第11話
非常に不思議な感覚だった。
満点の星空と月明かりに照らされながら、家族じゃない誰かと歩く。二人っきりで。しかも手を繋ぎながら。
時刻は十九時前。まだ補導の時間には程遠く、駅の方に近付くにつれて、その辺で遊んでいたであろう学生たちが闊歩する。きっと普通の学生からすれば、この時間に家族以外の誰かと歩くなんて普通のことなんだろう。だがしかし、私は真面目に生きてきた。生真面目に生きてきた。ちょっと生きにくいなって思うくらい真面目に生きてきた。
私にとって普通は普通じゃない。
だから不思議だなあって思う。
「そんなにキョロキョロしてどうしたの?」
隣を歩く堀口は私のことをじーっと見つめていた。
「え、キョロキョロしてた?」
自身を指差し、質問に対して質問で返す。
だってキョロキョロしていた自覚がなかった。まったく。
「してたよ。気になるくらいにはキョロキョロしてた」
それって相当キョロキョロしてたんじゃ。
「うーん、この時間に家族以外の誰かと外を歩くことってなくて新鮮だったから……かな?」
理由を探すとこれくらいしか見つからなくて、果たして本当にそうなのかなと疑心暗鬼になりながらもまあいいかって告げる。
「真面目ちゃんだなー、宮坂は」
「うん。私もそう思う」
「でもそっか。宮坂の初めての隣にあたしが居れるのはなんというか嬉しいもんだね。光栄? だよ」
ふむふむと感慨深そうだった。
なにが光栄なのかは知ったこっちゃないが。
「……こうやって歩いてみると見え方が違うなって思う。学生がいっぱいいて。友達同士とか、恋人同士とかで。この時間まで遊んでるのが普通なんだなって」
「宮坂はどつしてるの? この時間」
「家にいるけど」
「つまんなくない、それ」
堀口からしてみればきっとそう。
彼女は友達が……いや、あれは友達なのか? 付き従えている下僕のようにも思えるけど。
とにかく一緒にいる人がいる。
でも私にはいない。五十嵐は……まだそこまでの関係になれていない。部活もあるから尚更だ。
でもそれを悲しいとは思わない。
私にとってはそれが普通で、当たり前だから。
悲しいだなんて思うことがなかった。つまらないと思うこともなかった。そもそも面白いとか、つまらないとかそういう隔てをしていなかった。
「つまんないかあ……」
考えてみる。
一人で家に帰って、部屋でスマホをダラダラ触るだけ。そうやって寝るまでの時間を潰している。
つまんない。たしかにつまんない。面白みのある人生だとは思えない。
「つまんないかも」
結論がぬるっと出てきた。
「やっぱり」
「でもしょうがないよね」
「しょうがない?」
堀口は首を傾げる。その反応を見て、私はこくこくと頷く。
「放課後に遊んだりする友達って私には……居ないから」
寂寥を覚えた。
虚しさとはこういうことなのか。
私には友達がいません、と宣言しているようなもので。自虐とかならいざ知らず、私の場合は今改めて自覚した。真性のぼっち。
悲しくなるなって方がちょっと無理がある。
「あれ、あたしは友達じゃないの」
堀口は驚くようにそんなことを言ってくる。
「え?」
「え?」
足を止めて見つめ合う。
私は堀口を友達だと思ったことはない。住む世界が違う人で、友達になんてなれるわけがないと思っていた。
「友達じゃないの? あたしたちって」
ギュッと強く手を握る。
「じゃないと思ってたけど」
私は握る手を緩める。堀口は強く握り締めるので、いくら私が緩めてもその手が離れることはない。
「マジかー。あたしは友達だと思ってたんだけど。結構ショック」
おどけるわけじゃない。苦笑を浮かべるだけ。なんか本当にショックなんだなってのが伝わってくる。
なにを持ってして彼女は私のことを友達だと思ったのか。
というか、そもそも友達ってなんなんだろう。なにがどうなったら友達になるのだろう。
恋人と違って友達ってのは「友達になりましょう」と言い合わない。なんとなく気付いたら友達になっている。多分そういうもの。
五十嵐とは友達だと言える。でもじゃあなんでって言われるとわからなくなる。
これがあるから、あれがあるから。っていう明確なものはなんだろうなあと。
「友達ってなんなんだろう」
「うわ、哲学的なこと言い始めた」
ぽつりと呟くと、堀口は茶々を入れてくる。
「あたしはね、この人と二人で居てもいいなって思えたらもう友達かなって思うよ」
「そんなんでいいの」
「いいんじゃない。そんなんで」
「仲良くなって、お金とかあげられて、なんでも話せるような間柄で。そういうのが友達じゃないの」
「覚悟決まりすぎでしょ」
くすくすと笑われる。
友達の定義を並べてみたが、五十嵐って別にその定義にハマっていない。
「友達ってそんな重たいもんじゃないよ」
「重たい?」
「うん。宮坂の友達像は重たい。重たすぎる」
「…………」
「宮坂、これから時間ある?」
「まああるよ。暇。勉強しなきゃいけないこと以外は」
「どうせ家帰ってもしないでしょ。しないから図書室で勉強してたんだろうし」
その通りなのだが、堀口に正論を言われるのは面白くない。
「友達ってのを今から教えてあげる」
堀口はそう言って、私の手を引き、駅とは反対方向へと歩き始めたのだった。
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