第12話

 駅へと歩く大学生、高校生、社会人。様々な人の間を堀口と一緒に縫って逆走する。手を繋いでいるからはぐれない。きっと手を繋いでいなかったからもう簡単に置いていかれていたと思う。


 赤信号で足を止める。そこでやっと隣に並ぶことができた。


 脇道を遮る横断歩道。そこにある赤信号。

 私たちは真面目に信号待ちをしているが、車通りがないことをいいことに歩行者はすたすたと信号無視をする。大学生も高校生も、社会人でさえも。

 金髪の不良は信号を守っているのに。あれ、不良ってなんだっけってなる。


 「堀口」

 「んー?」


 名前を呼べばそんな気のない返事が返ってくる。


 「これからどこに行くの?」


 行き先を教えてもらっていなかった。

 暇かと問われ、友達というものを教えてくれると言っただけで。それ以外の具体的なものはなにもない。


 「迷ってる」

 「決めてないの?」

 「急だったから。公園か、カラオケ。どっちにしようかなって感じ」


 真反対な二つを提案された。


 「どっちがいい?」

 「え」

 「あたし的にはどっちでもいいんだよね」


 なぜか私に委ねられた。

 強引に引っ張って、連れ出したのに。


 どっちがいいのか。


 考えながら、歩き始める。もちろん青信号で。

 しばらく歩くとまた堀口は足を止める。


 「公園なら真っ直ぐ。カラオケならここの信号を左に曲がる。さあ、どっちがいい?」

 「……どっちでも」

 「それ一番困るなあ」

 「丸投げされた私も困る」

 「まあそっか」


 堀口はふむと考え込む。


 「長居させるのも悪いし、公園でいっか」


 手を引かれ、歩く。

 五分ほど歩くと公園に辿り着く。

 野球のグラウンドが併設された大きめな公園だ。遊具があるような公園ではない。散歩コースが整備された自然公園って感じ。あたりはお店やらビルやらが並んでいるので、自然が生い茂っているここはちょっと異世界みたいだった。


 「……っと、ここでいっか」


 公園内を散策し、ベンチを見つけて座る。

 ぽんぽんっと隣を叩く。座れ、ってことらしい。

 特に断る理由もないので素直に座った。


 「ここでなにすんの?」


 座ってからしばらく沈黙が流れた。

 このままだと座って、黙って、ただ時間が刻一刻と流れるのを待つだけという訳のわからない時間になりそうだったので、こっちから問う。


 「なんもしないよ。ダラダラ駄弁るだけ」

 「え」

 「友達ってさ、そういうもんなんだよ。なんか適当にダラダラ喋って。別にゲラゲラ笑うほど面白い話じゃないし、興味深い話でもないんだけどさ。そういう話をして、なんとなく居心地がよくて、続けたいなって思える関係。それが友達だと思うの」

 「ふぅん」


 納得できるような、できないような。

 そんなんで友達って言っていいのかって気持ちと、堀口みたいな人が言うのならきっとそうなんだろうという気持ちが混ざる。

 ただ、それでも堀口のことを友達だとは思えなかった。

 なんでだろうと考えてみる。結構あっさりと理由は見えてくる。


 友達に対して恐怖の感情は抱かないから。


 これだった。

 入学してすぐの時と比べれば、堀口のことを怖いという気持ちは薄れている。

 それだけ関わってしまったのだ。恐怖が薄くなってしまうほどに堀口のことを知ってしまったのだ。でも薄くなっただけ。ゼロになったわけじゃない。空っぽになったわけじゃない。

 怖いという気持ちは少なからずある。


 「って、ことだから。駄弁ろう」

 「駄弁る時にそう宣言するものなの」

 「しないね。でも今はしないとお互いに黙っちゃいそうだったから」


 それだけの壁がある。


 「うーん、なに話そうかな。そうだ。宮坂。宮坂には恋人いる?」


 私と堀口の間にあった壁を、彼女はまったく気にすることなく突っ切った。私だけにしか見えない壁なのかもしれない。そう思うほどに堀口はずかずか私のテリトリーに入ってくる。


 「恋人」

 「うん、恋人。彼氏」

 「……秘密」


 いない。いないけど、いないってそのまま言うのは癪だった。

 小さなプライドみたいなもん? かな。自分でもよくわかんない。


 「意外。いるんだ」


 秘密って言ったのに。勝手に解釈を進めた。


 「いや、いないけど」


 誤解させるようなことを言ったのは私だが、誤解されるのは困る。

 なにを言ってるんだと思うかもしれない。私もそう思う。


 「なんだいないのか」


 少しだけ声が弾む。


 「友達すらまともにいないのに恋人なんているわけないよ」

 「あー、たしかにそうだね」

 「それに好きって感覚がわかんない」


 人を好きになるってなんなんだろう。恋をしたことがないのでわからない。


 「堀口はいんの? 恋人」


 このまま私だけプライベートな部分を触られるのは嫌なので、跳ね返す。


 「いないよ。恋人は。好きな人はいるけど」

 「え、そうなの?」


 意外だった。乙女してんだなあなんて思う。


 「うん。夢に出てきてね、告白されたの。それで付き合って色んなことして、こうやって手のひらとかにキスとかしてきたりしてね……」


 堀口は突然喋るのをやめた。

 そして繋いでいた手をひょいっと上げる。

 手を引いた。私の手の甲は堀口の顔へとぐいっと近付く。


 そして堀口は私の手の甲に口付けをした。

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