第10話
カチッと音が鳴る。私たちを包み込んでいた明かりは消える。真っ暗。まさにそれ以外に形容のしようがなかった。足元はおぼつかない。まるで目隠しでもされたようだ。一歩踏み出すことさえ怖い。手を繋いでいるので、それなりの安心感はあるのだけれど。でも手を繋いでいて、そこにいるってわかっているはずの堀口さえ見えない。
「ほ、堀口……堀口」
「いるよ。いるから」
名前を呼べば、堀口は返事をしてくれる。若干呆れが混ざるような口調であるのはきっと気のせい。
とにかくそこにいるって声でわかるから手を繋ぐ以上に安心することができる。
「案外怖がりなんだね。宮坂」
「堀口から私のことがどう見えてるのかわかんないけど。普通に怖がりだよ」
色んな意味で怖がり。
お化けは嫌いだし、虫も嫌い、そして怒るような人も嫌い。
「結構図太い人?」
「もしかして今私すんごい失礼なこと言われてる?」
「あはは、気のせいだよ、気のせい」
けらけら笑う。
その反応からも堀口は余裕なんだなってのが伝わってくる。もしかしたらこの暗闇の中あることも慣れているのかもしれない。
真夜中の学校とかに潜り込んだりしてそうだし、堀口って。
まあなんでもいいや。今頼れるのは堀口しかいない。堀口にもしも見捨てられたら……私はきっとここで一人で蹲って、怖い怖いと嘆きながら、朝を待つことになる。
見捨てられたくない。置いてかれたくない。その気持ちがどんどんと膨張していく。
ギュッと強く手を握った。
ギュッと強く握り返される。
「こっからだと廊下暗く見えるけど、ぽつぽつ照明点いてるし、非常灯もあるから。そんなに暗くないんだよ。実は。それよりもね、この時間だとまだ先生たっくさんいるから。そっちの方が怖いね」
「まだ帰ってないの?」
「教師ってのは案外大変みたいだよ。日跨ぐまで職員室明かり点いてたりするし」
なんで堀口がそんなこと知ってるのか、と思ったが、まあ聞くまでもないので聞かない。
「それじゃあ行こうか。見つかりそうになったら走るからね」
「は、走んの?」
「もちろん。逃げなきゃ怒られるよ。あたしは構わないけど」
「お、怒られるのは……嫌だなあ」
「でしょ、だから走るよ。まああたしがお姫様抱っこしてあげてもいいんだけどね」
またけらけら笑う。こんな状況でも冗談を言えるあたり、本当に怖くともなんともないのだろう。
改めて私と堀口は住む世界が違うんだなあと実感した。
堀口に手を引かれ、図書室を後にする。廊下を歩く。さっき彼女が言ってた通り、思っていたよりも廊下は明るい。常夜灯みたいな控えめな照明と、非常灯、加えて外の街灯。それらが廊下をほのかに明るくする。
足下も、繋いだ手も、堀口の顔も。ぜんぶはっきりと見える。
暗いことに対する恐怖は自然と薄れた。電気を消した図書室の方が何倍にも怖かった。
だがしかし、明るいからこそ、先生に見つかるリスクが高いなと思う。図書室から昇降口までは結構距離がある。普通に歩いて……一分くらい要する。
足音を鳴らさないように慎重に歩く。
「宮坂」
ぼそっと私の名前を呼んだ堀口。
ぐいっと私の手を引っ張って、近くにあった階段の陰に隠れる。
堀口の手が私の口を覆う。
なんか堀口の手に息を当てるのが嫌で、鼻呼吸も止める。
静寂の中に響き渡る足音。カツカツカツカツという一定のリズム。
私たちの前を通り過ぎていく名前しか知らない教師。
階段の陰に私たちが隠れているなんて思いもしないだろう。こっちに気付くことなく、私たちの目の前を通り過ぎる。
「ね、こっちの方がよっぽど怖いでしょ」
通り過ぎて、しばらくしてから堀口は立ち上がって歩き出す。私も引かれるように着いていく。
「うん。ドキドキした」
左手を胸に当てて、今だ鳴り止まずうるさい心臓の音を感じる。
この鼓動は先生に見つかりそうになった恐怖によるもの。迫り来る恐怖に心臓が呼応したもの。きっとそう。そうなのだ。堀口に包み込まれるように抱擁され、肌と肌を密着させていたことに興奮していたからではない。そもそも興奮なんてしてないし。女の子と抱き合ったからってドキドキするなんてどう考えてもおかしいから。そんなわけない。ない。ありえない。
「なんか……宮坂。手が熱くなってない?」
堀口はスピードを緩めて、ふとそんなことを聞いてくる。わざわざ振り返って。繋いでいる手を見てから、私を見る。
わざわざ指摘しなくていいことを、ことさら重大事のように指摘してくる堀口。
小さな怒りと、恥ずかしさがぐちゃぐちゃに混ざる。
「気のせい。絶対に気のせい。別に熱くなんかなってない」
むっと頬を膨らませて、懸命に反論をした。
それからずかずかと堀口を引っ張って歩き出す。立場逆転だ。そのまま昇降口まで向かって……外に出た。
夜風に当たってうるさかった心臓は少し静かになってくれる。
色々と恥ずかしくなってきた。
夜空を見上げ、月を見て、反省する。
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