情である。音を立てて、棺の蓋が、わずかに持ち上がった。

「やべっ」

 思わず、肩幅程度に足を開き、足を一歩後ろに引いた構えを取った瞬間、布にぐるぐる巻きにされた何かが、棺の中から勢いよく飛び出してきた!


「っ!」

 警戒し、睨んでいると全身包帯まみれの女が棺の中から現れた。


 容姿は銀髪で色白の美しい女性のそれだが、ただの人間ではない。封印の呪布をまとい、頭には山羊のような大きく湾曲した角を持ち、背中には蝙蝠のような羽が生えている。あと、胸はそこそこある。


 あきらかに、悪魔であった。


 彼女の、油のようにねっとりとしている魔力からもそれがわかった。


「ぅ、んん……ぐ、ぅぅ……お腹、減った……っ」

 可愛らしい、少女の声だった。甘い高音の声が耳に届く。それは、美声と言ってもいいだろう。


(ただの女みてぇだが悪魔であることに変わりはねぇ‥‥油断しちゃダメだ)


「お、お腹が……あなた、食べていい……?」

「……は?」

 ぐいっと首元に顔を寄せられたその瞬間、ユージオの本能が動いた。 


 ―――ゴンッ!


 対悪魔用装備である十字架を模したハンマーを懐から取り出し、悪魔の角が吹き飛ぶ。

「痛!?何するんですか!」

 数秒後、ぐにゅりと角が再生しながら、ネフェリアは涙目で文句を言った。

「えぇ……」

 思わず、ユージオはドン引きしてしまった。


 このハンマーは悪魔に対して有効なミスリル銀に洗練を施した武器だ。並みの悪魔なら、殴られただけで死ぬ代物だというのに、この女悪魔はこともなさげに再生して見せた。それはつまり、それ程しぶといということに他ならない。

「なんで死なねぇんだよ。おかしいだろ、悪魔の性質的に」

「なんでも、何も、私わりと高位の悪魔なんですから」

「そうかい、そうかい、ご丁寧にどうも……」

 ユージオは眉間を揉んだ。この状況における最悪と最良を天秤にかける。


 ―――封印するか?

 それが一番手っ取り早くて、リスクが少ない。だが、こいつは‥‥


 あまりに人間的過ぎる。


 包帯だらけで、腹を押さえて蹲って、時折こっちをチラチラと見てくる。見た目はどうあれ、明らかに空腹で、弱っていて……。


『兄貴!怪我なんて気にしねぇだくだせぇよ!』

『そうですぜ!』

『兄ちゃん。俺たちは大丈夫だから!』

脳裏に、もういない奴らの声が聞こえてきた。追憶が戻るはずもねぇのに……


…………


……ああもう、面倒くせぇ。


『……ああ、それから。シスターは好きに雇ってもらって構わないよ。一人では手が回らんだろうからね』

 唐突に、大司教の言葉を思い出したユージオはあることを思いつく。


「お前、名前は?」

「ネフェリアです。」

「なら、ネフェリアお前に提案が二つある。」

 ユージオはハンマーをしまって、指を二本立てる。

「また、この棺桶で惰眠を貪るか、それとも、教会のシスターとして働くか。好きな方を選べ」

 その言葉に、ネフェリアは目を丸くする。

「驚きました……まさか、悪魔をスカウトする神父様がいるなんて……」

「生憎、生臭坊主でね。それで返事は?」

 ネフェリアは腕を組んで考える。

「……ご飯出ます?」

「人間襲わなければな」

「……じゃあ、お願いします」


 これが俺とネフェリアの出会い。なんともまぁ、へんてこで恥ずかしい思い出だったことだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る