第18話「やっぱり君が悪いのかな」
戻ってくると同時に、ドンと大きな音が響いた。大昌が倒れたのだ。
「おい! 大丈夫か!?」
「……おれ……は…………」
決闘台にぶつかった衝撃で、ケースが倒れ、大昌の周りにパラパラとデッキが散らばる。
三人に、おじさんにあらましと《機関》、消防への連絡をするよう伝えてもらって、俺は大昌を見守る。
「おれは……まけたんだな……」
「ああ……どっちが勝っていても、おかしくなかった」
「チッ……悔しいのに、ちょっとスッキリした気分だ……」
大昌は、ごろんと寝返りを打って、仰向けになって。
「……わるかった。言い訳っぽくなっちまうが、おれがおれじゃねえみたいになってた」
「いいよ、謝らなくて。なんか……その、大昌が、自分の意思でああしてた訳じゃないってのはわかる」
「いや……それでも、言ったことはほんとだ」
目頭を押さえながら、大昌はぽつりと、震えた声を漏らした。
「ずっと、テメェにムカついてたんだ……」
「……知ってるよ」
「おれ、頭悪ぃし、家も貧乏だし、スピストだけが支えで、自慢だったから……」
大昌の家は母子家庭だった。普段給食で食い意地を張っているのも、家計に負担をかけないためであると、俺は知っている。
別に俺と大昌も、昔から仲が悪かったわけじゃない。むしろ最初は、クラスでも仲のいい方だった。
子供たちの中に放り込まれて居心地が悪かった俺を連れ出してくれたのは、ガキ大将の彼だったのだから。
「……でも、おれは選ばれなかった」
俺よりもスピストが強かったはずの彼の元には、一向にビーストカードは来なかった。
そうこうしているうちに俺の元には次々と相棒たちが集まってきて、同じようにビーストと出会った耀や草汰とつるむようになり、そのうち大昌は俺を敵視し始め、今に至る、というわけだ。
「……お前の気持ちもわかるけどさ、そんなことしててもまともなビーストには選ばれないぜ?」
「ハッ……それはそうだがよ」
少しだけ笑って、大昌は続ける。
「おれにないものをたくさん持ってるやつが、いつもつまんなそうなツラして過ごしてるのが……ムカついちまって」
その言葉は、驚くほどストンと胸に落ちた。
別に、つまらないわけではない。むしろ楽しい日々を過ごしている。
だが、心のどこかで、『はしゃぎすぎてはいけない』と心の中のリミッターがかかるのだ。大人の部分が、自制させてくるのだ。
「……そうだよな」
だけど、その自制は自分だけでなく、周りもつまらなくさせる。それこそ、そばにいてくれる人に申し訳ない。
だからといって、イジメまがいなことしていい訳じゃないが。基本的には、大昌が悪い。
でも。
「ごめん。俺、無理して我慢してた。勝手に大人ぶってた。嬉しい時は嬉しいって言うし、だるい時はだるいって言うようにする」
「……テメェが謝んなよ、悪ぃのはおれだろうが」
「謝りたい時は、謝る」
「チッ……やっぱ、ムカつくぜ」
俺たちは、ぎこちないながらも、ようやく一緒に笑うことができた。
外から、サイレンが聞こえる。おじさんが呼んでくれた救急車や《機関》の人がやってきたのだろう。
大昌に、最後にコレだけ聞いておく。
「……大昌。さっきのデストロイヤーとデッキケース……どこで手に入れたんだ?」
「……この前の大会で龍一に負けたあと。おれ、悔しくて走ってて──貰った」
「それは、誰から?」
「変な格好の──女」
もしかしてそれは──ローブの女じゃないのか、と。
聞く前に、救急隊が駆け付け、話は遮られた。
*
翌日。《機関》からの連絡が、虎次おじさんの元へかかってきた。
「おじさん、大昌は……」
「命に別状はないらしい。後遺症とかも特に残らないそうだ」
「よかった……」
「もうある程度、事情聴取も終えて、デッキケースの解析も進んでるらしい」
今回の事件は、明らかに
──大昌の話をまとめるとこうだ。
大昌は、気がついたら隣町の路地裏にいたらしい。
知らない景色でようやく冷静になった彼は、大人しく帰ろうと来た道を振り返ったところで──歩いてくる、不審な人間が目に入った。
『おや、どうしたんだい少年。この辺りは治安が悪くて危ないぞ?』
『……テメェみたいな人間もいるもんな』
『おっと、これは手厳しい』
大昌の指摘は尤もだった。声をかけてきた人間は、春先の晴れた日にも関わらず目深にフードを被り、ローブを着た、怪しい人間だったからだ。
『まあまあ、人は見た目に限らないよ。わざわざこんなところにいるのは何か理由があるのだろう、話してみたまえ』
『…………』
疑いながらも、誰かに胸のモヤモヤを晴らしてもらいたかったのはたしかだったので、大昌はボソボソと話し始めた──話し始めてしまった。
『うんうん、君は何も悪くないよ』
と、全てを聞き終えて、ローブの人物は言った。と思えばすぐに意見を翻して、
『いや──でもやっぱり君が悪いのかな。だって負けちゃったんだものね?』
『ああ……!?』
『嘘々、ちょっとした冗談。悪いのは君というより、力がなかったことね。これ、あげるわ』
ローブが差し出したのは、濁った色のデッキケース。不気味だったにも関わらず、何かに惹かれるように大昌が手に取ると、奴は奇妙に笑ったという。
『それはマッドデッキケース。そこに貴方のデッキと、エースを差し込んでおいて。きっと力になるから』
不思議なことに、ローブの言葉が真実であるという妙な確信と、自分が強くなるような錯覚を得たという。
そして、しばらくすれば《デストロイヤー》が新たな姿を得ていて──それを機に、俺に挑んできたと。そういうことらしかった。
*
「いくつか不審な点がある」
おじさんはいつもの飄々とした雰囲気から一点、指を立てて真剣な眼差しで切り出した。
「一つ。マッドデッキケースの機能だ。大昌は一種の興奮状態になっていたらしいし、何よりおかしいのは《デストロイヤー》だ。《滅破界ロボ》になったのは一種の進化だと考えるのが普通だが、問題は大昌のデストロイヤーはスピリットカードで、ビーストカードではないこと。こんな例聞いたことないぞ」
おじさんは、指をもう一本立てる。
「二つ。その進化──いや、お前らの話に則ると
はあ、とおじさんは深い溜息を吐く。
「三つ。デッキケースを渡したというローブの女……口振りも行動も、奴と類似しすぎている」
「でも、アイツは俺が──」
「ああ、わかってる。オレも、奴が闇に飲み込まれるところを見てるんだからな。だから勘違いか、模倣犯か、信奉者か、まあそんなところだろうとは思う」
「………………」
「いずれにせよ警戒するに越したことはないがな。まあ、しばらくは後手に回らざるを得ないんだ。気負いすぎず、普通に過ごせばいいさ」
「うん……そうだよな」
本当にそうなのか?
あの壮絶な戦いの最後を思い出す。闇に飲まれる最中、奴は笑っていた。それだけが理由じゃないけれど、奴ならもしかしたら──
そんな不安を、頭の隅に押し込んで誤魔化した。
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