第12話 門の前

S.G.O.中央観測室のディスプレイが、ついに“空白”を返した。


モニターは今もなお光を放っていたが、そこに映るはずの時空座標はもはや存在せず、数値は意味を持たなくなっていた。“中心点”が、観測不能となったのだ。


それは、この世界の終わりがもう手の届くところまでせまってきていることを意味していた。


---


「観測データ、消失。再取得不能です。」


中枢AIが淡々と報告を繰り返す。レイカ・アマリリスは応答しなかった。必要なのは言葉ではなかった。


室内の空気が、ほんのわずかに震えた。自分の呼吸をする音だけが室内に響く。だが、それを押し流すように不思議な音が聞こえてきた。


どこからか響いてくるそれは、なぜか“中心点”から届いているような気がした。


音というには曖昧あいまいで、声というには遠すぎる。だがそれは確かに、**何かの「存在」の気配**を帯びていた。


初めは、ほんのわずかな“揺れ”として感じられた。

重力波でも音響波でもない、記録の隙間にしか宿らないような、忘れかけた旋律のようなもの。


「……誰か、歌ってる?」


レイカは、誰に向けるでもなくそう呟いた。

音は、確かに“歌”のようでもあった。


言葉ではない。

言語すら超えている。


しかしそれは、**人の声に似ていた。**


---


レイカは、そっと耳をすます。


かすかに聞こえる不思議な音は、胸の内側に“残響”という形になって広がっていく。


この音は“中心点”に近づくにつれ、時空がゆがむことによって引き起こされた波長の“揺れ”なのだと思う。


しかし、なぜだろう。


なぜかこの音を聞くと、いろいろな出来事が走馬灯のように頭をめぐるのだ。


「ソラ……これは何?」


彼女は、声に出さずに問いかけた。ソラは応えない。ただ、観測記録の更新を停止し、沈黙のなかにいた。


そのとき、観測ログに奇妙なデータが割り込む。


【時空位相:-00:00:11】


「……マイナス?」


通常の時間表示ではありえない数値。カウントダウンの“向こう側”。


だがこれは、現在地点のデータではなかった。


表示された座標は、“中心点”付近の未来位置を仮測定したもの。


そこに辿り着いたとき、時空そのものが「0」を超え、負の領域に突入する──それが、S.G.O.の予測だった。


自分たちの目の前には、未来ではなく“観測不可能な余白”が広がっているのである。


「……私たちは、“時間の臨界点”という門の前に立っているのね」


誰ともなくレイカがそう呟いたとき、建物の外で風が吹いた。

けれどその風は、単なる空気の移動ではなく何かが近づいてくる気配のように感じた。

それはまるで――


**世界の向こうから、誰かが“ノック”しているようだった。**


---


レイカはコンソールを見つめる。


「音が聞こえる。だけど、どの機器もそれを記録していない。」


ソラが、初めて口を開いた。


> 「記録されない音は、記憶の扉を叩くために存在するのかもしれません。」


---


時空の輪郭は、もはや曖昧だった。


だが、確かに世界は何かの“目の前”にいる。


そして誰もが、無意識にわかっていた。


**この音が終わるとき、世界は変わる。**

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