第25話 なん、だ……これは


俺は鈴音をつれトイレへと向かった。扉をあけ、トイレの上の方にあったスペースに隠しておいた碧月の制服等を取り出す。


「鈴音、人に戻すぞ」


「みゃあ」


猫化した彼女の戻し方。それはおそらく不安を取り除くこと。彼女の部屋で話していたとき、猫化しかかっていたのが途中でおさまった。


あの時に俺はなんとなく気がついた。あの時の話題、そしていつどのタイミングで猫耳が引っ込んだのか……。


それは、不安がやわらいだ時だった。


確証はないけれど、でもあの時はたしかに鈴音をさみしくはさせないと伝えたとき猫化が戻った。


だから同じ事をすればたぶん戻るはず。


「鈴音、よしよし」


「みゃ」


俺は鈴音を撫でて抱きしめる。


「いいこだね、鈴音……」


「んみゅ」


背中を擦ってやると、気持ちよさげにごろごろと喉を鳴らし始めた。


「知らない場所で少し驚いちゃったのかな?大丈夫だよ、鈴音……俺が守ってあげるから、安心して」


「……みゃぅ」


少しずつ、鈴音の体が大きくなっていく。


「ずっとずっと、俺は鈴音の側にいるよ。よしよし」


「……にゃぅ……」


ぐぐぐ、と鈴音の体が伸びてくる。


人の形に変わり始め、猫の毛並みが白くすべすべの肌になっていく。


「一生、鈴音の側にいてやるからな」


「……にゃ、ぁ……に」


よし、戻った……!


ぎゅうっと俺の首に回された腕が抱きしめてくる。くっついているからちゃんとはわからんが、背丈と感触からして人に戻すことに成功したのがわかった。


「……ぜっ、たい……一生だからね、うそだめだからね……」


「……え?」


ぴくんと体が動く碧月。


「あ、碧月……もう人になってるぞ」


「……あ……」


一瞬で碧月の体温が上がったのがわかった。ふるふると震える彼女の体。……いや、これは……この状況は仕方がないよな?


「だ、大丈夫だから!裸はみえてない……!目ももうつぶってるから、大丈夫だぞ!うん!」


「……」


わずかに、こくこくと頷く碧月。


「……後ろ、向いて……目、つぶってて」


「あ、ああ、わかった」


俺が碧月に背を向けると、衣擦れの音が聞こえ始めた。……仕方がなかったとはいえ、やはり気まずい。


「……もういいよ」


「あ、うん」


振り返ると元通り制服姿の碧月がいた。


「……ありがと」


照れくさそうに礼をいう碧月。いやそりゃ恥ずかしいだろうな。裸で抱きついていたんだから。


「いや、こっちこそ悪い。勝手に猫カフェならストレスたまらないと思って連れてきちゃって……」


「ううん、大丈夫。それより、本当にありがとう。人に戻してくれて」


「ああ、うん。まあ、でもこれで人に戻せるってわかってよかったよ……うん」


お互いもじもじそわそわしながら、気を遣いつつ会話が進む……なんだこれ。トイレでなにしてんの、俺ら。


その時、碧月がスカートの裾をぎゅっと握りしめたのが見えた。


「……あ、あのさ、鈴木」


「ん?」


「……また、ここで猫になったら困るでしょ……?」


「え、ああ……もうこれ以上騒ぎになるのはちょっと」


鈴音目的できたお客さんには悪いけども。相手するの切りなさそうだし、まだこの店のキャストになったわけでもないしな。


「それがどうした?」


「……私ね、たぶんいまのでまたちょっと、たまっちゃったかも……」


溜まった?ああ、ストレスのことか。


「……それはすまん」


まあ、不可抗力だったとはいえ、碧月は裸をみられ触られてるんだからな。無理もないだろう。


「違うの、別に鈴木は悪くなくて……」


「?」


「……よ、要するに、さ」


めちゃくちゃ動揺してるけど、どーした……?


「その、いま黙っちゃったぶんを、さ?軽減しておいて欲しいなって……!猫化の予防というか、さ!」


「あ、ああ、なるほど。わかった、どうすればいい?」


たしかに事前にたまりかけたストレスを解消しておいた方が安心だ。けど、どうやって?また抱きしめて……いや、それはないだろ。無理、死ぬ。心臓が破裂する。……じゃあ、言葉で安心させるとかか?


ちらりと碧月の顔をみる。


まっかな顔をしてまだもじもじしてる。


え、碧月に向かってさっき鈴音に言ったセリフをいうの?


「……」


「……」


あんな告白みたいなセリフを、俺が碧月に?無理くね?


やばい、変に意識して呼吸が苦しくなってきた。


ばくばくしてきた。やばい、破裂する。


「……えっと……その……ね」


碧月がぎゅっと、祈るように自分の両手を握った。


「……ぁ……」


ちらりとこちらを見る碧月。


「…………あ、あたま……なでて欲しぃ、です」


「!!?」


鈴音の名残があるのか、甘えたような声をだす碧月。しっとりとした睫毛、微かに震えた唇。


それら、彼女の全てが、庇護欲を掻き立てる。


「…………だめ?」



……ッッ、ッ!?


お猫様じゃない……お猫様じゃないの、にっ……なんだこの気持ちは!!


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