第6話

 手が触れ合う。そんなロマンティックなものではなくて。

 とくんと心臓が跳ねる、みたいなドキドキ感もなくて。


 私の中にあるのは堀口とぶつかってしまったという焦燥感。例えばこれがきっとあっちに非があって、一方的にぶつかってこられた、とかだったとしよう。それならあっちが悪いという他責思考で責任を逃れることができる。だがしかし、今回に限ってはそれができない。だって私が前を見てなくてぶつかってしまったから。誰がどう見ても私が悪い。

 なに一つとして言い逃れができない。させてくれない。それな現状だった。


 焦燥感くらい湧き上がってくる。

 露骨に動揺していないことをむしろ褒めてあげたいくらい。


 「……すみません。前見てなくて」


 打開策を巡らせ、辿り着いた答え。それは問答無用で謝罪することだった。

 やると決めたら行動は早い。迅速に対応する。こういうのはやっぱりスピード感が大事なんじゃないかなと思うわけだ。


 図書室なので、周りに配慮しつつ謝罪を口にする。まあ私たち以外の人はこの空間に存在しない閑散とした場であるのだが。


 「いいよ。気にしないで。あたしも前見てなかったから。お互い様ってことで」

 「ほんと?」

 「こんなことで一々嘘吐かないよ」


 ぺこぺこ頭を下げたのが功を奏したのか、案外簡単に許してもらえた。ぺこぺこ頭を下げたが、決して誠心誠意謝罪したわけじゃない。流れ作業的に謝罪をしただけ。それなのに簡単に許されて、拍子抜けする。そしてなにか裏があるんじゃないかと、一周まわって怖くなり警戒する。


 「それよりもなにを探していたの?」


 ひょこっと金色の髪の毛を揺らしながら質問を投げてくる。


 「いや、なにも……」

 「そっかそっか。もし教えてくれるなら手伝ってあげる」

 「だからなにもって」

 「うんうん、それでどんな本を探してたの?」

 「え、いや、あの、大丈夫だから」


 堀口の優しさが怖い あと話を全く聞かない。顔の両側についているそれは一体なんなのか。


 「まあまあ遠慮せずに」


 ぽんぽんと私の肩に手を置いてから、本棚に視線を移し、うーんと声を出しつつ睨めっこをする。


 「本当に大丈夫……勉強しに来たついでになにか本読んで休憩しようかなって思ってただけだから」

 「ほんと?」

 「本当。なにか探そうとしてたわけじゃない。漠然と見つかったらいいなって思ってただけ」


 そう、運命に導かれるように。なんて言ったら笑われる気がするから言わない。


 「とにかく探し物はしてないから。大丈夫。勉強がメインだし」


 嘘は吐いていない。嘘は。

 堀口はじーっと私のことを見つめる。凝視だった。最初はなんだ? という気持ちで見つめ返すんだけど、段々と気恥しさと緊張でおかしくなりそう。


 「勉強……? 宮坂は熱心だー。真面目ちゃん?」


 私の隣に並んだ堀口はくしゃっと笑う。


 「別に真面目なんかじゃ。中間テストが近いから勉強してるだけ。普段からしてるわけじゃない」

 「ふぅーん、中間テスト……ねえ。中間……テスト……中間……」


 堀口はどんどんと意識を遠のかせていく。自分の世界に入ったように見えるし、現実逃避をしているだけのようにも見える。真偽は不明。

 まあなんでもいいか。適当な理由をつけてここから逃げ出そう。

 堀口と関わることになるのは困る。ただでさえ虐めリーチになっているのに、ここでちゃんと関わるようにでもなったら……学校生活の終わりだ。


 口を開こうとした瞬間だった。


 堀口は私の手を掴んだ。

 ぴたりと。そしてわざとらしく指を絡めてくる。


 「えっ、はっ……ええ!?」


 おおよそ図書室で出していい声量ではない大きさの声が出てしまう。意図したわけじゃなくて反射的に出てしまったものなので許して欲しい。


 「宮坂。勉強しよう。一緒に。一緒に勉強ッ! しよう!」

 「…………」

 「てか、教えて。勉強教えて。あたしこのままだとヤバい。まじヤバい。赤点まみれになっちゃうし」


 懇願だった。真っ直ぐな眼差しを私へ向ける。目を逸らすことも、はぐらかすことも、もちろん逃げ出すことでさえも許してはくれなさそうな空気がある。

 もしも断ったり、拒絶でもしたらどうなることか。

 考えただけで……嫌な気持ちになる。


 「いいよ。でも私、そんなに頭良くないから教えられるかわかんないよ」

 「大丈夫。きっとあたしの方が馬鹿だから」


 むふんと胸を張って、そんなことを堂々と宣言される。された方は困る。なんて返せばいいのかわからない。

 だから苦笑いを浮かべた。

 それしかできなかった、というのが多分正しい。

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