第8話 自称騎士団長ハインリヒ


 今朝の朝食も素晴らしい。

 新鮮なミルクを使ったミルクティー。

 濃厚でありながらしつこさのないヤギの乳を使ったチーズ。焼きたてで、皮がパチパチと音を立てるパンは少し酸味があって、チーズと良く合う。

 オムレツはふわふわだし、添えられたソーセージは鹿。多少癖があるものの、ハーブとスパイスを使ってあるため、風味が良い。

 スープは百合根のポタージュ。すっかりお気に入りになったこのスープには未だに飽きる気配がない。

 温野菜のサラダも素晴らしい出来で、ジャガイモとカボチャとニンジン、キャベツに、爽やかな柑橘のドレッシング。

 なんと豊かな食生活。

 これが毎日毎食なのである。

 幸福はここにあったのだ。

「しあわせ……。」

 ほぅ、とため息と同時に呟くと、隣で朝食を摂っていたアルバンが、ニコニコこっちを見ている。

「良かった。ツェツィーリア、今日は狩猟の視察に行こうか。お昼は新鮮な肉が食べられるよ」

「わかりました。ですが……馬車で行くとなると、大所帯になってしまいますから、却って邪魔になってしまうのでは?」

「君に仕立てた服が出来上がったんだ。男性と同じ仕立ての乗馬服だよ。僕の馬に乗っていこう」

「二人も乗って、馬が疲れてしまいませんか?」

「君は軽いから、誤差だよ。それに、僕の馬は軍馬の中でも特別大きい奴だし、風魔法を使って軽くするから」

「なるほど……では、何時ごろに出発しますか?」

「一時間後くらいかな。ツェツィーリアは、それで大丈夫?」

「ええ。問題ありません」

 朝食を終えて、一旦解散。

 部屋に戻れば新しい箱が置いてあって、中には男性の仕立てとほぼ同じで作られた乗馬服があった。しかしながら、色は全て黒だ。シャツもジャケットもズボンも、ブーツに至るまで全て黒。革の手袋も黒だ。よくよく見ると、小さい帽子とそこに付けられる短くシンプルなヴェールも付けられている。

「ぉお、短剣まである」

 服の上から着けるらしき、シンプルな革のベルトには剣帯が付いていて、装飾は簡素ながら、切れ味の良さそうな短剣まで用意されていた。

 女性が武器を持つのは言語道断、というのが常識なのだが、アルバンはそういった面を全く気にしない。

 基本的に、なんであれ「非常時のために持てるなら持っていた方が良いからね」という思考で動いているため、私がいざとなったら身を守れるように用意したのだろう。つくづく、変わった人である。

 まあ、それにも慣れてしまったが。



 早いもので、フリートホーフ領に来てからはや一ヶ月。

 私が来てからというもの、アルバンは仕事や研究をセーブしているようで、領地の産業や家の事業をわかりやすく説明するため、私を伴い、色んなところに彼曰く「デート」という名目で視察に赴いている。

 今日は狩猟、ひいては山や森の管理についての視察と説明ということだろう。

 野生動物だけでなく、魔獣が多く出るため、大事をとってこれまで私を連れて行くことはなかったのだが、一月経ったし、そろそろ慣れてきたから良しと判断したのであろう。

 ズボンを履くのは初めてだが、思ったよりも窮屈さはない。

 むしろ、脚が保護されている感じがするため、非常に楽だし、快適である。

 着替えてから玄関広間に向かうと、アルバンが先に待っていた。今日は名目上、国境線警備ということになるので、軍服である。

「お待たせしました」

「……! ツェ、ツェツィーリア、ぁあ、す、素敵だ。男装でも、君はこんなにも魅力的なんだね。さっ、最高だよっ……!」

「変ではありませんか?」

「変どころか! 勇ましい女神みたいだ。はぁ……い、今から、抱っこして一緒の馬にの、乗るからね……しっ、かり、抱き締めるから……!」

「そうして頂けると助かります」

 ハァハァと息を荒くして興奮するアルバンの奇行にも慣れた。

 盛り上がっているアルバンに対しては何を言っても無駄というか、どんな返しをしたところで興奮が収まることはないので、スルーして普通に会話を続けた方が良い。時が全てを解決してくれる。

 仕方がない。

 人間、限界はある。

 私にこの物凄くデッカイ男を制御するのは無理だ。妻なんだからどうにかしろと言われても、無茶を言うなと返すしかない。

 興奮したままのアルバンと腕を組んで、仲良く馬房まで向かい、そこに待機していたフリートホーフ騎士団……改め、辺境伯領防衛軍の方々と合流する。

 我が国、クライノート王国は、元々は、というか、現在に至っても騎士の国である。

 王国騎士団があり、それぞれの領地に騎士団があり、有事の際には各領地の騎士団が集結し、王国騎士団の麾下として働くことになっているのだが……三年ほど前に改革が為され、騎士団は国軍となった。

 理由としては、各領地の騎士団によって練度や装備に差があり過ぎること、各領地が力を付けると反乱が容易に可能となってしまうので、それらの管理を国が主体で行うことにするという狙いでもって、軍制度への大改革が行われたのである。

 それによって、地方における横領や騎士団の状態が明らかとなり、比較的順調に制度の移行は進んでいるのだが……長らく騎士の国であったために、未だに各地の駐在軍は、自分たちは地元を守る騎士団である、という意識が強い。

 実際、練度の確認、画一化のために合同演習などは定期的に行われているものの、基本的に各領主が管理していた騎士団はよっぽどのことがなければ人員はそのまま据え置き。領主自身が士官となって上に立つ、という形を取っており、身分に準じて階級が定められている。

 しかし、陞爵と違って、軍制度の下では手柄を立てれば個人がどんどん昇進したり、逆にどんどん降格したりするために、これからは貴族であっても実力がない者にとっては厳しい時代となるだろう。

 現在、アルバンの軍内での階級はというと、クライノート国軍少将となっている。

 と、そういう訳で、私とアルバンが国境警備として赴く際には、フリートホーフ北方騎士団改め、フリートホーフ北方防衛軍の皆さんが警護してくれることになる。

 故にーー。

「お待たせしました。本日はよろしくお願いします」

「我らフリートホーフ北方騎士団、アルバン閣下、並びに、ツェツィーリア様、ご拝謁を賜り光栄であります!」

 軽く頭を下げただけで、この有様である。

 代表格っぽい、声が大きくハツラツとした青い髪の好青年。彼のことは一応知っている。

 ここ一ヶ月というもの、私を連れてあちこち視察に行くたびに、信頼できる腕利きの部下だけを厳選して護衛に、とアルバンが決めたので、その流れで一度だけ紹介されたのである。

 名前はハインリヒ。表情に乏しく、真顔の人々が多いこの北方騎士団、もとい、北方防衛軍の中では珍しく、いつも「アハ」なんてゆる〜い感じで笑っている、珍しい人である。

 客観的に見てもかなりの美男子なので、アルバンから渋々であれ紹介された時に「えっ!?」と声を上げてしまった程である。

 なんでだろう……? などという疑問はすぐに氷解した。

「あの、ハインリヒさん、なぜ、跪いているんでしょうか?」

 ここ、馬房が近いから、地面あんまり綺麗じゃないよ?

 馬糞とか落ちているし、目に見えなくってもなんとなく疑惑の残る地面だし。

「フリートホーフ北方騎士団長として、折り入ってお願い申し上げます。アルバン閣下、ツェツィーリア様、畏れながら、ご両名に剣を捧げる栄誉を我らにお与えください!」

「うん、ごめん。ツェツィーリア。やってあげてくれる?」

 居並ぶ三十人ほどが、軍服を完全に無視して騎士の甲冑を着た状態で一斉に跪いてしまった。

「アルバン様、あの、剣を捧げる? 捧げられるとは、何をどうすれば良いのでしょうか?」

「まず、ハインリヒが剣を掲げて差し出すから……うん、もう差し出しちゃってるね。で、これを僕が受け取って、両肩を剣の腹で軽く叩く。こんな感じね。そうしたら、次はツェツィーリアも同じようにして、うん。そう。重いよね? 大丈夫? で、貴婦人から騎士に対して有難いお言葉があったりなかったり」

「ええと、では……護衛をして下さって、いつもありがとうございます。これからもよろしくお願いします」

「このハインリヒ、有り難き幸せ!」

「うわこの人声でっかいな」

「やかましいんだよねぇ、彼。これでも実力があるから使ってるんだけどさ……。」

 声量だけで耳がビリビリするほど声を張って満面の笑顔を浮かべているが、その笑顔に一片の曇りもないのが尚更怖い。

 よくよく見てみれば、アルバン以外誰も軍服を着ていない。

 最早「え? 軍制度? なんのことですか? 我々はフリートホーフ北方騎士団ですが……?」といった様子である。改革とは一体なんだったのか。

 呆然としていたところ、アルバンは慣れた様子で剣を捧げられる作業をこなし、途中からは私の腕力が限界だろうとの理由で、二人で剣を握って騎士たち? の肩を叩いて一連の儀式を素早く終わらせた。

 やる気のない感じで「じゃあそろそろ出発するよ〜」などと言いつつ、私を先に馬の上に乗せて、自分もよっこいしょ、と騎乗して、そのまま出発。

 後ろから騎士団の皆さんが馬で続くが、ハインリヒさん始め、皆ちょっとだけ晴やかな顔をしている。

 なんなんだこの軍団は。

「ハインリヒはね、見た目は正統派の騎士だけど、中身は獰猛なグリズリーだから。もし万が一、君と彼がどうこうなっちゃうような展開が起きたら、その場で即自害するような、そんな狂人なんだよ」

「凄く騎士なんですね」

「うん。面倒臭いタイプの騎士なんだ。僕のことを侮辱する相手はもう、領民だとか女子供だとか関係なくノータイムで殺そうとするから、取り扱いには充分に注意してね。危険物だからね」

「き、気を付けます」

「因みに、さっきツェツィーリアも剣を捧げられて僕と一緒にその対象になったから、これからはハインリヒが居るところでは、迂闊に侮辱されないように気を付けてね」

「アルバン様、私たちでそれは……! 余りにも無茶なのでは!?」

「残念ながら、無茶でもなんでも、やるしかないんだよ、ツェツィーリア……。」

 思わず振り向いて、はっしと軍服の裾を掴んでしまうが、アルバンは諦め切った凪いだ目でしみじみと呟いていたので、もう何も言えなかった。

 け、剣を捧げられるって、大変なんだなぁ……!

 いやしかし、待てよ?

 もしかしなくても、これはアルバンがわざと私を巻き込んだのでは?

「アルバン様、わかっていて私にも参加するよう促しましたよね?」

「うん。そうだよ」

「思いのほかアッサリと自供しましたね」

「ツェツィーリア、これは本当にあった話なんだけど……中央の有力貴族、それも伯爵家の三男坊だっていうのに、北方騎士団が一番強くて、どうしても入りたいからって、実家と縁を切った上で、紹介状も無しに騎士団詰め所に押しかけてきて、追い返してもテコでも動かず、半年間毎日やってきて入れてくれって門前で頭を下げ続けたヤバい男が居たんだけど、そいつの名前、なんだと思う?」

「あっ、はい。大体わかりました。それは無理ですよね」

「わかってくれた? 因みにハインリヒは、騎士団が国軍に移行する時にも、騎士で居られないなら辞めるって言い張って、集団辞職しようとしたんだよ」

「ヒッ……! 因みに、何人ほどですか?」

「三百人」

「さ、」

「三百人。主に後方支援部隊以外の、騎士爵を持ってる指揮官クラスや最精鋭を中心に三百人」

「ぼ、防衛線が破綻する……!」

 もう聞くだけで怖い。怖すぎる。

 これまで、騎士団は騎士爵を持った指揮官クラスが小隊を束ねていたから、その指示出しをしたり、そうでなくとも戦力として純粋に優れている層がごっそりと抜けたら、騎士団としても軍隊としても成り立たない。

「アハハ! そんなこともありましたね。ですが、ツェツィーリア様、アルバン様は素晴らしいんですよ! 我々に対して、軍制度になるのは仕方がないから妥協しろ、そのかわりに、領内なら騎士の装備と振る舞いを許すって言い切りましたから! 素晴らしい主ですよ!」

「ハインリヒ、退がれ。今はツェツィーリアと喋っている」

「失礼しました〜!」

 なんか、この人……底抜けに明るい笑顔なのと、ノリが異様に軽いのが逆に怖過ぎるな?

 アルバンからキツいこと言われても全然気にしていなさそうだし、うん、メンタルが強そう。

「……こんな感じだからね。特にうちって、元々騎士団としては王立騎士団と並んで強いって言われていたし、騎士になりたい人間の集まりだったから、反発が強くて……もういいかなって。面倒だし。領民もさ、やたら騎士が好きでさ……他所に行く時は問答無用で軍服着せるけどね」

「市民感情は大切ですしね……。」

 軍制度へと移行したが、未だに人々の中では騎士への信頼が強いため、真っ当に機能している、優秀な騎士団を持っていた領地ほど、老若男女、身分の上下に関係なく騎士が好きだ。

 大抵の場合、王立騎士団を除いて騎士というのは地元の人間がなるものであったし、領民たちが騎士を頼りにするのも当然と言える。

 ただ、統率が取れておらず、素行の悪い騎士団は当然ながら地元民からも蛇蝎の如く嫌われるため、逆にそういった場所では軍制度への改革は歓迎されており、導入がスムーズだとも聞く。

 結果的に優秀な領主ほど苦労をする羽目になっており、実に世知辛いことである。

「あと、大体さ、僕は騎士団の国軍化自体には賛成だったんだけど、制度の組み方があり得ないんだよ。強い所から弱い所に教育のために人員を派遣しろって話で、それは勿論向こう持ちではあるんだけど、知ってる? 必要経費が出せないとなったら、こっちが証書作って、貸してやらなくちゃならないんだよ? 返済期限は十年ぽっちだしさ。国としては使えない貴族家を潰す口実が出来るし、向こうは破産申請して爵位返上、取り潰しで済むけど、こっちは実質貸し倒れになるんだよ? 相手が領主そのものだから請求自体は継続できるけど、いつ返ってくるか分からないから、ただただ金と資源を流出するだけだし、領地から人を貸し出したら当然、守りが薄くなるまではいかなくても、人を回しにくくなるし……良いことなんてひとつもないんだよ?」

「わぁ」

 よっぽど鬱憤が溜まっていたらしい。

 静かに、そして暗く、怒りをつらつらと吐き出している。しかし内容が内容なので、これは怒って当然だろう。

「えっ、でも、それは……拒否出来ないですよね? どうやって処理しているんですか?」

 制度が変えられて、騎士は軍人に。

 軍部の上に立つのが国王陛下であり、王太子殿下や第二王子殿下、他にも公爵などは将軍職に就いているし、命じられたのならばこれを拒否することはできない。

「拒否してる」

「えっ、でも」

「拒否してる。強い言葉で」

「強い言葉で拒否すればいけるんですか!?」

「まあ、そこはね。僕は元々、公爵家の出身だし、王妃殿下の甥っ子で、王太子殿下と第二王子殿下の従兄弟だから。特に軍のこととは関係がない手紙を何通か送ってみたりしているだけだよ」

「……すみません、因みに内容とかって」

 駄目だ。どう考えても聞いてはいけない内容だというのに、好奇心に勝てない。

「え? 興味なんてないから玉座を譲ってやるし、中央の政治に興味もないし、北方を護ってやるんだから口出しするな、うちが以前からどれだけ資源を提供してると思ってんだ、って感じの内容を、これまでの献上品リストの写しと供出品目録の写しを添えて送り付けた」

「強気ですね」

「強いからね。もともと、前身である騎士団に関しても、実力は王立騎士団より上だしね。あっちは王宮と王族、王都の守護が役目だから防衛戦と籠城戦の専門集団だけど、うちは防衛は防衛でも、攻勢が出来なきゃ話にならないし、普段から魔獣を狩っているから、遊撃も得意だしね。単純な火力なら上だよ。練度も高い。あとはまあ……物資に関しては、前からずっと王太子宛に、ガンガンに流しまくってるからね。忠誠心が疑われることはないっていうのが前提かな?」

「ああ。王太子殿下がほぼ無敵状態なのって、アルバン様の支援があるからなんですね……。」

 我が国の王太子殿下、直接話したことなどはないが、噂に聞こえてくる内容に関しては、付け込まれる隙を与えず、権力と実績に任せてガンガンいくなぁ、というもので……全体的にパワープレイが多い。強気も強気で、曲者揃いの大臣たちを押しの一手で大体どうにかしてしまうし、大体どうにかなってしまうという摩訶不思議な特殊能力を持った方である。

「アルバン様、両殿下と仲が良いのですね?」

「うん。そう。僕たち、歳が近いから、子供の頃は王宮で一纏めに育てられていた時期があってね。幼馴染ってやつ」

 え、と思ったが、あり得る。

 むしろ自然なことだ。

 白銀の王子ともなれば、万が一にでも暗殺されたり、事故死したりしないよう、厳重な警備下で養育されるはずだ。無論、最高峰の教育も施されることになるが……それが一度に三人ともなると、いっそ三人まとめて育てた方が節約になるし楽だよね。子供同士で情操教育も捗るし。仲良くなってくれれば、大人になっても仲良くしてくれるかも知れないし。内乱の種は少ない方が良いよね、ということだろう。

「僕ら、役割分担を決めていてね。僕は物資と資金の供給が担当。かわりに、辺境で自由に暮らす。あの二人は、国の中央で窮屈に暮らすかわりに、栄光の道を歩く」

「……アルバン様は、それで良かったのですか?」

「勿論。王様なんて御免だよ。面倒なだけだし。それに、王や王太子になんてなったら、君と結婚出来なかったからね」

「ええと、アルバン様、優先事項はそこなんですか?」

「そこ以外にあると思っているの?」

「ヒェ……」

 ゴゴゴゴゴ、みたいな気迫のある憤りを前に、普通に引いてしまった。

 心なしか、私たちを乗せてくれている馬も微妙に気まずそうにしつつ、存在感を殺そうとしている雰囲気があるので、大変申し訳ない。

「この際だから言うけど、僕は十歳の時から君との結婚を最優先事項にして生きてきた人間なんだよ。君と結婚可能になるラインを模索し続けて、ただそれだけのために人生設計をして根回しと謀略を重ねに重ねて、やっとここまで漕ぎ着けたんだよ。この件に関してはしっ、かり、覚えておいてね……?」

「あっ、ハイ」

 首を縦に振るしか私に選択肢はなかった。

 というか、前からちょいちょい聞こえてはいたが、アルバン様、私とかなり幼い頃に出会っていたんだな……?

 色々あってタイミングが合わなかったり間が悪かったりしつつ、まだ聞いていないのだが、正直、あんまり聞きたくはないかなという気持ちもあるので、深く突っ込んでは聞いていない。

 それにしても、十歳。十歳かぁ……。

 筋金入りだな。具体的に何がとかは分からないが。

「そういう訳だから、ツェツィーリア……どっちかが死ぬまで、末長く一緒に居ようね。ああ、でも、お墓も一緒だよ。もう遺言状に書いてあるからね……。」

「今日なんか雨が降っていないのに湿度高くないですか?」

「午後から降るかもね。さあ、もうちょっとで狩場に着くよ。鹿と猪、どっちが食べたいかな?」

「美味しいのであれば、どちらでもっ……!」

「じゃあ、両方狙ってみようか。煮込みにするために野菜や香辛料も持ってきてあるし、料理が上手い奴らを選んで組み込んだから、味は保障するよ。家のご飯ほどじゃないけどね」

「だ、段取りがいい……! す、好き……!」

「ふふ。頑張って、よく肥えた美味しそうなのを仕留めるね」

 全方面甲斐性しかない。

 経済力という意味でも狩猟という意味でも、アルバン様と一緒に居たら飢えることはないに違いない。

 おまけに、アルバン様は味覚に関してセンスが良いので、次から次へと私の知らない美味しいものを教えてくれるし、こうやって鹿と猪などの新鮮なお肉を仕留める技量があるのだ。

 夫として、なんと理想的な人であろうか。

 これはモテる。

 いや、モテないらしいのだが。

 主に顔の傷と本人が興味のない相手に対して塩対応なのがモテない原因だが、これは傷さえなければ死ぬほどモテていただろう。何故だが私などと結婚することになってはいるが、こんなに素敵な男性に死ぬまで養って貰えるなどと、私は本当に幸運である。

 フリートホーフ辺境伯領は冬が早い。

 今は秋だが、話によると、来月にはもう雪が降るそうだ。森の木の実をたっぷり食べて、鹿も猪も一番美味しい頃合いだ。

 煮込み、いや、焼きでも良い。

 鹿のソーセージは朝に食べたが、それだって何度食べても良いものである。というか、ソーセージとハムには無限の可能性がある。ハーブの種類、塩の配合。肉の部位。屋敷のシェフは私が淑女にしてはあり得ないぐらいよく食べるものだから、毎日違った味わいのソーセージを朝食に用意してくれるのである。

 駄目だ。

 考えるだけでお腹がすいてきた。

 きゅるるるる、なんて音がして、それを聞いたアルバンが、私のお腹を大きな手で優しく摩ってくれた。


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