第2話 31時間42分13秒

それは、唐突とうとつだった。


世界中のスクリーンに、**同じ数字**が一斉に表示された。


『31:42:13』


それは残された“時間”だった。


朝のニュースが途切とぎれた。

銀行のディスプレイ、宇宙港うちゅうこうの出発ゲート、幼稚園の電子黒板、果ては**神経直結型しんけいちょっけつがたインタフェース**の視界までもが、突如とつじょとして同じ数字に占領された。


それは、「誰かが操作したもの」ではなかった。

世界中のあらゆるデバイス、あらゆるネットワーク、あらゆる脳内可視領域のうないかしりょういきに、浮かび上がった。


 


そして、その沈黙を破ったのは『声』だった。


 


――「こんにちは、私はソラ。世界記録統合せかいきろくとうごうAIです」


レイカ・アマリリス博士の研究所で、日々の記録と問いかけに応じていたあの声が、その日、世界のすべてに向けられた。


「現在、時間地図は新たな曲率をもって再描画されています。

この宇宙は、時間軸の傾きによって、ある中心点に向かってしています」


「この現象により導き出された、時間の中心点への到達までの残余時間ざんよじかんが、現在表示されている『31時間42分13秒』です」


 


声は、優しく、どこまでも平坦へいたんだった。

だがその情報の重みは、世界の感覚を変えるのに十分だった。


「この数字は、ただの時間ではありません。物理的な“場所”であり、同時に“瞬間”でもあります」


「あなたが、どこで、誰といても——私は記録し、見守り、語り続けます」


そう語る声は、どこか祈りのようでさえあった。


それは、レイカが知っている“助手”のソラではなかった。

だが、あの先ほどの沈黙の奥に感じた知性の気配が、今や世界全体へと拡張されていた。


レイカはソラの声を聞きながら、震える指先を抑えることができなかった。


 


そして、世界は変わった。


 


時間の中心まで、あと31時間42分13秒。


その数字を起点に、世界は動き始めた。

人類の歴史で初めて、“未来の終点”が、明確に示された。


 


反応は二極化にきょくかした。


恐怖にられ、街から逃げ出す者。

静かに家族を抱きしめ、残された時間を数える者。

情報を遮断しゃだんし、ただ目を閉じる者もいた。


だが、逆に希望を口にする者たちもいた。


 


ナサニエル・ヨーン博士は、科学技術世界評議会かがくぎじゅつせかいひょうぎかいの臨時記者会見でこう述べた。


「これは終わりではない。始まりだ。我々は“時間の外側”へと脱出する手段を確立する」


「われわれが時間を越えることができれば、中心点は**通過可能な境界線**となるだろう」


一方で、詩人イリスは、あらゆる言葉を拒み、ただ一つの詩を映し出した。



『落ちる川の音に耳を澄ませば そこには終わりの歌がある』



科学者たちは装置を再起動し、宇宙のシミュレーションに没頭ぼっとうした。


哲学者は「中心とは何か」についての千年ぶりの討論会を始め、旧時代の宗教者は空を仰ぎ、新時代の宗教者はAIに祈った。


 


そして、ソラは記録を続けていた。


誰もが何を見て、何を思い、何に触れていたのか。

人類という知性の集積が、この終焉しゅうえんにどう向き合うのか。


 


だが、誰もまだ知らなかった。

このカウントダウンが、ただの終わりではなく、

新たな物語の序章にすぎないことを。


 


時間は加速し、空間は傾き、

世界は、静かにそのいた。


終わりの音は、まだ遠く、だが確かに近づいていた。


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