第5話

 虐めは留まることを知らない。

 四月が過ぎて、五月に突入。ゴールデンウィークという神の週間も過ぎて、学校に慣れてきた間に虐めの標的は玉を転がすように変化していた。陰キャから陰キャに変わり、ゴールデンウィークが明けたら陽キャ軍団に属していたうちの一人が虐めを受けていた。ゴールデンウィークに入る前までは一緒になって虐めをしていたのに。見事な変わりっぷりだった。きっとゴールデンウィークの間になにかがあったのだろう。なにがあったのかは知ったこっちゃないが。


 虐めの構図としてはまああるあるなのかなあと思う。虐めてる側が虐められる側になる。それが怖くて、誰かを標的にし続ける。よくある負のループだ。中学の時もそうだった。どこもかしこもこんなもんなんだなあとある意味感心する。人間の心理なんて大抵決まっているもんだと。


 「怖いね」

 「怖い?」

 「敵とか味方とか関係ないんでしょ。自分が気に食わなかったら誰でも虐める。堀口さんってそういう人なんだよ。怖い怖い。これを怖いと言わずしてなんなんだろう」

 「……それはまあそうかも」


 と、流れ的に肯定した。

 だが私の中では違和感のようなものが渦巻く。それがなんなのか。具体的に言語化しようと試みるが上手くできない。


 「宮坂?」


 五十嵐は不思議と不安を両脇に抱えながら首を傾げる。


 「いや、なんでもない」


 私は流れるように首を横に振った。なにもないは大嘘なのだが。自分の中でも上手く整理できていないこの感情を吐露できるほど、胆力はない。思ったことを思いついたまま口にして収集がつかなくなる。そんな展開が容易に想像できてしまった。だから感情に蓋を閉めた。見て見ぬふりをするつもりも、向き合わずに逃げるつもりもない。ただ一度寝かせるだけ。今出てくる幕じゃない。


 「とりあえずあれだね」

 「あれ?」

 「こういうのは関わらないのが一番。接点がなきゃ虐めもなにもないから。線と線が交わらなければ点は生まれないからね」

 「ほおー、なんかいいこと言ってる気がする」

 「言ったつもりなんだけど……響かなかったな、さては」

 「えへへ」


 なんて笑い合う。

 ちょっと真面目な空気に耐えられなくておどけてしまったが、今の発言は本心だった。関わらなきゃいい。関わらなきゃなにも生まれない。虐められることはない。その代わりきっと山も谷もなんにもない。平坦で……面白みのない青い春……いいや青くも春でもない、白黒の冬でも訪れるのだろう。ただ虐められるよりは幾分もマシ。虐められてまで青春をしたいとは思わないし、思えない。


◆◇◆◇◆◇


 今日の放課後は図書室へと向かった。

 理由は単純明快。中間テストがそろそろ見えてきたからだった。家に帰って勉強するとうるせえ妹に親、あとはゲーム機に漫画、小説、そしてスマートフォン。邪魔をする要素が多すぎる。だから図書室で勉強をする。邪魔者も誘惑もすべてを断ち切ろうという魂胆だった。


 ノートを広げて、しばらくはペンを走らせる。


 校庭からは部活の掛け声とホイッスルが響き渡る。もうそろそろ中間テストなのによくもまあ部活なんてしていられるなって感心する。それだけ余裕ということなのだろうか。それともまだ三週間近くあるから急がなくてもいいと思っているのだろうか。部活はほぼ未経験と言って差し支えないので知らんけど。


 「……飽きた」


 ペンを置く。

 勉強を始めてから一時間くらいが経過した。

 ぐーっと背を伸ばして、凝り固まった肩と背中をほぐす。昇天しそうなほどに気持ちいい。


 立ち上がって少し休憩。せっかく図書室にいるんだし、なにか本でも読もうかな。

 五分だけ。五分だけだから。いいよね? うん。ご褒美、ご褒美。

 自分に言い聞かせながら、本を探す。最近ハマっているのは群青系の作品。SF要素が散りばめられているとさらに私好みになる。そういう作品を執筆してくれる安心安全な作家さんがいるので、とりあえずその人の名前を探すところから始めよう。


 「えーっと……」


 本棚を凝視して、視線を行ったり来たりさせながら、ゆっくりと身体を右側へカニ歩きのように移動させる。すす、すすす、すすすすと。


 「……作品名順になってるからわかりにくいな」


 本来作家順だと思うのだが。どういうつもりでこの順番で並べているのか問い詰めたい。しないけど。する勇気もないけど。

 なので仕方なく根気よく探すことにする。


 「……ってぇ」


 右側にひょいっと身体を動かした時に衝撃が走った。

 勢いが良かったわけじゃないので吹っ飛ぶことはなかったが、予期せぬ衝撃にちょっとした痛みを覚える。右側からは「おおっ……びっくりした」という声が聞こえた。どうやら人とぶつかってしまったらしい。これは前方不注意だった私が悪い。


 「すみません……」


 さっさと謝ろう。そう思って顔を上げ、謝罪を口にする。

 目に入ってきたのは金色の髪。大きな胸。気持ち着崩された制服。ちょっと緩んでない? って感じのリボン。


 「堀口夏希」

 「宮坂陽乃」


 私たちは思わず名前を言い合ってしまった。

 そして私は一人で地獄にでも突き落とされたような絶望を身にまとった。いっそのこと……殺してくれた方がもう精神的にはマシなのかもしれない。なんて既に追い詰められていた。

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