第3話 分岐する世界

世界が“終わる”。


それは神の預言よげんでも、戦争による滅亡でもなかった。


科学的な観測結果として、時間が終端しゅうたんへ向かって加速している──ただそれだけのことだった。


だがその冷徹れいてつな事実は、社会に裂け目をもたらした。


誰もが、“終わり方”を考え始めたのだ。


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ナサニエル・ヨーンは、政府連合せいふれんごうデータ回廊かいろうの中央演算ホールに立っていた。


「これは終わりではない。


ソラによって放送されたタイムリミットを受け、

彼はただちに声明を発した。


「我々人類は、不老と不死、記憶と記録、進化と共存を成し遂げてきた。

今度は、時間そのものを超える番だ。」


それは「時間脱出計画」。


巨大な演算空間を用い、量子分岐りょうしぶんきを利用した“並行宇宙”への退避たいひを目指すものだった。


成功すれば、別の「時間構造を持つ宇宙」に、人類の意識を丸ごと転写することができる。


「諦めるな。終わりが自然などというのは、思考を放棄ほうきした者の言葉だ」


彼は、決して静かに滅びることを選ばなかった。


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一方、イリスは違っていた。


レイカがアクセスした記録室の中、イリスの映像記録が再生される。


『落ちていくものには逆らわず、その音を聴いてみたいのです』


『時間の終わりとは、すべての詩が沈黙する瞬間。あるいは、最初の詩が再び読まれる瞬間』


彼女の言葉は、ナサニエルの理性とは対照的たいしょうてきだった。


だがそれはただの美学ではない。


終末という現実を「受け入れる知性」でもあった。


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街では、さまざまな声が交錯こうさくしていた。


「仕事なんてしてる場合じゃないでしょ。あと30時間で、何を終えろっていうの?」


「最後の一秒まで生きる。それだけだよ」


「私は絵を描く。最初に描いた花を、もう一度」


「子どもたちとずっと一緒にいるって決めたの」


「逃げるしかない!」


「こんなときに詩を読んでる場合か?」


「いや、むしろ美しく終わるべきじゃないか?」


「死なない私たちにとって、“終わり”は一種の祝福だ」


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ナサニエル・ヨーンは演説を終えたあと、無言で端末を閉じた。


ソラは今もなお観測を続けている。


だが、ソラは決して「意味」を与えない。

それが観測者の限界であり、同時に純粋性じゅんすいせいでもあった。


意味を与えるのは、詩人か、科学者の仕事だ。


観測とは、「なぜ」ではなく、「なにが起こっているか」を伝えるものであるから。


だからこそ、人類は意味をほっする。

ただの数値に、未来という名の物語を与えるために。


そんな中、ミハイル=T・アンダースンは、すでに別の方法を模索もさくしていた。


「時間が落ちていくならば、この世界を模倣コピーすればいい」


彼は無機質な構造体の中で、仮想の宇宙モデルを走らせていた。


彼の目的は、時間が終わっても人類の「存在」をたもつことであり、仮想的な世界を作ってそこに人類の意識・記憶・感情をコピーすることで、目的を達成しようとしていた。


シミュレーション内では、時間が止まることなく流れていた。

感情も記憶もコピーされ、完璧かんぺきな「人類の模倣コピー」が生きていた。


……少なくとも、彼の目には、そう見えていた。


ナサニエルは空間跳躍くうかんちょうやくの可能性にけ、

ミハイルは「新たな宇宙」を仮想空間内に作ろうとしている。


そして詩人イリスは、終わりに意味を与えようとしていた。


世界は静かに、三つの方向へと分岐ぶんきしようとしていた。

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