第8話
私と堀口は図書室で……二人っきりで……勉強を始めた。
どっちが秘密にしようと言ったわけじゃない。お互いに黙った結果、なんとなく秘密にした方がいいのかなみたいな空気が漂って、それにぼんやりと心地良さを感じる。
一日勉強して、二日、三日、四日、一週間……と。
私は元来、集中力の続かない人間だった。
勉強は十五分が関の山。そんなダメ人間。それが私。
なのに、この一週間は最終下校時刻近くまで、ほぼほぼマックスで集中することができていた。おかげでテスト勉強は捗った。捗り過ぎていた。
天才になったかもしれない。学年トップを目指せるかもしれない。
「宮坂のおかげであたし天才になったわ」
目の前でそんな調子に乗ったようなことを言われると、調子に乗るのはほどほどにしておこうと思う。
ペンを走らせ、白色のノートに黒い文字を描いていく。汚していく。
この一週間。ずっと真面目に勉強していたのもあるのだろう。慣れないことをしたせいで、思っていたよりもうんと私の身体には疲労が溜まっていた。心身共に疲弊している。
「ふぁぁぁぁ……」
大きなあくびをしてしまった。
慌てて口を両手で隠そうとするが、ちょっとだけ遅かった。
瞳にはあくびで出てきた涙が溜まる。
それを拭って、わざとらしく咳払いをした。
集中し直そう。
改めてペンを握って、ふと正面からペンを走らせる音も、紙を捲る音も、なんにも聞こえないことに気付く。顔を上げる。
堀口は机に突っ伏せて眠っていた。
「……まあ、そうか」
私でさえ疲れたなあと思っていたのだ。
不良である堀口が疲れていないわけがなかった。
逡巡する。
起こすべきか、それともこのまま放置するべきか。
仮にこれが初日だったら起こしていたかもしれない。
でも今は積み重ねがある。
頑張った、という積み重ねが。
疲れてるのならば気持ち良く寝させてあげようかなという気持ちになる。
というか、目の前で気持ち良さそうに眠っている姿を見ると……起こすことそのものが憚られる。
「いいな。私も……寝ちゃおうかな」
とさえ思う。
それほどに気持ち良さそうに眠っていた。
まあいいか。五分くらい。五分くらいなら仮眠したって。この一週間頑張ってきたんだし。五分くらい仮眠したって。きっと誰も文句は言わない。
◆◇◆◇◆◇
金色の長い髪の毛。それが私の視界を覆った。もちろんこれは私の髪の毛ではない。私は髪の毛の色を染める……ましてや金色なんていう派手な色には染めたりしない。私は不良ではないからだ。
ふわふわした感覚に戸惑いながら、その髪の毛を掻き分ける。
目の前にはなにもない。
よく考えてみると、背中に……後方に、重たい感覚がある。
きっと、誰かが抱きついている。もしくは取り憑いている。後者でなければいいなと思う。
「ねえ、誰……」
立ち上がって、振り返る。
そこにいたのは金髪の美女。どっかで見たことがあるような。思い出したいけど、思い出せなくて、でもあと少しで思い出せそうで。喉元まで出かかっている。その表現がきっとピッタリ。
「あたし? あたしはね、堀口夏希」
堀口……堀口……堀口。ああ、堀口。
点と点が線で繋がった。
改めて彼女を見る。
さっきまでぼんやりとしていて掴みにくかったのに、今度は鮮明に顔が見える。たしかに堀口だった。服装も制服を着ている。さっきまで靄がかかったようにはっきりしなかったのに。
私は気付く。
これは夢の世界なんだ、と。
五分しか寝ない。仮眠をする。そう決めて眠ったのに、夢を見るほどしっかりと眠ってしまったらしい。
「宮坂?」
「ううん、なんでもない」
「そう?」
不思議そうに首を傾げる。それから、私の手を握った。当たり前のように指を絡ませる。
夢の世界なので体温とかはわからない。
ただ手を繋いだことに対してドキドキはする。
「好きな人はいる?」
堀口は突拍子もないことを聞いてきた。
夢の世界だからなんでもありってわけか。
「いないね。好きな人」
夢の世界だから好き勝手言ったっていいんだろうけど。
私には好きな人がいない。
中学生の時に恋をした記憶はないし、高校に関してはまだ入学して短い。一ヶ月をちょっと過ぎたくらい。そんな間もない期間で好きな人とかできない。
青春は……そりゃまあできるのならばしたいとは思うけど。
「そっか。わかった」
「え、わかった……?」
「ううん。こっちの話」
「そ、そう……」
堀口は手を離す。
ちょっと物惜しいななんて思っていると、それに気付いてか、偶然か、私の額に口付けをした。唇を当てて、すぐに距離を置く。
動揺、困惑、戸惑い。それらを押し退けて、一つの感情が心を、頭を、支配した。
――なんか、懐かしい。
と。
「忠告してあげる」
堀口はそんなことをぽつりと言い出す。
「忠告? 私に?」
「そう」
こくりと頷いた。
「きっとこれから宮坂は好きな人ができる。一緒にいたくて、死ぬまで隣にいたくて、愛して、愛されたい。そんな人と巡り会うと思う。だけど……宮坂にとってその人に恋心を抱くのは辛いものになるから。芽生えた恋心はすぐに刈り取って」
「なんで?」
「それは……言えない」
目を伏せる。
押し黙った彼女は、なにも言わずに、消えていく。
幽霊だったのかな。そもそも幻覚だったのかな。って思うほどに、すーっと消えた。
夢の世界だからって……いくらなんでも無茶苦茶だ。
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