第19話「貴女の姿に一目惚れしたのです」
「いらっしゃいー」
「ケースの商品じゃな! ちょっと待つのじゃ」
「お会計致しますね」
「この子と相性のいいカード? えーっとね〜」
休日の『ナッシュ』はめちゃくちゃ混んでいた。恐らく先日の光円寺アヤカ来襲が尾を引いているのだろう、一見さんみたいなお客さんが多い。
「うんうん、やっぱバイトがいるとオレの仕事が楽でいいねえ」
「あのさあ……」
レジ奥の作業場で、おじさんがふんぞり返っている。カーテンがかかってて客から見えないところだし、いいんだけども。
「俺は仕事がなくてハッピー。お前らはお駄賃が貰えてラッキー。客はカワイコちゃんたちに接客してもらえてハッピーアンドラッキー。これぞウィンウィンウィンって奴よ」
「最早ロボットの駆動音みたいになってるじゃん」
調子に乗ったおじさんは、そのままウィンガシャンウィンガシャン、とアラフォーとしてありえない動きをしながらトイレに向かっていった。普通にやめてほしい。
「レジ番でもするか」
賑やかな店内をぼーっと眺めて座っていると、自動ドアがウィーンと開いて、客が入ってきた。
「いらっしゃい」
「ここがあの光円寺アヤカが足繁く通うという店か!」
セミロングの茶髪を右に流した、変な男が入ってきた。
というか、噂に尾ひれが付いてる。二回しか来てないですけど。
「ふむ、それにしては狭いな……」
すみませんね狭くて、と心の中で答えておく。独り言が多いタイプの人間らしく、アニメの世界であってもとても不気味である。
髪をファサァと嫌に掻き上げ、男は店内を物色していく。何となくいい印象がないので、できればレジに来ることなく帰ってほしい。
「すまない、ケースのカードを見たいのだが!」
数分して、男は勢いよく手を挙げてそう言った。うわ、と思いながら向かおうとしたところ、近くにいたアンが「はーい!」と元気よく返事をして対応しに行ってくれた。
「どちらのケースですか〜?」
「!!!!!!」
アンを見た瞬間、男の表情が変わった。目が見開かれ、わなわなと震えている。
「う、美しい……」
「ん、なんて? どのカードが欲しい感じ?」
「貴女が……欲しい!」
「え!?」
「は? すいませんちょっと通してもらっていいですか」
レジを抜け、人混みを抜けて、アンと男の間に割って入る。
「お客様すみません、どうされましたか?」
「君はここの店員さんかな?」
「ついでにこの子のマスターでもあります」
「それなら話が早い! 一目惚れした! 彼女を譲ってくれ!」
「ハアっ!?」
「普通に嫌です」
「そこを何とか! 話だけでも聞いてくれないか!」
そこで男は懐から名刺を取り出し、俺に手渡す。そこには『チームスピリッツ所属
「……えっと、何されてる方ですか?」
「ええっ!? このボク、成史を知らない!?」
「周藤成史来てんの!?!?」
スペースで紙をしばいていた耀が反応して、即座に寄ってきた。
「知ってんの?」
「当たり前でしょ! 直近のプロリーグでもしっかり勝ち越してる、凄腕のプレイヤーよ!」
「いま一番勢いがあるプレイヤーとして、今月の『月スト』にも、特集が組まれていたね」
草汰が補足した。『月スト』とは月間スピストというカードゲーム情報誌の略称である。そのレベルのプレイヤーだったのか、他人に興味無さすぎて全然知らなかった。
「くっ……悔しいが、ここは己の力不足としよう。大丈夫、ボクはまだ輝ける……!」
「輝いている周藤さんにピッタリの、《アンフィスバエナ》のカードならここにありますよ」
「違ぁう! それはナンセンスっ!」
「チッ」
ショーケースにあった《アンフィスバエナ》を勧めてみたものの、それではコイツは満足しないらしい。
「貴女の姿に一目惚れしたのです! どうか、どうかボクとともに歩むことを考えてくれませんか!?」
「ええっ……!?」
頬を赤くして、アンはあたふたと困惑している。
──ここで一応補足しておくと、この場合はかなり特殊とはいえ、ビーストカードの譲渡自体は稀にある話である。
野球やサッカーなどのプロスポーツを思い浮かべてもらえば分かりやすいだろうか。プレイヤーを監督、デッキをチームとすると、スピリットたちは選手である。
で、選手にはチームを選ぶ権利がある。当然だ、彼らも知性ある生き物なのだから。
スピリットカードというシステム自体、スピリットの『戦いたい』という本能と、経験値稼ぎを同時に満たすための効率的なものである。その本体であるビーストであれば、その欲求はより強いものであるため、一部のビーストは、自らをプロプレイヤーに売り込むこともあるという。そういう意味では、プロであるという肩書きは、この世界においてとてつもなく強い。やり手IT社長くらい強い。
まあ知性ある生き物が故に、絆や情、縁を重んじ、マスターと二人三脚で歩んだり、戦うことをやめるビーストカードもいるが、みんながみんなそうではないし、マスターがビーストカードを手放したがる場合もある。スピストから離れるがために家族・友人などに渡したり、そもそもビーストの否定派だったりとか。
ビーストカードのやり取りは一応法律で定められていて、現マスター・新マスター・ビーストカードの三者のうち、二者の決定が優先されることになっている。
だからまあ──極端な話。アンがここで首を縦に振っても、俺は何も言えないということだ。
「……どうする? 一応話くらいは聞くか?」
「ううん……大丈夫」
アンはそう言って、周藤と向かい合った。
「周藤さん。えっと、突然でびっくりしたけどお気持ちはメッチャ嬉しい。ストレートにこんなこと言われたの初めてだったし……でも、ごめんなさい」
小さく頭を下げてから、アンは続ける。
「わらわには、大事な仲間と……あるじがいるから。プロの世界ってのも興味はあるんだけど、それはみんなで目指すから! いつか対戦ヨロシク!」
「おいおいおいおい……! おいおいおいおい……!」
泣き方珍しっ、表現じゃなくて本当においおいと泣く人いるんだ。
「ひぐっ、まさかこのボクがっ、振られるとは……だがそれも、さもありなんか。キミ達は、深い絆で結ばれているんだね!」
「ああ」
「うんっ♪」
「負けたよ……今日は、このスピリットカードだけ買って帰るとしよう」
「いまケース開けますね」
《アンフィスバエナ》と《輝龍アンフィスバエナ》のスピリットカードの会計を済ませ、周藤は、店を出る前に一度こちらに振り返る。
「未練がましいようで恐縮だけど……もし気が変わったら、いつでも連絡してくれ。そうならないことを祈っているけどね」
「うん、ありがとー」
「それでは、また来るよ☆」
もう来んなよ、という言葉は、店員としてすんでのところで飲み込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます