第18話

 朝、学校へ向かっているとどんっと背中に強い衝撃が走った。自転車にでも衝突されたような強い衝撃。本気で交通事故にでもあったかと思った。吹き飛ばされるようなこともなければ、背中に走った痛みが続くわけでもない。なによりも「えいっ」という聞き馴染みのある声が衝突と同時に聞こえて、これが交通事故ではないと頭の中で簡単に理解することができた。


 「……痛い。なに?」


 顰めっ面を作って、振り返る。

 左手で髪の毛を触り、でへへ、と笑う堀口がそこにはいた。


 「宮坂がいたから、つい」

 「つい……って」

 「可愛い子がいたらちょっかい出したくなるのは女の子の性だよ?」

 「そんなことないと思うけど……」


 あれこれ正当化してくる堀口を横に並ばせて歩き始める。

 学校の直前。そこでたまたま出会って、共に歩いているだけ。なのに、ドキドキする。胸が高鳴り、ちらちら堀口の整った顔を見て、頬が火照る。緊張してしまっているのだ。

 というか、なんでそういうこと平気で言えるのか。私の心を弄ぶのがそんなにも楽しいのか。


 「昨日、聞き忘れたことがあったんだよねー」


 信号をひとつ挟んだ向こう側に校門が見えるような距離までやってきた。信号で足を止めるのと同時に堀口は脈絡なくそんなことを口にする。

 昨日。

 思い出すのは、好きな人が出来たと報告したことだけ。他にも色々あった様な気がするけど、それがあまりにも印象強く、他のことは頭の中に残っていない。


 「聞いてもいい?」


 同じ方向へと歩く生徒たちが信号に引っかかり、歩道に溜まっていく。

 そんな中、堀口は少ししゃがんで私の顔を覗き込む。

 目が合って、目を逸らす。


 「ここで話せるようなことならいいよ」


 と、遠回しに好きな人の話はするなよと言っておく。

 こんなところで好きな人の話とかされたら恥ずかしい。誰かも知らない同じ学校の人たちに聞かれるなんてもはや拷問だ。


 「じゃあ遠慮なく」


 ニコッと微笑む。


 「宮坂の好きな人って誰?」


 私の意図は全く持って伝わっていなかった。

 眩しい笑顔が憎らしく思える。


 「……言えるわけないじゃん」

 「なんで?」


 こてんと首を傾げる。

 告白することになるからだよとは言えないし、恥ずかしいからってのもなんか変に勘繰られたりしたら嫌だ。


 「じゃあ、堀口の好きな人誰かここで言える?」

 「あー……」


 堀口は背筋を伸ばし、周囲を見渡す。信号は青になって周りの生徒に合わせて歩き始める。


 「無理だね」

 「でしょ」

 「じゃ、どんな人か教えてよ」

 「どんな人……」

 「そう、どんな人か」


 瞳をキラキラ輝かせる。青空に浮かぶ太陽。それが彼女の瞳の中にもあるようだった。煌々と眩い。


 「気になる?」

 「もちろん!」


 当たり前でしょ、みたいな空気。校門を抜けて、昇降口へ向かうその間でさえも、表情を変えることはない。

 好奇心の悪魔に取り憑かれたよう。

 なんで気になるのか、疑問しかない。

 私は……私だって堀口の好きな人のことは気になるけど、私の場合は堀口のことを好いているから。気になる。ライクであれ、ラブであれ、もしも堀口に恋人ができたら。なんというか取られてしまうという感覚に陥る。そしてそれを想像するだけで……堀口に彼氏ができて、私に構ってくれなくなる。その情景をぼんやりと思い浮かべるだけで、苦しくなって、過呼吸にでもなりそうだった。

 ただそれは私の場合。堀口は別に私のことを好きってわけじゃない。だから、そこまで私の好きな人を知ろうとするのに違和感を覚えてしまう。なんでって。


 「…………」


 なにかあるのではと勘繰り、警戒し、それを紐解こうと堀口を見つめる。探ってみるけど、答えは見えてこない。

 見つめ合いながら歩くだけ。喋るわけでもなく、表情で意思疎通をするわけでもない。ただお互いに見つめ合うだけ。


 昇降口の仕切りを跨ぎ、下駄箱へ。

 靴を脱いで、上履きを取りだし、廊下に足を踏み入れる。

 一連の動作を終えれば、堀口は私の方に戻ってくる。


 そして、


 「で、ねえねえ。どんな人? 宮坂。どんな人を好きになったの?」


 空中に浮かび、飛んでいきそうだった話題を無理矢理掴んで、引き戻す。本人にその気があるのかはわからないが、絶対に逃がさないという圧のようなものを感じてしまった。はっきり言えば怖い。堀口にここまでの恐怖を感じるのは久しぶりだった。そういえばそういうやつだった。なんか好きになって、有耶無耶になってたけど、そういうやつだった。


 「今はやだ」


 それでもしっかり拒否できるようになったのは私も成長したなと実感する。

 堀口は虐めをするし、金髪でなんか怖いし。でも私が自分の気持ちを素直に伝えて、それで不貞腐れて攻撃してくるような人じゃないのもこうやって関わり始めて知った。

 堀口とぶつかったりなんだりで虐められた人も居るらしいが、それはまあなにか他の要因があったんじゃないかと、今なら思う。


 「今じゃなきゃいいんだ。じゃあ放課後だね」


 目に見えたルンルン具合でそう答える。


 「まあ放課後なら……」


 どんな人を……くらいなら言ってもいいかな。なんて思った。

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IF-夢で出会った君が可愛すぎる- 皇冃皐月 @SirokawaYasen

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