第18話 負担になりたないねん!


「私の猫化をどうにかする……?」


「ああ」


「どうにかって、具体的にはどうするの?」


「猫化の頻度を抑える」


「……だから、それをどうやってするのよ」


じろり目を細める碧月。


「要するにストレスを軽減すればいいんだろ?」


「まあ、そうね」


「なら簡単だよ。俺はストレス解消のプロだからな」


「プロ!?」


「ああ」


「セラピストってこと?」


?、せらぴす……?なんて?


わからんが肯定しておこう。


「ま、そんなとこだな。自称だけど」


「えぇ……」


眉をひそめる碧月。プロを自称するやつって怪しいよな、わかるよ。だが、俺は違う。


「そう怪しむなって。こうみえて実績もたくさんあるんだぞ」


「……そうなの?」


「数百のストレスを抱えるやつらの悩みを解決してきたからな、俺は」


「数百……!?すごいわね」


「ああ、猫のな」


「いや猫かぁーい!」


ばん、とテーブルをはたいた。ノリが良いな。


「俺は猫のストレス解消には自信がある。猫カフェのオーナーや獣医さんのお墨付きだ。これはもうプロと言ってもいいだろう」


「公式に認定されなきゃプロじゃないでしょ」


「真面目だなぁー」


「君が適当すぎなだけでしょ」


「ノープランで学校やめて働こうとしてた奴に言われたくねえけど……」


「ぐっ」


ぐぬぅ、と顔を赤らめる。


「……猫の時、えっちなことしたくせに」


「はあ!?し、し、してねえし!?」


「私のお腹に顔うずめたじゃん」


「そ、それは……」


「匂いも嗅がれたし」


「猫のね!?つーか、論点がちがう!!」


「……ふん」


そっぽ向く碧月。人聞きが悪すぎる……俺が顔を埋めたり匂いを嗅いだりしたのはあくまでロシアンブルーであり、猫の鈴音だぞ。……でも、確かに猫っぽくないフローラルな香りもしたような。


碧月の耳がぴくんと動き、ハッとする。


「……ねえ、今、変なこと考えなかった?」


「え!?い、いや、考えてへんで」


「動揺してる……!?」


「べ、べべ、別に……動揺とかしてねえし」


ぎゅ、と自らの体を両手で隠すように抱きしめた。ずりずりと俺から離れていく碧月。


「この、変態……私の匂いとか、お腹の感触とか思い出してるんだ」


「してない!!つーか、まてまて!話が進まないから!!」


「……そ、それも、そうね」


落ち着きを取り戻した碧月。しかしその瞳からは警戒心の色は消えてはいなかった。


「や、それでなんだが……ちょっと聞きたいことがある」


「スリーサイズは教えない」


「聞いてねえよ」


「下着の色も教えないわよ」


「いやだから聞いてねえ」


「好きな人のタイプも」


「やめろやめろ!聞いてねえし興味もねえ!!俺が変態なのは猫に対してだから!人に興味ないから!」


なんなんだこいつ!?


「……そう」


「納得するんかい」


「まあ、思い返せば、確かにそうだなって思って……」


なんか複雑な気持ちになるが、まあ納得してくれたならそれでいいや。


「聞きたいことって?」


「ああ……碧月って猫化した後に人に戻れるまでって、いつもどんくらいかかるんだ?」


「人に戻れるまで……そうね、ストレスのたまり具合によるけど、いつもはだいたい二時間くらいかな」


「約二時間……なるほど。もしかして俺と遊んだあとって人に戻れるまでの時間が短くなってたりする?」


「それは、まあ……するけど」


「それって俺が猫化した碧月と遊んでストレスを解消してたから早まったんだよな」


「そうなるかもね」


「ちなみに猫化って碧月の意思でコントロールできるんだよな?」


「え……まあ、ある程度は」


やっぱり。もしコントロールができないなら、こうして一人暮らしなんてさせてもらえてないだろうしな。学校でもとっくの昔に騒ぎを起こしてるはず。


「……」


「……」


俺の言いたいことを理解したのか、渋い顔をする碧月。


「……まさか、猫化するたびに遊ぶ気なの」


「正解」


「……えぇ」


「っていうか、定期的に猫化して遊んでストレスを解消する。それなら、今よりも人前で猫化する心配をしなくて良くなるし」


「それって、君が猫と遊びたいだけなんじゃ……」


「それはそう。けど、碧月にもメリットがあるだろ。良くないか?」


「……」


眉間にシワを寄せ考え込む碧月。たぶん迷惑かけたくないとか考えてんだろうな、この人のことだから。


「俺は鈴音と遊べて嬉しい、お前は急に猫化する心配が減って嬉しい……その心配がなくなることでまたストレスも減るだろうし、俺なら学校とかでもフォローできるから保険としてもいい。なんならバイトにもついてってやるよ」


「……あのさ」


「ん?」


「その、鈴音……って、名前」


「あ、いや、ロシアンブルーちゃんの事だぞ」


「そーなんだけど……」


「?」


「な、なんでもない」


ふいっと顔を背ける。なんなんだこいつ。


口元に指先をあて、落ち着かない様子でちらちら俺を見てくる。上目遣い。


(……睫毛なげー)


容姿だけでいうなら、まじですげえ美人なんだよな。性格がトゲトゲしいだけで……いや、嫌いじゃないけど。面白いし。


「……私はさ」


「ん?」


「実は鈴木のこと、結構まえから知ってたんだ」


「……そうなのか?」


「うん。最初にみたのは公園で、木に登って降りられなくなった猫を助けてた」


いつだろう……そういうの日常茶飯事だからわからんな。てか、なんの話だこれ。


「その時の鈴木は途中で木から落ちてさ、地面に背中打ってた」


「恥ずかしいな」


「でも私はすごいなって思ったよ」


「すごい?」


「だって、怖いじゃない。高いところから落ちて怪我するかもしれないのに」


「いや、けどお猫様は助けないとだし」


「それはそうだけど……でも、私にはできない。見ず知らずの誰かのために体をはるなんて。怖くてできない」


「……」


「君は学校でもそうだよね。私にだけじゃなくて、他の誰かのためにもたくさんのおせっかいを焼いていた。人の見てないところでもたくさんのおせっかいを……」


「それがなんだ?」


「君は優しい人。見返りを求めずに、誰かを助ける。私は鈴木がそう言う人だって知ってる……でも、それはいつか負担になってくる」


なるほど……なんとなく言いたいことはわかった。


「要するに、だから私を助けようとしなくていいって言いたいのか?」


髪を揺らし頷いた。


「……負担には、なりたくないの」


碧月は泣き出しそうな顔で俯いた。


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