第17話 どうにかしてやんよ!
碧月の部屋に招かれた俺、鈴木 想助。人生ではじめて入った女の子の部屋は、とても質素で生活感が無かった。
てっきり可愛らしいテーブルやソファーが置いてあって、綺麗な柄で飾られたカーテンやベッドが置いてあると思ったが……。
小さな木製テーブル、小さなタンス、小さな冷蔵庫と隅には布団が折り畳まれている程度のものの少なさ。テレビやPCも見当たらず、更に言えば窓にはカーテンすらついていない。
(……マジで、ここで生活してるのか)
一見して、できる限り金を使わないようにしているのが見て取れた。ワンルームで、他に部屋は無い。
風呂も洗濯機も無い。
こんなところで、本当に碧月が……?
「……あの」
「え?」
「お水、飲む……?水道水くらいしかないんだけど、それで良かったら」
「あ、いやお構いなく」
「……そ」
マジで切り詰めてるんだ、碧月。金持ちの実家を持ちながらこの生活……すげえな。
「そこ、適当に座って」
「あ、ああ……」
動揺せずにはいられなかった。
てっきり碧月とは住む世界が違うレベルで、生活水準も違うと思っていたから。
手に入らないものは無く、優雅な生活を送っているものだとばかり思っていた。
けど、彼女のリアルは俺が思うより、なにもない世界で生きていたんだ。
「……貧乏暮らしで驚いた?」
「あ、いや」
俺の戸惑った表情に、彼女は恥ずかしそうに俯く。
「まあ、そうよね。碧月の娘がこんなボロボロのアパートで貧乏暮らしなんて……驚くわよね」
「……や、まあ」
学校では凛としていて、気の強い碧月。そんな彼女が弱々しく俯いている。
「……けど、碧月はなんで一人暮らししてるんだ?」
「……」
「あのお父さんの口ぶりだと、家を出たのは碧月なんだろ?」
碧月の細く綺麗な眉がぴくりと動く。
「……そうね。鈴木には、迷惑かけちゃったし……説明は必要ね」
「?」
「私ね、お父さんの負担になりたくないの」
一瞬、頭に過ったあの光景。
彼女の父に罵倒にも近い言葉を投げられていた碧月。
「それは、どうして……?」
「会社が大変だから」
「え?」
「お父さんの会社ね、結構経営が厳しいの。数年前からずっと」
碧月グループの経営している会社は、主に子供向けの玩具を作っている会社だ。ニュースでもやっているように、もしかしたら少子化のあおりを受けているのかもしれない。
「私があの家で暮らしていた時も、すごくすごく大変そうでさ……夜も殆ど家には帰ってこないでね、帰って来てもずっと部屋に籠もって仕事をしていたの。険しい顔をして、ずっとずっと仕事をがんばってた」
「……」
「だからね、家を出たの。私が負担にならないようにさ」
「さっきから、負担負担って……お父さんは、そんなことは思ってないんじゃないか」
碧月は首を振る。
「……負担になってる」
「そうか?でも、言い方はキツかったけど、さっきのお父さんの言葉は家に戻ってこいって言ってるように聞こえたぞ」
「……」
分かりづらいけれど、多分碧月の父親は彼女の事をすごく気にしている。忙しいのにわざわざ時間をさいてこのアパートにまできたのをみれば、碧月の事を本当に大切に思っていることがわかる。……てか、猫じゃらしを使ってまで連れ帰ろうとしてたし。
「……お父さんね、私をみると凄く悲しそうな顔をするの」
「……え?」
「辛そうな、苦しそうな、表情を浮かべるんだよね」
「それは、どうして?」
「私が死んだお母さんに似てるから」
「!」
あの時言っていた、いなくなった女って……そう言う意味だったのか。
「お母さんが病気になった頃、会社が傾き始めたの。だから、お父さんは会社につきっきりになってて……あの時、お母さんのことをちゃんとみてあげられなかった事を後悔してるんだと思う」
愛する妻に対しての贖罪の気持ちか。おそらく、無意識なんだろうな。深い後悔と悲しみが、いつのまにか表情にあらわれ、二人を分かつ原因になった。
「辛くないのか……碧月は」
「え?」
きょとんとする碧月。
「碧月の気持ちはどうなんだ?お父さんのためなのはわかったけど、お前は……」
「私の気持ち……」
「辛くはないのか」
「……それは、考えないようにしてる」
ひょこりと耳が生えてきた。猫耳が。おそらくこの質問がストレスになっているんだろう。
「その気持ちは、猫化のストレスになる要因になってるんじゃないのか?」
「だったらなに?」
「それをなんとかすれば、猫化する頻度も少なくなるんじゃないか?そしたら、比較的普通の生活をおくれるようになるんじゃ……」
「なんとかなんてできるわけないじゃない。お父さんは忙しいの。私に構ってる暇なんてないのよ。だから無理よ」
「でも、このままだと学校にも行けなくなるぞ。さっき猫化したばかりなのにもう猫化してる……学校でそうなったらもう普通にはなれない」
「うるさいっ、鈴木には関係ないでしょ」
声を荒げ俺を睨見つける碧月。こ、怖え……。
「あ……ごめんなさい……」
しかしすぐに我に返る碧月。しゅんとしてしまう。
「いや、大丈夫。俺の方こそごめん。人の家のことに口を挟んじゃって」
「ううん。心配してくれてるんでしょ、ごめん。……っていうか、さっきはありがとう。お父さんから助けてくれて」
「ああ……まさか猫じゃらしを携帯してるとは思わなかったけど」
「……あれはね、お母さんの形見なのよ」
「形見?」
「お母さんが猫になった時にあの猫じゃらしで一緒に遊んでたんだって」
「え!?」
「……な、なに」
「碧月のお母さんも猫化するのか?」
「そ、そうだけど……」
「猫化するのって碧月だけじゃなかったのか」
「あ、そっか。君がそれ普通に受け入れてるから説明忘れてたわ。そう、お母さんの血筋はみんな猫化するの……呪なのか何かの病なのかはわからないけどね」
碧月の父親はみたところ日本人で間違いない。となると、母親がロシア人。じゃあ、この猫化というのはロシア由来の能力なのか?
「なるほど……」
「そ。でも大丈夫よ、猫化する頻度がひどくなって学校に行けなくなっても」
「大丈夫?」
「うん。それならそれで、学校行かないで働くし……学費も相当負担になってると思うから丁度いいわ」
は?
「働くって、なにをするつもりだ?」
「なにをって……考えてないけど、まあ何かみつけてやるわ」
こいつ、こういうところはお嬢様だな。世間知らず感がすごい。けど、世の中そんな甘くはいかないぞ。
「お前、勉強できるけどダメなタイプだな……」
「は、はあ!?どーいう意味よ!!」
「そんな上手くいくならこの世に無職はいないぞ」
「……や、まあ……それは、そうだけど……」
「高校くらいは卒業しとかないとダメだろ。せっかく入れてもらったんだし。悲しむぞ、お父さん」
「……でも、私の猫化なんて……どうにもならないし」
「そうか?」
「そうでしょ。だってお父さんは仕事で忙しいし……」
「大丈夫だ。俺に考えがある」
「……え?」
「お前の猫化を俺がどうにかしてやる」
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