第14話 アドの重要性
……九朗さんとの対戦は、それから終始彼のペースで進んだ。
「コスト1《検索》をプレイ。それに対応してコスト3《最も冴えた再利用》をプレイ。追加コストで墓地のカードを5枚デッキに戻して《検索》を無効にしますぞ」
俺のユニットが次々墓地へ行く中、九朗さんは自分のスペルを自分で無効にしながら、墓地に落ちた使用済みのカードを回収していく。
「そしてコスト4で《補給基地》の能力を使い1枚引きますぞ。何もなければこのままターンを貰いますぞ」
そして《補給基地》で手札を増やしつつ、こちらの行動を完全に封殺していく。
「……」
九朗さんの手札枚数は圧倒的。対する俺は、リーダーを使い切り、手札は使い道のない除去のみ。そして残ったデッキの枚数もごく僅か。九朗さんは何度もカードを引いているが、彼のデッキが尽きる様子はない。《最も冴えた再利用》で墓地のカードをデッキに戻しているからだ。《最も冴えた再利用》でもう1枚の《最も冴えた再利用》を戻しているので、これらがある限り、彼のデッキは尽きない。
「……参りました」
相手の手札には大量の除去と無効化スペルがある。この状況で俺に出来ることはない。心が折れた俺は、投了を選択するのだった。
「いやー、相変わらずお兄ちゃんのコントロールはエグイね……」
対戦が終わって、彩芽さんが冷や汗を掻きながらそう呟いた。
「完全に相手の抵抗手段を奪って詰ませて、LO回避して投了を迫る……あれで対戦相手がブチギレたこともあるからね……」
「こちらとしては、ルールもマナーも守ってプレイしているだけですので、キレるほうが悪いとしか言いようがないですぞ」
対戦相手がキレたと聞いて、あの手も足も出ない状態を経験した後だと大袈裟には思えなかった。確かに、短気な相手ならブチギレ不可避だろう。
「ともあれ、これで多少は分かって頂けたと思いますぞ。遅いデッキは相手に猶予を与える分、自分の手札を整える時間を稼げるので、必要なカードを集めやすいのですぞ」
そんなやり取りがありつつも、話は最初のゲームレンジと手札の質の話に戻ってきた。
「例えば、こちらのデッキは《取捨選択》《検索》などがあるので、そちらにとって致命的な《天変地異》を探すことが出来、初手運にある程度抗えますぞ」
確かに、《天変地異》というカードはあまりにも強かった。あれ1枚で盤面が崩壊し、以降はまともに殴れなくなった。同じカード4枚しか入れられないが、探す手段があるなら引ける確率も上がるだろう。
「そして、《天変地異》の存在を知らずに大損害を受けた郁夫氏は、かなり追い詰められた状況にあったわけですが……5ターン目にリーダーを有効化したのは、やや消極的すぎましたな」
「どういうことですか……?」
九朗さんの言葉に、俺は疑問を投げかける。……確か、《天変地異》で場のユニットを一掃されて、また盤面を流されるのを嫌って、ユニットを並べないようにしたんだったっけか。
「知らない全除去を受けて警戒してしまったのは理解しますが……不利な状況であるにも関わらず、こちらの手札を必要以上に強く見積もり過ぎましたな。あそこは《天変地異》をケアせず、ある程度のユニットを並べて単体除去をケアするべきだったかと。《天変地異》を1枚使った以上、残りは3枚しかなく、またそれらが手札にある保証もありません。多少のリスクは承知でユニットを横並べして、2枚目の《天変地異》がなければ負ける状況に持ち込むべきでしたな」
九朗さんに言われて思い出した。不利な状況ほど相手の手札を弱く見積もれという言葉を。……確かに、あそこで消極的な姿勢になったせいで、九朗さんが状況を整える時間を与えてしまったのは否定できない。
「勿論、単体除去だけなら何とでもなる状況であれば《天変地異》もケアするべきでしょう。似たようなカードを入れて水増ししている可能性もありますからな。ですが、郁夫氏のデッキに単体除去をケアする手段は入っていないでしょう?」
「そうですね……」
確かに、俺のデッキには《森の加護》のような単体除去に耐性を得られるカードはない。であれば、意識するべきは2枚目の《天変地異》ではなく、《幽世の牢獄》のようなカードだったってことか。
「相手の土俵で戦うことほど愚かなことはありません。相手のゲームレンジに付き合うということは、相手に有利な状況で戦うことに他なりませんぞ」
今回の対戦で俺がするべきだったのは、相手が得意とする長期戦に付き合うのではなく、自分が得意な短期決戦に持ち込もうとすることだった。九朗さんはそう言っているのだ。
「逆に、お兄ちゃんは長期戦に持ち込むために序盤を凌ぐカードを沢山入れてるもんね。《聖なる光》とか」
「あれがなければ、後手なのもあって、押し切られていた可能性が高いですからな。アド損するとはいえターンスキップはやはり偉いですぞ」
「アド損? ターンスキップ?」
毎度のように知らない単語が出てきた。……未だに分からない専門用語が出てくる辺り、TCGは本当に要求される知識量が多い。
「アド損については長くなるので、先にターンスキップについて説明しましょう。ターンスキップとは、その名の通りターンをスキップすることですぞ」
そんな無知な俺に嫌な顔一つせず、九朗さんが教えてくれる。
「《聖なる光》はプレイしたターンに受けるダメージを軽減するもの。つまり、プレイするだけでそのターンはライフが減らないカードですぞ。これをビートダウン系のデッキに対してプレイすると、そのターンは実質的に攻撃が出来ず、相手はターンを飛ばされたような形になるのですぞ」
「なるほど……」
TCGはターン制だ。そして、ヒートダウンはユニットを並べて相手のライフを削るデッキ。丸々1ターンダメージを受けなくなれば、ビートダウン側はターンを飛ばされたような状態になる。それは、ターン制のゲームでは非常に強力だ。
「そしてアド損ですが……その説明にはまずアドの概念を話さなくてはなりませんな。アド損とはそのまま、アドを損することですので」
「アド?」
「アドバンテージの略ですぞ。そしてアドとは、TCGにとって、TCGプレイヤーにとって非常に重要な概念ですぞ」
アドバンテージ。確か、優位性とか、そんな意味だった気がする。
「例えば、カードの枚数で優位に立つことをカードアドバンテージ、ライフで優位に立つことをライフアドバンテージ、テンポ面で優位に立つことをテンポアドバンテージと呼びますな」
アドバンテージという概念には、色んな種類があるみたいだな。
「例えば、《聖なる光》はプレイするとただ1枚手札が減るだけなので、プレイするとカードアドを1枚損しますな。《補給基地》はコスト4を払うことで1枚引けるので、コスト4を1枚のアドに変換するカードと言えますな。恒常的にアドを稼ぐカード、と解釈することも可能ですぞ」
カード枚数で得をすることをアドを稼ぐ、逆に損することをアド損と呼ぶのか。
「カードアドについては派生概念として、1:1交換などがありますな。《竜の息吹》は手札1枚と相手のユニット1体を交換するので1:1交換、《天変地異》で4体のユニットを除去すれば1枚と4枚の交換になるので1:4交換となりますぞ」
更には交換という概念。先程の対戦で使われた《天変地異》は1:4交換された、という表現になるのか。
「ライフアドはライフで先行することですな。ライフの取り合いをライフレースとも呼びますぞ」
ライフアドは互いのライフ差のこと。相手のライフを削ることはライフアドを取るということか。
「ビートダウン同士では重要ですが、基本的には軽視されがちなアドバンテージですな。最終的にライフが1でも残っていればゲームに負けることはないので、特にコントロールのようなデッキでは序盤のライフを犠牲にすることが多いですぞ」
言われて、確かに九朗さんを始めとして、みんなライフを削られてもあまり焦らないな、と思い返していた。それも、ライフアドは軽視するものというのが常識だったからか。
「テンポアドはテンポ、つまりコスト面で優位に立つことですぞ。例えば、コスト5で有効化した《デザート・ストーム・ドラゴン》をコスト2のスペルで無効にした場合、その差分であるコスト3分のテンポが取れますぞ」
「でも、それって意味あるんですか?」
テンポアドはコストで得をすること。でも、それってアドになるんだろうか? そう思って、俺は九朗さんに尋ねてみる。
「勿論ですぞ。ウラノスはコストを消費してカードをプレイするので、カードアドを取ってもコストがなければ持ち腐れですぞ。先程の例であれば、得したコスト3を他のカードに使うことが出来ますな。《取捨選択》などで手札を整えるも良し、除去をプレイするのも良し。ウラノスは手札を使い切る前に決着することが多いので、コスト面で優位に立つことで抱えた手札を効率的に使え、疑似的にカードアドを取れますぞ」
「確かに……」
しかし九朗さんに言われて、テンポという概念の重要さを理解する。……実際、対戦していて手札を使い切れたことはほぼない。さっきの九朗さんとの対戦みたいに、ハンデスで手札が尽きた時くらいだ。他にも、《デザート・ストーム・ドラゴン》を無効にされた際にはそのまま負けることが多かったが、それもテンポを大きく取られたことが原因だろうか。
「とまあ、そんなわけで。TCGにおけるアドとは、これ以上ないくらい重要な概念なのですぞ。アドを取れば勝ちに近づく。アドは取れるだけ取るのが基本にして最強ですぞ」
アドバンテージの概念を教わって、また一つTCGのことを理解できた気がする。……九朗さんもそうだけど、TCGが強い人って本当に色んなことを知っているんだな。こうやって知識が少しずつ増えていくのが、なんだか楽しい。知れば知るほど、TCGの魅力に憑りつかれているような気がするのだった。
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