第七部 その2
2 ブラールの演説
2038年1月31日。
大統領演説,当日。
ついにその日が来た。
待ちに待ったブラール大統領の演説の日である。ピクトグラムをどうするのか,ついに大統領自ら,全国民に語り掛けるのである。私は記者として,ぜひ彼の演説を聞いておきたいと思った。「パリまで行くか?」とミシェル訊くと当然というように親指を立てられた。そして「今度はリリアンも一緒に行かせてくれ」と。
キャプチャは高速道路を疾走する。
* * *
『思えば沢山の出来事がありました』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
* * *
漆黒の車体は太陽光を反射して北上する。
* * *
『まさかこれほどの苦難を経験することになるとは。最初私たちがリヨンのショッピングモールに駆け付けた時が懐かしく思い返されます』
──私。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
* * *
ウインドウを開けると爽やかな風が入ってきた。
* * *
『ミシェルと初めて出会ったのがパリです。そして初めて大喧嘩したのもパリです。パリには沢山の思い出があります。出会った頃は,トイレが消滅するなんてありえないと思っていました。でも今は,これらは起こるべくして起きた問題なのだと理解しています。トイレに関する喧騒がこれほど肥大化した原因は何だったのでしょう。ではこのストーリーの顛末はどうあるべきなのでしょう。キャプチャは高速を降り,セーヌ川を二分するイエナ橋を渡ります。運転席の彼に言いました。「ミシェル。あそこよ。会場が見えてきたわ!」』
──リリアン・ポアソン。元BBF通信記者。
* * *
演説の会場は,パリのシンボルエッフェル塔を有するシャン・ド・マルス広場であった。そこは人で溢れ返っていた。
* * *
私:
開始までまだ2時間もある。車内でコーヒーでも飲まないか。
ミシェル:
それより,機材のチェックを兼ねて人々にインタビューした方がいいだろ。ブラール反対派もきっと大勢集合してるぞ。取材の数でコーヒーをおごるかどうか決める。どうだ?
リリアン:
わーい,面白そう! やろやろ!
私:
めんどくさ。っていうか珍しいな。ミシェルが自分から仕事をやりたがるとは。
ミシェル:
何だよ。人を丸太ん棒みたいに言いやがって。たまにはこういうことがあってもいいだろ。さて,ルールは簡単だ,二手に分かれて取材数を競ってみるんだ。数の多い方が勝ち。いいね? それじゃ,スタート!
* * *
どういうわけか,演説の前に取材することになった。
まずは「フランツ」チーム。
* * *
私:
えー,テレビの前の皆様こんにちは。ラ・ニュヴェレ社の新聞記者フランツ・クライトマンです。今私は,パリのシャン・ド・マルス広場に来ています。1月ということもあり,少し風が冷たいですが,ご覧のように非常に大勢の人が,大統領の演説を聞きに,ここへやってきて……ハー,ハックショイ! 失礼しました。ちょっと風邪気味です。
私は今から,……ハークショイ! 人々がピクトグラム存続か撤廃かどちらを支持していのか調査するため,あの人だかりに行ってみようかと思います。こんにちは。ラ・ニュヴェレ社の新聞記者フランツ・クライトマンと申します。ちょっとお訊きしてもいいですか? ピクトグラムは継続派ですか撤廃派ですか?
老婆:
へっ? 何か言ったかの。耳が遠いもんで,もっとはっきり言ってくれんと,全然聞こえんのじゃ。
私:
ピクトグラムは継続派ですか撤廃派ですか?
老婆:
ビクトリア王朝? え? ピサの斜塔?
私:
ピ・ク・ト・ハークショイ!
老婆:
風邪かのう。そんな薄いコートなんか着とるから。ほらほら,ティッシュじゃよ。
* * *
つづいて「ミシェル・リリアン」チーム。
* * *
ミシェル:
ねえねえ,リリアン見て。水鳥がいるよ。色鮮やかだね。
リリアン:
ほんとね。オシドリじゃない?
ミシェル:
カモだよ。あーでも違うかな。ほーらおいでー(手を叩く)。
リリアン:
かわいいわね。ちょっと風が出てきたわ。ミシェル寒くない?
ミシェル:
大丈夫だよ。君が隣にいてくれるから。
リリアン:
じゃあわたしも寒くなーい(ハグ)。
* * *
彼らは取材していなかったことに注意しよう。どうやら2人の時間を楽しみたかっただけのようである。結果は言うまでもないだろう。ミシェルはインスタントコーヒーをふるまってくれた。暖かい車内で。
正午が近づくにつれ,さらに大勢の人がやってきた。後程明らかにされた数字では,最終的に15万もの人が集まったようである。広場は超満員であった。私たちは「報道」と書かれたエリアに詰め寄り,スピーチ開始を待っていた。
時間。エッフェル塔をバックにしたステージに,司会者が現れた。拍手が沸き起こる。短い前置きの後,彼は左手を舞台袖に向け,大統領を紹介した。微笑み返すブラール大統領。オレンジ色のネクタイが黒のスーツに華を添えていた。
ミシェルはボイスレコーダーを取り出す。リリアン夫人はカメラを構える。私はポケットからメモを取り出した。
どうか想像してほしい。大学病院の医師たち。子どもをもつ母親たち,デモで窮状を訴えた人たち,そして肌の色の違う世界中の人たちが,この演説をテレビ超しに聴いている様子を。この演説は世界中に中継された。どんな思いで彼らは聴いたのだろうか。どんな出来事が駆け巡ったのだろうか。
では,我々も聴くことにしよう。これが,第27代フランス大統領,サミュエル・ブラールのスピーチである。
* * *
『(ゆっくりと厳かな口調で)フランスに住むすべての皆さん。また,我が国に関心を持ってくださっている世界中の皆さん。今日我々は,歴史的な決定を聞くためにこの場に集まりました。それは,人間とは何かを問い,人権とはどうあるべきかを明確にし,フランスの自由と責任について理解を新たにするためです。この大切なスピーチのため,沢山の方々が,今日ここに集まってくださいました。
『見てください。皆さんは,トイレに絡む極めて難解な問題に立ち向かって来られたのです。状況は不利だった。フランス国民は病気や経済難や治安低下のため,死闘を繰り広げることになりました。しかし皆さんは諦めなかった。フランスの明日のため,フランスの栄光のため,フランスの自由のために力を尽くしてきたのです。我々が諦めなかったので,我々は再び,この場に,一致して集うことができています。私は,決して諦めない皆さんのような気高い国民を持ち,本当に嬉しく思っています。
(拍手)
『ご存じのように,ピクトグラムの在り方は,我が国における最も大きな論争の一つです。トイレのマークは人権に配慮していないので変えるべきだ。いや,文化や平和の象徴なので変える必要などない。こうした相反する意見を耳にします。
『フランス国民の皆さん。フランスはどちらかの道を歩まねばなりません。トイレのマークを変えるのか,それとも変えないのか。それはどうでもよい問題ではありません。人間は常に視覚記号と共に歩んできたからです。
『ピカソ氏が「ゲルニカ」を通して平和を訴えることができたのは,人間に何かを絵で表現する天賦の才があったからです。デカルト氏が算術を体系化できたのも,この記号のためです。ラヴェル氏がピアノの新境地を開拓できたのはなぜでしょうか。音楽が常に記号と共にあったからです。我々フランス国民は,ピクトグラムが問題になり改めて,視覚記号の大切さを身に染みて感じているはずです。そうではありませんか。
(拍手)
『とはいえ,記号は時代と共に変化するものであることも我々は知っています。より使いやすく,利便的で,実用性に富むものへと変化してきました。そのおかげで今のフランスがあります。ご覧ください。この高度に発展したフランス社会は,先人たちが労を惜しまず,自分たちの表現を再考してきたことの結果なのです。
『我々はピクトグラムについても同じように再考します。それは,フランスの発展に大きく寄与する行為だからです。
『この点,人権は我々をリードしてきました。偏りない人々の暮らしのために,トイレのマークを変更すべきだということを知らせてくれたのです。私たちは今一度,自由と平等という高尚な理念に立ち返らなければなりません。我が国はこれまでも,フランス人権宣言等,基本的人権の尊重を謳ってまいりました。フランス共和国はこれからも,万民を人として見下げることなく,大切な一個人として扱いたいと思います。
『そして,これから説明する幾つかの理由により,あなたは,ピクトグラム変更を真剣に考察するよう招かれています』
──サミュエル・ブラール。第27代フランス大統領。
『大統領の演説を聞いていると,ベツィーが走ってきました。彼女は小声で囁きます。「ジャンヌ大臣,大変です! 各国が大統領の演説にコメントを出しています!」。彼女はスマホをスクロースしながら,ポップアップされていく各国のリーダーのトゥイートを見せてきます。「素晴らしい!」とか,「ブラールは英雄だ」とか,「我が国も見倣わなくては」といった具合です。「それは良かったじゃない」と言うと,「違います。ミスリスが私たちの国を名指しで非難し,『開戦も辞さない』とか言っているんです!」』
──ジャンヌ・ド・ラランド。元外務大臣。
『セキュリティー・ポリスたちが動き始めました。穏やかだった演説は徐々に物々しい雰囲気に変わっていきました。大衆がざわつきます。大統領が暗殺されるかもしれないと感じたのかもしれません。ミスリスはフランスに嫌忌の念を抱いていました。フランスの“ご都合主義”が,当時彼らにとってどれほど脅威だったか,容易に想像することができます。それでも大統領は話し続けようとします。「ジャンヌ大臣,大丈夫でしょうか」。僕がそう言うと,彼女は険しい表情になりました。「見てなさい,ルイ。この法案が“おふざけ”じゃないってことはじきに分かるから」』
──ルイ・シェーヌ。外務大臣第二秘書。
* * *
ブラールは続ける。
* * *
『──という理屈から自由と平等は宝です。しかしながら──』
──サミュエル・ブラール。第27代フランス大統領。
『マイクがハウリングしました。大衆は大統領にくぎ付けになりました。なぜって,さっきまで自由と人権について長々と喋っていたのに,それを否定するように,大声で「しかしながら」と言ったからです』
──私。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『僕たちは,水を打ったように静まりました。大統領は僕たちを一瞥し,もう一度「しかしながら」と叫びます。話の方向性が見えてきた瞬間でした』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『大統領は言います。「ピクトグラムを変えるのは,人権についてただ考慮されたからではありません」。どういうことでしょうか。大統領は身振りを用いて話します。「人権問題なのかそうでないのか。国民を不必要に束縛するものなのかそうでないのか。確かにそれらも,私たちが真剣に気にすべき大切な要素です。しかし,私たちの関心は,さらに深いところにあるでしょうか。
『「トイレに手を加えることは,私たちの生活に手を加えることです。そして良好である各国との関係にも手を加えます。ミスリスで不安定な欧州連合に手を加えます。ピクトグラムを変更せず,現状を維持することには,多くのメリットがあります。そのようなメリットを理解した上で,皆さんの大統領,私サミュエル・ブラールは,トイレを変えようとしているのです。その意味を理解していただきたいと思います。
『「私は,フランス国民である皆さんを『信じている』ので,ピクトグラムを変えるのです!」』
──私。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『「はっきり言いましょう」。大統領はしばらく下を向き,言い淀んでいました。しかし,若干の間の後,こう言い放ちました。「皆さん,間違えないでください。どうか気づいてください。トイレ問題という魔物は,我々国民が創り出したものです。神でも悪魔でも,他の誰でもない。我々フランス国民のものです。
『もし私たちが良識に基づいて行動し,他者を思いやり,善行でもって人々に接していたなら,暴動・爆破テロ・赤痢,その他トイレに関係するあらゆる問題は生じなかったはずです。フランス国民の皆さん。そして世界中の皆さん。私は皆さんを信じています。ピクトグラムを変えても,皆さんはフランス人としての誇りを失わず,立派に振る舞い続けてくれるはずだと信じています」。大統領は目を赤くしていました』
──リリアン・ポアソン。元BBF通信記者。
『「私は勇気を持って,世界中の皆さんを信じていることを示したいと思います」。大統領は壇上にあった紙を広げます。それは後方のスクリーンにも映し出されました。「今ここに,既存のピクトグラムに変わる,新しいピクトグラムを発表いたします!」』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『会場は嵐のような拍手に包まれました。口笛を吹いてブラールを祝福する者,「フランス万歳!」と叫ぶ声も聞かれました。大統領の話に涙を流している人もいました。確かに胸を打つスピーチでした。変わるべきなのは政治だけではない。私たち一人ひとりが変わらなければ,世の中は良くならない。彼は新しいピクトグラムの発表によって,そのことを強く印象付けさせたかったのです。これがブラールの最終到達点「ピクトグラム法」でした』
──私。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『大統領は大衆の反応に大きく頷いていました。やがて拍手は鳴りやみます。彼は続けます。「このピクトグラムを見て,変わった図柄だと思う人もいるでしょう。確かに変わっています。これは,男性の頭文字『H』,女性の頭文字『F』を基にした新ピクトグラムです
『これらの図柄に特別な意味は含まれていません。ただトイレの区画を表現しているだけです。服装による区別はふさわしいものではありませんでした。多くの方々の心を傷付けました。それでフランスは今後,これら頭文字を基にした新しいピクトグラムを用い,トイレの区画を表現していきたいと思います」。
『説明されれば,納得でした。いびつな形だと思いましたが,文字をピクトグラムに変えるというのは良い案だと思いました。反対派と擁護派の意見を尊重しつつ,互いの長所を
──リリアン・ポアソン。元BBF通信記者。
* * *
──────────
(*) フランス語である。
「フランスの未来に祝福を! 世界中の未来に祝福を! 平和と安全が,いつも皆さんと共にありますように!」。力強い言葉を残し,割れんばかりの拍手の中,ブラールはステージを後にした。
フランスにとっても,世界にとっても,記念すべき日となった。
その後ステージでは,陽気なラテン・ミュージックの演奏が行われた。
* * *
『広場はお祭りムードでした』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『「ピクトグラムが変わった!」と踊る人や,「ついに自由だ!」と泣いて喜ぶ人たちを見かけました』
──リリアン・ポアソン。元BBF通信記者。
『フォーマルなイートンコートを着た男性がコーヒーカップを持ちながら万歳していました。「ついに店を開けられるぞ! ついに店を開けられるぞ!」。僕はその男性と手を取り合ってクルクル回りながら喜びを表現しました』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『「私は反対だがね」。チョコトリュフのチラシを持つ,気難しそうな老人がわたしに言いました。「ピクトグラムを変えるなんて,これまでの文化を冒涜するようなものじゃないか。でも,みんなが嬉しそうだからいいことにするよ。諦めたわけじゃない。妥協すると言っているんだ」。きっと同じように考えていた人たちは多くいたのでしょう。わたしは自然と笑顔になりました』
──リリアン・ポアソン。元BBF通信記者。
『「その通り!」。横から割り込んできたのはコバルトブルーの瞳を持つドイツ人でした。「これから世界はどうなるか分かったものじゃない! だからせいぜいトイレのマーク変更を喜ぶんだな。私も諦めない。フランスが堕落していく無様な姿を,この目に収めてやる!」。おじいさんは「ほう。気が合いそうなヤツじゃ」とか言って,肩を組んで笑っていました。誰だか知りませんが,ほっぺたの絆創膏が目立っていました』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『帰り道,手を振ってくる背広姿のジェントルマンと出会いました。「ハロー! フランツ! 今日は来てしまったよ!」。TOLの社長ロバート・チェミレンでした。トイレが消滅するのではないかと憂慮していた人物です。「数は少ないが,フランスにトイレが生き残って,私は感無量だ」と涙を流していました。見えない苦労があったのでしょう。彼は,「一緒に祝杯と行こうじゃないか」と私を行きつけのバーに誘います。「帰りの足は心配しなくていい。私が責任をもって手配しよう」。
『振り返ると,ミシェルが小さくバイバイしてきました。何だか寂しい気がしました。今まで相棒だったミシェルが遠くに感じらたからです。彼は奥さんをエスコートしながら反対方向に行ってしまいました。私は微笑し,首を振りました。「これでいいんだ」。私は,背広のジェントルマンと力強く握手しました。「ロバート社長。招いていただき光栄に感じます。ぜひお供させてください!」』
──私。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『「ルイ。これで良かったのかしら」。私は熱気の冷めない会場を
『「それにジャンヌ大臣,良いかどうかは,僕たちが決めることではありません」。ルイは言います。「ルールは国民のためのものなので,国民がどんな気持ちでルールを守ろうとするかによって,良くもなれば悪くもなります。生活が多様化した現代に,規則だけで安定した社会を作り出すことはできません。本当に大切なのは,互いを尊重しよう,個性を受け入れようというハートです。それが,差別や偏見をなくし,住みよい社会を創っていくんです。
『「僕はある新聞記者の社説を読みました」。ルイはポケットから新聞の切り抜きを取り出しました。
『「我が国は,トイレ問題の渦中にあっても,敵を見失ってはならない。我々の目の焦点は,我々自身,そう,我々のハートに向いているべきである」。
『社説を書いたのは,ミシェルって人です。いい言葉じゃありませんか。みんなが周りのことを思いやって,自分勝手にならなければ,自然と解決できる社会問題はたくさんあるってことです。その気持ちをどうやって伸ばしていくかが,21世紀に与えられた,人類の課題なんじゃないでしょうか。僕はそう思います」』
──ジャンヌ・ド・ラランド。元外務大臣。
『「ラランド大臣」。控室で大統領が大臣を呼び止めました。演説を終え,汗びっしょりの大統領がそこにいました。そして彼らは何かを話し合っていました。きっとずっと悩んでいたんでしょうね。大臣は最後の最後まで,これで正しいのかと考え続けていました。交渉官が来たときに気持ちが揺らいだのも,真剣に問題と取り組んでいたからです。彼女は重責を担いながら,それでもフランスのために持てる力を出し切りました。僕は今でも,彼女の雄姿を思い描きながら仕事をしています。
『それにしても,どうしてカール交渉官は,ジャンヌ大臣がトイレ問題に全責任を負う「トイレ問題対策官」と知っていたのでしょう。これは内密のはずなのに。まっ,どうでもいいことですけどね』
──ルイ・シェーヌ。外務大臣第二秘書。
『ミシェルの車は高速道路を戻っていきます。もう3時間経つのに,わたしにはスピーチの余韻が残っていました。わたしは変わっていく外の景色を静かに眺めながら,演説の内容を考えていました。これからのフランスについて。わたしたちの未来について。
『運転しながらミシェルが訊いてきます。「どこか寄ってもいい?」。「いいけど,どこに寄るの?」。ミシェルは笑って,「良いところ」。
『キャプチャはリヨン中心部まで戻ってきました。遠くにショッピングモール「フォンティーヌ」が見えます。買い物でもするのかと思っていたら,そのまま左折。旧市街の街並みを横目にフュルシロン通りを走ります。やがて車は坂を上り始めます。頂上付近には駐車場があり,「到着だよ」。そこは,リヨンにある2つの丘のうちの1つ,「フルヴィエールの丘」でした』
──リリアン・ポアソン。元BBF通信記者。
『「うわぁ! 綺麗!」。彼女は車を降りるなり叫んでいました。まるで,絵画のようでした。リヨンの美しい街並みが,僕たちを待っていました。「不思議ね」。彼女は言います。「あっちのローヌ川は『男の川』,そしてこっちのソーヌ川は『女の川』でしょ
──────────
(*) ケルト神話の女神「ソウコンナ」は,ソーヌ川がモデル。ソーヌが女性名詞であるのに対し,ローヌの語源はケルト語ロートから来ており、男性名詞である。
『「言われてみればそうだね。さらに言えば,そう呼ばれている2つの川は,ここリヨンで合流し,一つの川になって地中海に注ぐ」。あまりにも出来過ぎたストーリーでした。誰かが,操作でもしたのでしょうか。彼女は,「きっと神様が,トイレット革命を画策したのよ。『ここだ』ってグーゴルマップにピンを立てて」「でもおかげで,僕たちは出会うことができた」。彼女は笑いました。2人でしばらく景色を眺めてから,僕は彼女と向き合います。「リリアン」』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
『「リリアン。愛してる」。彼はわたしに真面目な調子で言ってきました。「何よ改まって」。わたしは小っ恥ずかしかったです。「リリアン。こっち向いて。リリアン。僕は本当に感謝してる。僕と結婚してくれて本当に嬉しく思っている。時には迷惑かけるけど,リリアンがそばにいてくれて,僕は本当に本当に助かっているよ」。
『そして差し出されたのはバラのブーケでした。いつから持っていたのでしょう。休憩していた時に買ったのでしょうか。「えっ。えっ。ミシェル。花。わたしに? 花? ほんと?」。言葉がうまく出てきませんでした。わたしは「あ,ありがと」と言ってどうにか受け取りました』
──リリアン・ポアソン。元BBF通信記者。
『彼女は「わたしもミシェルにお礼を言わなきゃ」と言ってくれました。「ミシェル。わたしもミシェルのこと愛してる。こんなわたしと結婚してくれて本当にありがとう。毎日ミシェルは我慢してくれてるよね。色々大変だったけど,わたしはこれからもミシェルといたい」。僕は笑顔になりました。「ずっと一緒だよ」。その日,僕たちはリヨンの街並みを背景に,温かいキスを交わしました」』
──ミシェル・ポアソン。新聞記者。ラ・ニュヴェレ新聞社。
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