第26話 し、しし、失礼しますっ
「……わかった」
「!」
照れながらもぱあっと表情が明るくなる碧月。やべ、俺声震えてる……。
「……じゃ、じゃあ失礼します」
俺は碧月の頭へ手を伸ばす。なぜ敬語なんだ。
「こ、こちらこそ、お願いします……」
碧月ももじもじしながら頭を下げた……なぜ敬語なんだ!
一瞬みえた碧月の口元がにまにましていたような気がするけど……なんの笑みだろう。ちょっと撫でるの怖いんだが。
とはいえ、いつまでもトイレにこもっているわけにはいかない。
俺は意を決して彼女の頭に触れた。
艶のあるやわらかい髪質。青っぽい銀色の髪……正しくは、銀髪ではないんだろうけど。でも、それがなんだか猫っぽい感触で、とても撫で心地がいい。
(……なでなで)
顔を下に向けている碧月。表情がみえないから、これで良いのかもよくわからない。
「……こ、こんな感じで良いのか?」
「……うん……」
なんか艶っぽい声がでた!
碧月の返事は恍惚としていて、とろんとしていた。よほど心地良いんだろう。
(……なんか変な気分になってきた)
その瞬間、俺はハッとして首を振る。
まてまてまて!!相手は碧月だぞ!?
そう、あの碧月だ。高嶺の花であり、数多の男子が触れることも出来ずに遠くから眺めるしかない学校一の美女。
この感情は、俺なんかが抱いていい感情じゃない。
「あ、碧月……そろそろ、どうだ?」
「……ん」
こくりと頷く碧月。顔をあげた彼女の顔は心配になるレベルで赤く熱っぽかった。
「大丈夫か……?」
「だ、大丈夫……ちゃんと癒されたから」
「そうか」
癒されたのなら何より。これでストレスは解消されたはず……。
「とりあえず、碧月からトイレ出てくれ」
「うん、わかった」
鏡で髪を整える碧月。なぜかにまにまとまた笑っている。
鏡越しにふと目が合った。ハッとした碧月。恥ずかしさを誤魔化すように、彼女は慌ててトイレの出口へ向かっていった。
(……これがギャップ萌えってやつなのか)
彼女がそう自分のキャラクターをデザインしていたのもあり、碧月の学校でのイメージは人とはあまり関わりをもたないクールで冷徹な女子だった。
けれど、深くかかわり始めてわかってきた彼女の本当の姿は、クールでも冷徹でもなく……普通の女子だった。
恥ずかしいと照れるし、嬉しいと笑う。ただの女の子。
それを目の当たりにしたせいで、猫化という力を隠すために彼女は普通の女の子であることを諦めざる得なかった事を俺は理解してしまう。
(……やっぱり、碧月も本当は、普通に誰かと友達になったり、恋愛とかしたいんだろうか)
クラスで孤立している碧月が脳裏に浮かんだ。
――
「なるほど、そっかそっか。気分屋のお猫様なんだねえ、ロシアンブルーちゃん」
「はい、なのでお店には……」
スタッフルームでバイトと鈴音(お猫様)の話をしている碧月と店長。俺は碧月の横に座り、二人の会話を聞いていた。
「そっかぁ、それは残念だねえ。無理させて体調崩したらいけないし……うん、あきらめよう」
「すみません」
「いやいや、碧月さんが謝ることはないよ。僕もワンチャンあればくらいで聞いただけだし」
「そうですか」
「うん」
飼い主の手前だから聞き分けの良いふりしてるけど、店長はたぶん鈴音のことを諦めてないよな。あの時の興奮ぶりからして。
「けどさ、うちのお猫様とも仲よさげだったし、もし来れる時あったら遊びがてら連れてきてくれると嬉しいかなぁ」
(……ほらきた)
「わ、わかりました」
「うん!いつでも良いからね!」
……と、いいつつ来て欲しい強い気持ちが店長の声と圧に表れている。碧月もたじたじである。
まあ、鈴音のあの魅力を目の当たりにすればそう簡単には諦められないだろう。それほどまでに鈴音は美しく可愛らしい。
「それじゃあ、バイトの件だね。希望の日にちとか、時間帯はあるかな」
「あ、えっと……」
あれ?これ、もう採用前提で話進んでる……?
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