第26話 教授の秘められた才能、その2

薄暗い洞窟の冷気が肌を刺す。ひんやりとした岩肌の感触に、シズは目を閉じたままゆっくり気配を探る。そこは、彼女が最後に意識を失った東京の豪華なペントハウスではない。湿った土の匂いと、遠くで響く不気味な咆哮。

(ここは……ディスコルディア……?だが、何故……)

シズの記憶は混乱していた。転移魔法は、この世界の法則を書き換え、選ばれし魂を各地にバラバラに転移させるはずだった。なのに、どうしてこんな洞窟に……。そして、何よりも、彼女の体に感じられる、この耐え難いほどの虚脱感はなんだ?全能の象徴だった魔力が、まるで砂のように指の間からこぼれ落ちていく。魂の奥底を焦がすような焦燥感が、彼女の全身を駆け巡った。

(魔力が……枯渇している……?まさか、全てを使い果たしたとでもいうのか……愚かな……)


その時、彼女の幼い体がピリピリと痺れ出した。指先から広がるような感覚。それは、まるで微弱な電流が流れているかのようだった。


その瞬間、洞窟の奥から、太古の詠唱のような深遠な響きが満ち、池田教授の指先から迸る光は、単なる光ではなく、夜空に瞬く星々が凝縮されたかのような神秘的な輝きを放ち始めた。それは、宇宙の法則そのものを指先に宿し、対象の存在の根源へと直接干渉する、理解を超えた現象だった。光はシズの魔力の根源を揺るがし、魂に直接作用するような波動を帯びていた。


(この愚かな人間が、私に魔法をかけようと!?この感覚……まさか……!?)


あの桜井ヤスノリの「シンパシー・オブ・トゥルース」と、藤原聡美の「メタ・パラダイム・アナリシス」によって、一時的にとはいえ魔力を寸断された記憶が蘇る。だが、これはそれとは違う。より直接的に相手に影響を及ぼすような……。

慌てて身を起こそうとしたその時、彼女の視界に、怪しげな光を放つ指先が飛び込んできた。それは、あの池田大吾教授の指先だった。彼の顔には、どこか真剣な、好奇心旺盛な表情が浮かんでいる。

シズはハッと目を見開いた。


「愚か者めが――ッ!」


思わず叫んだ。幼い喉から絞り出された声は、しかし、威厳に満ちた魔王の咆哮ではなく、か細い子どもの声だった。池田教授の指先から放たれる光が、まさに彼女の額に触れようとしている。


「あっ、池田教授、それ毒魔法。よく似てるから気をつけて!」


ゲーム機が無邪気な少年のように喋っていた。

敗北と、無力な肉体への屈辱。シズの瞳には、怒りと困惑、そして、微かな絶望の色が浮かんでいた。


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