第3話 夜明けの刻
パラモリアの回収を無事に終えた。
そろそろ撤収したいのは山々だが、俺たちはすでに、敵に察知されている。追跡を振り切るためにも、ここで敵の増援部隊を迎え撃ち、脅威を完全に排除しておいた方が、後の作戦行動に支障をきたさずに済む。
ニリアたちの再会を邪魔するようで悪いが、彼女たちの力が必要だ。
「パラモリア。早速で悪いが、敵を倒すためにお前とニリアの力を借りるぞ」
いつもなら、ニリアとは暗黙の了承で済む。けれど、まだ仲間になったばかりのパラモリアには、きちんと伝えた方がいいと思った。
「契約をしたからには、見事わたくしの力を使ってみせなさい。あなたが強く思い描けば、それは自ずと具現化するでしょう」
俺はパラモリアの言葉に従い、彼女の姿を思い浮かべる。
すると、軟体生物に似た長くて黒い触手が一本ずつ、両手首の内側から突き出た。
「これは……興味深いな」
俺は自分から生えた触手を、感心しながら眺めた。
それらは鋭く硬い先端を持ち、俺の意思で自由に伸び縮みさせることができた。例えるなら――まさに第三、第四の腕を手に入れたような気分だった。
「……これが、あなたの目に映ったわたくしの姿ですか……」
パラモリアは、哀しみを滲ませた声を漏らした。
まるで鏡の中の醜い自分を見つめるように、俺の触手が動く度、彼女に残酷な現実が突きつけられる気がした。
確かに、彼女の力の形は見る者に恐ろしさを与えるだろう。しかし、その中には美しさのような秘められたものも隠されていた。
儚く、それでいて切ない――俺はその想いを、迷わず彼女に伝えた。
「俺はこれが綺麗だと思った。奈落に堕ちた者同士、これが丁度いいのかもしれない」
「……そうですか。だから家族と……ありがとうございます……」
パラモリアに静かに感謝される。
まだ小さな一歩かもしれないが、彼女との距離が少し縮まったことで、温かなものを感じた。
「二人とも! 敵が来るわよ!」
ニリアが敵の到着を知らせると同時に、軍用ヘリが上空に現れ、風で地面の砂ぼこりが巻き上がった。すると、上空から兵士たちがロープを伝って次々と降下し、俺達をあっという間に包囲した。
「司令部へ、こちらホテル2部隊長。女神はすでに襲撃者に奪われた後だ」
「了解、ホテル2。速やかに襲撃者を無力化し、目標の再確保に当たれ」
兵士たちが無線を通して情報を伝達する。
今度の部隊は、さっきの者たちよりも優れた装備を身につけており、統率も無駄なく取れている。おまけに、空中で待機しているヘリとの連携も完璧に取れており、備え付けられたサーチライトが暗闇の中の俺たちを照らし、退路を完全に塞いだ。
俺たちのことを正しく評価した上で、こんな強力な戦力を送り込んできたことを、光栄に思うべきなのだろうか……。
「馬鹿なことを考えてないで、早く戦いなさい!」
「……はい」
ニリアに叱られながら、戦いの姿勢を取った。
すると、次の瞬間、まるで悟りが開かれたかのように、俺の脳裏に触手の使い方が流れ込んできた――。
「……なるほど、実に興味深い」
禁じられた知識を瞬時に理解した俺は、遮蔽物に身を隠しながら、近づいてくる兵士の一人に右手の縮めた触手を向け、狙いを定めた。
そして力を込めると、先端部の杭が射出され、狙った先の兵士に命中。杭から瘴気が噴出し、その周囲の生命を腐敗させ、次々に死滅させた。
「——ッ!? 死んだ者は放っておけ! 奴に制圧射撃を仕掛けるぞッ!!」
異常な死を遂げた仲間の亡骸を見た兵士たちは、精神的なダメージを負った。しかし、数で勝る向こうは、それでも銃を連射させながら、こちらに近づいてくる。
敵が命を懸ける以上、こちらもそれ相応の敬意を持って相手をするまでだ――。
「その銃、貰うぞ」
銃声が止んだ一瞬の隙に、俺は右手から触手を伸ばす。兵士の持っていたサブマシンガンに絡め、それを強引に奪い取った。
そして、その銃を右手に持ち、左手から伸びた触手をアンカーのように兵士の体に突き刺す。そのまま触手が縮み、引き寄せられる力が働くのを利用し、加速しながら一気に相手の方へと迫った。
「うわあああ!! 離せ!! 離せぇぇええーー!!」
腹部から血を噴き出しながら、兵士が悲鳴を上げる。
しかし、動揺してしまった他の兵士たちは、仲間ごと俺を撃つことができず、俺にさらなる攻撃のチャンスを与えた。
右手のサブマシンガンを隣の敵に撃ち込み、マガジンが空になると同時に触手を引き抜く。兵士の亡骸を足場にして、力強く後方へと飛び退った。
すかさず呪符を使い、霧を発生させる。
視界を失った兵士たちが混乱する中、俺は音もなく忍び寄る。両腕の触手を短刀のように操り、急所を刺し、一人ひとり確実に仕留めた。
奴らは、何が起きたのか把握できないまま――全員死に絶えた。
「ホテル2、応答せよ! ホテル2ッ!! ……ダメだ、霧で何も見えない……司令部へ、ホテル2との通信が途絶えた。直ちに、帰還――ッ!?」
ヘリコプターの下部に何かが引っかかったようで、突然の揺れにパイロットが驚いた。
俺がスキッド――ランディングギアに触手を巻き付け、引っ張ったからだ。
これ以上、機構に余計な情報を持ち帰さないため、ヘリコプターも同様、ここで破壊する。
「フッ!!」
常人離れした腕力で空飛ぶ鉄の鳥を地面に叩きつける。
すると、衝撃で航空燃料が引火し、大きな爆発を起こした。
「二番機!? くそッ!! どうなってるんだ……なっ!?」
両腕の触手をバネのように弾ませ、霧の中から現れた俺を見て、二番機のパイロットも驚愕する。
「ハァッ!」
勢いよく放たれた触手がヘリのフロントガラスを貫通し、パイロットを貫いた。
そして、操縦を失った機体は墜落し、地面で炸裂した。
「終わったのですね……」
燃えるヘリコプターの残骸と複数の兵士の死体を目にしながら、パラモリアが寂しげに呟いた。
「ああ……だが、これは俺たちの新たな始まりでもある」
かつて人間を愛し、裏切られた夜闇の女神。
これから彼女とに道を歩む者として、彼女の心を二度と傷つかせないと――俺は固く胸に刻んだ。
◇
”昨夜未明、スコットランドのハイグラウンド地方北部の森林で大規模な山火事が発生しました。現在、消防隊が消火作業に当たっていますが、火災の原因は――”
スマホでニュースサイトを見ると、どこも昨晩の出来事を取り上げていた。
しかし、その火災を引き起こした張本人は、もう事件現場にはいない。
俺たちが今いるのは、スコットランドから遠く離れたイギリス、ロンドンのホックハニー区域に建つとある小さな老舗レストラン『ゼリーの泉』。店内の一席に座っている。
なぜ、このような場所にいるのかというと、ここ数日間、働きっぱなしだったからだ。何せ、高校の冬休みが始まる一週間前――12月の中旬から仮病を使ってイギリスへ飛び、俺が所属する組織の構成員の協力を得ながら、ずっと機構への襲撃の機会を伺っていた。
特に昨日は、人目を避けながら一晩かけてスコットランドからイギリスまで走って移動したため、疲労が半端ない。だから休暇も兼ねて、残りの冬休みの間はここ、イギリスで過ごし、ニリアたちと観光でも楽しもうと思っている。
けれど、昨日の夜の出来事が気になって今朝のニュースを開いてみたら、事件に関するカバーストーリーは「森林火災」だった。
機構の連中も、随分と手の込んだことをするものだ。
「やっぱり、機構は真実を隠し通すのね」
「ああ。奴らが最も嫌うのは、俺たちのような異常存在が世間に知れ渡ることだからな」
ニリアが残念そうに言う。
彼女の気持ちはわかるが、機構と俺たちの思想にはあまりにも違いがある。そもそも、最初からわかち合っていれば、俺や俺のおばあちゃん、ニリアたち女神が悲惨な運命を辿ることはなかったはずだ。
それを考えると、怒りが込み上がってくる。
「ごめんなさい。嫌なことを思い出させて……」
「いや、こっちこそ感情を抑えられなくて……すまない」
俺はニリアに謝った。
自分の心の奥底から滲み出る負の感情を、家族である彼女に向けてしまうようでは、俺もまだまだ未熟――修練が足りないようだ。
「……暗い話はお終いにして、パラモリアの歓迎会をしましょ!」
気を取り直したニリアが、新メンバーであるパラモリアの加入を祝う。
確かに、今日のような記念日を、いつまでも暗い顔のまま過ごすのは勿体ない。せっかくパラモリアが仲間になったのだから、それを祝福しなければ。
「では、改めて……景明の体内へようこそ、パラモリア! これであなたも晴れて、私たち家族の一員よ! 最初は慣れないかもしれないけど、慣れてくると自分の神域に住んでいた時のように、快適に感じること間違いないわ!」
住めば都の如く、ニリアがパラモリアに対して、物件を紹介するかのように説明をしていく。
まったく、人の体を何だと思っているんだ……。
「おい、人の体をアパートのように扱うな。家賃を払え」
「ふーん、そんなこと言うんだ。昔は私のことをお姉ちゃんって呼んで、あんなに可愛かったのに。今じゃすっかりお金にうるさい大人になって、お姉ちゃんとも呼んでくれない……あーあー、お姉ちゃん悲しいなぁー」
ニリアが愚痴をこぼしながら拗ねた。
文字通り、彼女のことを姉と呼んでいた時期はあるが、高校生になってからはそれが恥ずかしくてやめていた。
彼女の中では、俺はいつまでも小さな弟のまま――けれど、彼女に寂しい思いをさせていたと考えると、何だか申し訳なく感じてしまった。
「……悪かったよ、姉さん」
「ふふん、わかればよろしい!」
俺が謝るとニリアは機嫌を直して笑った。
彼女が頭の中で微笑んでいる光景が目に浮かぶ。
「ほら、パラモリアも。景明はぶっきらぼうなところもあるけれど、優しい子だから信じてあげて、ね?」
「はぁ……あなたは昔と変わらず、他人には甘いですわね。でも、これからはよろしくお願いしますわ、景明さん、ニンフェリエル」
ニリアはすかさず、気を利かせて俺とパラモリアの仲を取り持った。やはり、いくつになっても彼女には頭が上がらない。
「ちなみに私の今の名前はニリアよ。景明に付けてもらったの。パラモリアも、景明に愛称を付けてもらったら?」
「……わかりました、ニリア。景明さん、わたくしと契約したあなただからこそ、新しい名前を付けることを許します。変な名前を付けたら承知しませんわよ」
さりげなく新しい名前と、その由来を披露するニリア。それを聞いたパラモリアも謎の威圧感を見せつつ、俺に愛称を求めてくる始末だ。
中途半端な名前を付ければ、腕の触手が勝手に暴れ出しそうな気がした。
慎重に考えなければ……。
「パラ……モリア……パリア……いや、違うな。パウラ……そうだ、パウラなんてどうだ? 謙虚さや思いやりを意味する名前だ」
「パウラ……悪くないですわね。その……ありがとうございます……」
意味の通り、パラモリアは素っ気ない態度を見せることもあるが、実は優しい性格の持ち主であることを俺は知っている。だから、それにちなんで「パウラ」と名付けた。
そして、パウラも自分の新しい名前を気に入ったようで良かった。
「ふふふ、パウラったら照れちゃって! 可愛いわね!」
「う、うるさいですわよ、ニリア!!」
ニリアとパウラが言い合いをする――そんな和やかな情景を思い浮かべていると、注文した料理が運ばれてきた。
「はいよ、兄ちゃん。うなぎゼリーだ」
「ありがとうございます」
運ばれてきたのは、ゲテモノ料理として悪名高い、あの「うなぎゼリー」だ。
見た目こそ日本のうなぎの煮凝りと似ているが、うなぎの身をぶつ切りにして、塩ゆでしたものをゼリー状に固めたものである。
想像以上に、重量感があるな――。
「兄ちゃんも、物好きだなぁ。店主としてこう言うのもなんだが、こんなユニークな料理、頼む奴なんか誰もいねぇぞ?」
店主の言った通り、周りの客たちは皆、フィッシュ&チップスなどのおすすめメニューを頼む中、俺だけがうなぎゼリーを頼んでいた。
口コミの真相を確かめるべく、頼んでみたはいいものの、これでは変人扱いされるのも当然か……。
「ははは。だからこそ、食べてみたいのですよ。この珍味を」
「……どうなっても知らんぞ、俺は。それと、ほれ。サービスだ」
笑ってごまかす俺に、店主は憐れんだ目で紅茶に差し出してきた。
「うちは紅茶くらいしか飲み物を出せないが、まぁ、ゆっくりしていってくれ」
そう言うと、彼は厨房の奥へと戻っていった。
それにしても、うなぎゼリーと紅茶は合うのだろうか……。
だが、ひとまず食べてみないと、その味は判断できない。
もしかしたら、実際の評価とは違って、意外とうまいのかもしれない。
「本当に食べるのですか、それ……?」
「ああ。注文した以上、残すのは禁止だからな」
パウラが心配そうに聞いてきた。
心なしか、段々とこの料理を頼んだことを後悔し始めた。
「……」
スプーンでプルプルしたゼリーとうなぎの身を掬い、口まで運ぶ。
すると、俺の口内を一斉に生臭さが支配した――。
「どう、味は?」
無言でスプーンを置いた俺に、ニリアがゼリーの味を尋ねた。
うまいか、まずいかで言うと――食べられなくはないが、独特な味をしているとだけ説明しておこう。
「……美味いぞ」
「嘘ね。顔が引きつっているわよ」
ニリアに一瞬で嘘を見抜かれた。
それもそのはず、彼女とは長い付き合いであるため、姉である彼女は俺の癖を何でもお見通しなわけだ。
しかし、流石にずるいと思った俺はお返しとして、彼女にもゼリーの味を舌を通して共有することにした。
「そんなことはない。お前も食べてみろ」
「えっ? ちょっと、待って――ッ!?」
俺は慌てる彼女を待たずに、味覚を繋げた。
すると、彼女は悶絶しながら怒った。
「バカ、アホ! 何でいきなり味覚を共有するのよ!?」
「心外だな。これは、俺から姉さんへのささやかな気持ちだ」
「やっぱり、さっきのことを根に持っているのね! お姉ちゃんに歯向かうなんて生意気よ!」
ニリアが頬を膨らませながら、腹を立たてているのが目に浮かぶ。もはや、普段の威厳ある姉の姿なんとどこにもない。
これはこれで、すごく面白い。
「ニ、ニリア! あなた声が――声が、変になってますわよ! ぷっ、ふふふ!」
パウラが楽しそうに笑っている。
嬉しそうで何よりだ。
そんな彼女にも、この幸せをプレゼントしなくては。
「ふぅ、数千年ぶりに大いに笑いましたわ。ですが、人間はどうして時折、このような変な発想を――ッ!?」
パウラにも美食を堪能してもらった。
すると、彼女も――当然のように怒った。
「景明さん!? わたくしの口に何てものを入れるのですかっ!? 口の中がヌルヌルですわよ!?」
「悪い。仲間外れにするのもかわいそうだと思って、つい」
二人は俺の体内で阿鼻叫喚になる。
これには思わず、ニッコリしてしまった。
「じゃあ、続きと行こうか」
そうして、俺たちの罰ゲームは続いた……。
…………。
……。
その後、俺たち三人は何とかうなぎゼリーを完食した。
しかし、店主は俺が美味しさのあまり独り言を呟きながら食べている姿を見て、心配そうにしていたが……。
美味しかったですよ、本当に。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます