第7話
向かい合う形で座る。目の前に堀口がいる。クラスカーストの頂点に君臨し、教室を牛耳っていると噂の堀口夏希。その人が目の前にいる。粗相でもしたら……きっと虐められることになるのだろう。そう考えるだけで緊張する。
「初日の科目ってなんだったっけ」
「さあ」
ペンをカチカチ鳴らしながらぶっきらぼうに返事をする。私の中にある感情を悟られないように押し込む。
「あれ、まだ予定でてないっけ」
「出てないよ。二週間前にならないと予定でないって言ってたじゃん」
「そっかー、聞いてなかった」
まあそうだろうなと思う、驚きはない。
「じゃあ片っ端からやるしかないか」
堀口はそう言って、教科書とノートを取り出す。
「まずは世界史から」
「暗記科目じゃん……私が教えるようなこと本当にないよ?」
「ふふ、宮坂。ナンセンスだね」
「ナ、ナンセンス……」
「暗記科目は喋りながら記憶に定着させるんだよ。ノートにつらつら単語書いてたって覚えられないから」
「図書室だからあんま喋れないけど」
「あっ、そっか……」
その会話を皮切りに黙る。ペンを走らせ、教科書、ノート、ワークと向き合う。
そして……気付けば外は暗くなっていた。
昨日は不思議な一日だった。放課後に図書室で勉強をしていたら、堀口と遭遇し、なぜか一緒に勉強をした。畏怖の感情を抱き、おっかなびっくりしていたはずなのに、いつも以上に集中することができた。それに記憶の定着もいつもよりもうんといい。
昨日あったことをぼんやりと思い出す。
なんか悪くなかったなあと思えてしまう。不思議だった。
怖いし、嫌だし、関わりたくないって思っていたし、なによりもあの時は逃げたいって考えが頭の中を支配していたのに。終わってしまえばいい思い出みたいになっている。
「……」
教室に入ると、私の席に堀口は足を組んで座っていた。女の子がしていいような姿勢では明らかにない。スカート丈が短いのも相俟ってスカートの中が見えそうになっている。
私は一歩教室に入ったところで固まる。その光景をただ突っ立って見つめることしかできなかった。まるで時間でも止まってしまったかのよう。
それから少ししてハッと我に返る。
「スカートの中、見えそうになってるけど。いいの?」
堀口の元へ、というか私の席へと向かう。そして座っている彼女に声をかける。
本当は「なんで座ってんだ」って指摘して、さっさとどいてほしかった。だがしかし私にはそんな強気に出れる勇気も覚悟も胆力もない。
「おはよう、宮坂」
ひらひら手を振る堀口。私の言葉は華麗にスルーする。聞こえてなかったのかなとか思うほど。
「おはよう」
とりあえず挨拶は返しておこう。
それからどうするか。
どうにかして堀口にどいてもらわなきゃいけないのだが、下手に刺激をすると虐められることになる。虐めの標的にされるのは……嫌。
だから、腫れ物を扱うように、丁寧に、刺激しないように、慎重に、扱う。
「パンツ……見えそうだけど。いいの?」
結局どう声をかけるのが正解なのかわからなくて、さっきと同じようなことを口にする。
「いいよ、別に」
堀口はどうやら露出趣味があるらしい。
まあ……うん。そういうのって人それぞれ。十人十色だよね。
「見せパン履いてるから。見られたって別になんとも。宮坂、見たい? 見せパン」
スカートの裾を摘んで、ニヤニヤしながら問う。
私は首を横に振る。そりゃそうだ。見たくないし、スカートの中が例え見せパンであったとしてとはしたない事実に変わりはない。
「そっか、じゃあいいや。見せないでおこ」
「うん、そうして」
堀口は立ち上がった。
そして私の隣に並ぶ。
「今日の放課後もよろしくね。勉強、教えてね」
小声で私にそう言ってきた。
「昨日なんもしてないけど、私」
「そうだけど。なんか宮坂と勉強してると、手が進むんだよね。集中できるっていうか」
「……なるほど」
私も感じていた事だったので、それ以上逃げの姿勢は見せられなかった。
昨日悪くなかったなと思いつつも、やっぱり関わりたくないって気持ちもまた偽りではなくて。昨日っきりにしようと思っていたのに。
「宮坂、ダメかな?」
「じゃあ図書室で」
と、一緒に勉強をする約束をしてしまう。
いや、本当に。私はあまりにも意思が弱い。
己の弱点と向き合いながら椅子に座る。
まだ椅子には堀口の体温が残っていた。
「宮坂」
私が座ったのを見て、五十嵐が声をかけてくる。
「おはよ」
「うん、おはよ。てか、よくどかせたね。堀口を」
「結果的にどかせただけだよ」
思い描いていた展開にはならなかった。
結果的にどいてくれただけ。
作戦が完璧だったとかではない。
「仲良さそうだったけど、気のせい?」
五十嵐は少しだけ心配そうに訊ねてくる。
「気のせいだよ」
「カツアゲとかされてない? 大丈夫?」
「今のところは……なにもされてないよ」
「なら良かった。でもなんかあったら相談してね。助けられるかは……わかんないし、約束はできないけど。話だけなら聞けるから」
五十嵐は強い警戒心のようなものを向けてくる。
その気持ちはわからなくない。のだが、私には芽生えない。
どうして……って言われても、わかんないのだが、なんとなく大丈夫。漠然と出処も根拠もはなにもない自信が私の中にはあった。
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