第25話 教授の秘められた才能
洞窟に響き渡るDS-αの声に、桜井と池田教授は呆然としていた。影山徹が3年も先にこの異世界に転移していたという事実。それは、彼らの認識を大きく揺るがすものだった。特に池田教授の胃は、これ以上の情報を受け付けられないとばかりに激痛を訴えていた。
「は、ははは……」
池田教授は力なく笑った。完全に現実逃避の笑いだった。
「DS-αくん、僕は夢を見ているようだ。いや、悪夢だ。小説の読みすぎだね。早く僕を、いつもの研究室に帰してくれ。山積みの論文が僕を待っているんだ。そして、僕は胃薬を飲まなければ……」
「池田教授!現実から目を背けないでください!1ビット脳はクソゴミです。ここがディスコルディアであること、そして影山さんが先に転移していること、全ては揺るぎない事実です!」
桜井が力強く言い放つ。しかし、その顔は困惑と焦りで歪んでいた。彼の「愛の筋肉」は依然として「ぺったんこ」のままだ。
「それにしても、影山さんが3年も早く……一体、この世界で何をしているんだ……」
桜井は呻くように呟いた。ペントハウスで梓と対峙したとき、影山は、確かに何かしらの能力を使っていた。
DS-αはそんな二人の反応には構わず、ピコピコと電子音を鳴らしながら、幼いシズの周りを飛び跳ねる。
「梓ちゃん、生命反応は弱いけど、安定してるよ!でもね、魔力がなくなって、身体がこの世界の環境に慣れてないみたいなんだ。このままだと、もしかしたら……」
DS-αはそこで言葉を区切った。その先を口にするのをためらっているかのようだった。桜井は眉をひそめ、無意識のうちにシズの幼い姿を見つめた。あの傲慢で絶対的な魔王が、こんなにも無力な姿になっている。
「DS-α、何かできることはないのか?」
桜井が尋ねた。彼の心には、敵であるはずのシズに対する、かすかな憐憫の情が芽生えていた。
「うん!今、洞窟の中の魔力の成分を調べてるんだ。……分析完了!この洞窟にはね、ちょっとだけど、生命のエネルギーを高める魔法の力が漂ってるよ!それとね、池田教授のデータに、とっても面白い反応を見つけたんだ!」
DS-αは興奮したように画面を切り替え、複雑なグラフと数値の羅列を表示させた。
「池田教授の身体にはね、普通の人にはない、とっても特別な生命エネルギーの波長があるんだ!これはね、もしかしたら……もしかしたらだよ!」
DS-αは言葉を選びながら、ゆっくりと続けた。
「……池田教授はね、他の人に生命エネルギーをあげられる、『回復魔法』の才能を隠してるかもしれないんだ!正確にはね、人の身体が自分で治ろうとする力を強くする、『基礎能力アップ魔法』って感じかな!」
「……はあ?」
池田教授は、DS-αの言葉に再び目を剥いた。回復魔法?自分が?そんな馬鹿な。
「ちょ、ちょっと待て、DS-α!回復魔法だと!?この僕が!?」
桜井も驚きを隠せない。あの池田教授が回復魔法の才能?まさか。
「うん!僕の分析は間違いないよ!池田教授の生命エネルギーはね、まるで注射みたいに、相手の身体の細胞を元気にして、バランスを整える力があるんだ!やってみる価値はすごくあるよ!」
DS-αは、確信に満ちた口調で言い切った。そして、ぴょこぴょこと池田教授の目の前まで飛んでくると、小さな手足でシズを指差した。
「さあ、池田教授!梓ちゃんにやってみようよ!指先からね、命のキラキラした光を注入するんだ!イメージが大事だよ!点滴みたいに、優しく、でもしっかりね!」
DS-αは、まるで子供に遊び方を教えるかのように、無邪気に池田教授を促した。
池田教授は、目の前のDS-αと幼いシズを見比べ、そして自分の震える指先を見た。回復魔法。そんな荒唐無稽な話が、まさか。しかし、この異常な状況下で、DS-αの言葉には不思議な説得力があった。胃はまだ痛むが、それよりも目の前の現象に対する純粋な知的好奇心が、彼の理性を刺激していた。
(本当に、そんなことが……?いや、まさか……しかし、DS-αは嘘をついているようには見えない。僕の生体データに、そんなものが……?)
池田教授の思考回路が、これまでにない速度で回転し始めた。科学者としての探求心と、目の前の無力な幼女を救いたいという、人道的な感情が入り混じっていた。
「わ、わかった……やってみよう……」
池田教授は震える声で答えると、ゆっくりと、恐る恐る、幼いシズの額に指先を伸ばした。その指先が触れた瞬間、微かな温かい光がシズの額から放たれ、洞窟の薄暗闇に一瞬だけ、柔らかな輝きを灯した。
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