第13話 対コントロール

  ◇



 ……次の休日。


「《デザート・ストーム・ドラゴン》を有効化。能力で《コング・キング》を破壊します。その後、何もなければ《ブレイズ・フェニックス》と《フォレスト・ウルフ》で攻撃します」

「……参りました」

 いつものカドショにて。俺は田花兄妹―――というか彩芽さんとフリプに興じていた。今やっていたのは《デザート・ストーム・ドラゴン》同士のミラーマッチ。先日ミラーマッチで敗北したため、練習をしておこうと思ったのだ。とはいえ、結果は俺の敗北だったが。

「リーダーの有効化を渋りすぎましたな。《デザート・ストーム・ドラゴン》ミラーは先に有効化したほうが不利とはいえ、相手の有効化を待ち続ければ、こちらが有効化するタイミングを相手に委ねることになってしまいますぞ」

 隣に座る九朗さんが、今の対戦をそう分析する。……今回の対戦では、俺のリーダーは一度も有効化しなかった。その結果、ユニットの数が拮抗したタイミングで相手の有効化によりユニットを除去されてしまい、そのまま盤面が空いたところにユニットで殴られて負けたのだ。

「でも、今のは引き運もあったかもね。こっちが沢山除去を引いてたから、常にリーダーの有効化をケアしながら盤面取れてたし」

「それは確かにあったかもしれませんな。とはいえ、前のターンで有効化していればもう少し食い下がれていたとは思いますぞ」

「え、ほんとに? ……あー、確かにそうかも」

 田花兄妹の議論は、相変わらず俺の認識の先を行っていて、ついていくのが大変だ。……というか、前のターンの状況を一々覚えているのが凄い。

「有効化で《ブレイズ・フェニックス》を処理すれば《コング・キング》で殴る余裕が出来て……《コング・キング》に《フォレスト・ウルフ》を差し出す選択肢はないし、返しのこっちのターンは有効化でリーダー処理を優先しないとだから《コング・キング》が放置になって、お互いのリーダーを除去し合えば《コング・キング》と《フォレスト・ウルフ》の殴り合いになるから、《フォレスト・ウルフ》は適当なユニットで相打ち取って……確かにワンチャン引き延ばせたかも」

「まあ、それもそちらの手札状況次第ですが……とはいえ、不利な状況では相手の手札が都合良く弱い前提で動かなければ、勝てる可能性も掴めませんからな」

 相手の手札は基本的に見えないが、二人はある程度予測、というか決め打ちして動いているみたいだ。確かに、不利な状況で相手の手札が強かったら勝ちの目はない。となれば、相手の手札が弱いことに賭けるしか、勝機を見出すことは出来ないだろう。

「有利な状況ほど相手の手札は強く見積もる。不利な状況ほど弱く見積もる。これが基本ですが……とはいえ、その辺りもデッキ、というかゲームレンジに寄りますな」

「ゲームレンジ……?」

「何ターン目にゲームに勝つか、どれくらいのターン数ゲームを続けるかという話ですな」

 また聞き慣れない単語が出てきたので聞き返すと、九朗さんが説明してくれた。

「例えば《デザート・ストーム・ドラゴン》であれば、4ターン目までユニットを展開して攻撃し相手のライフを削り、5ターン目にリーダー有効化で盤面を取って更に殴り、6ターン目にリーダーと共に総攻撃でライフを削り切る、という動きを想定して構築されていますぞ。つまり、6ターン目に勝つというのが《デザート・ストーム・ドラゴン》が想定しているゲームレンジですぞ」

 そういえば前に、彩芽さんがウラノスは再現性が高いゲームだって言っていたな。理想的な展開を再現しやすいって。だからこそ、ゲームが決着するターンもある程度決まってくるんだろう。

「ゲームレンジが速いデッキほど、相手の手札の質を無視しやすいという特徴がありますぞ。序盤は手札に加わるカードが少ないですからな。……もっとも、あくまで強いカードを引かれる確率が低いというだけで、引かれる時は引かれるのですが」

 速い段階で決着するデッキほど、引かれるカードの枚数が少ない分、致命的なカードを引かれにくいというわけか。ガチャで言えば、石が少ないから試行回数を稼げなくて、目当てのキャラを引きにくい、みたいな。

「逆に言えば、ゲームレンジが遅いデッキほど相手の手札の質に影響を受けやすいですぞ。ターンが進むほど相手が引くカードは増えていきますからな」

「なるほど……速いデッキほど運の影響を受けにくいのか」

 つまり、ゲームレンジが速いデッキほど運要素の影響を受けにくい、と。TCGは運の要素があるけど、それをある程度無視できるのか。

「正確には、相手の運については、ですな」

「相手の……?」

「速いデッキは相手の手札が整う前に決着をつけられるものの、その分自分の手札に関しては整えている時間がありません。初手への依存度が高まるのが速いデッキの弱点ですぞ」

 だが、九朗さんは俺の勘違いを正した。……速いデッキが無視できる運要素は相手の手札だけ。逆に自分の手札には強い運が絡んでしまう。

「逆に、遅いデッキは相手の手札が整う時間を与えてしまう代わりに、自分の手札を整える余裕がありますぞ」

「コントロールがまさにそれだよね」

「コントロール?」

「その名の通り、戦況をコントロールして、自分に有利な状況を作り出すデッキですぞ。彩芽氏の《フェアリー・クイーン》も、ある意味コントロールと言っていいでしょうな」

「まあ、そうなるのかな……」

 コントロール。ビートダウンとは対局なデッキだったか。ユニットでの殴り合いを放棄して、除去などで相手の脅威を捌くことに主軸を据えたデッキだった気がする。

「そういえば、郁夫氏は純正コントロールとの対戦経験がありませんでしたな。……この際ですし、我が披露して差し上げましょう」

 すると、九朗さんがデッキを取り出しながらそう言った。……そういえば九朗さんと対戦したことないな。これが初めてか。



「では……と言いたいところですが」

 九朗さんの対面に座って対戦準備を整えると、九朗さんが隣の席を見てこう言った。

「彩芽氏、こちらの席でよろしいので?」

 彩芽さんが座っているのは、九朗さんの隣の席だった。お陰で、俺の隣は珍しく空席になっている。いつもは九朗さんが隣で色々見ててくれるからな。

「……うん、お兄ちゃんのプレイング見たいし」

「左様ですか……まあ、いいでしょう」

 九朗さんの質問に、彩芽さんがそう答える。……そりゃあ、俺よりお兄さんの隣のほうが彼女も安心するだろう。俺も隣に彩芽さんがいたらプレイに集中出来ないと思うから別にいいんだけど。なんだか俺が避けられているみたいでちょっと傷つく。

「では、対戦を始めましょう。よろしくお願い致しますぞ」

「お願いします」

 ということがありつつも、俺と九朗さんの対戦が始まった。まずは恒例の、リーダーの見せ合い。俺は当然デザート・ストーム・ドラゴンだが、九朗さんのリーダーは―――

「《エンペラー・ペンギン》……?」

 彼のリーダー《エンペラー・ペンギン》は、除去に耐性があり攻撃が防がれないという破格の性能。サイズも大きく、3回も殴ればゲームが終わってしまう。ただし、コスト9というかなりの重量級だ。鈍重がないのでコストさえ払えば何度でも出し直せるとはいえ、そもそも出すこと自体が困難ではなかろうか?

「では、そちらからどうぞ」

 じゃんけんの結果、俺の先手でゲームがスタートする。コントロールはゲームレンジが遅い、つまりは終盤に勝つことを目的としたデッキだから、序盤から攻めて早くゲームを終わらせたほうがいいというのは何となく分かる。であれば、先手が取れたのは僥倖だろう。

「コスト1《ロック・ラット》をプレイしてターンエンドです」

 まずはお馴染みの最軽量アタッカーを出す。序盤から攻め立てられるのは嬉しいところだ。

「では我のターンですな。ドロー。エンドですぞ」

 そして九朗さんの1ターン目。何もすることなく俺のターンになる。

「ターン貰います。ドロー。《ロック・ラット》で攻撃」

「通りますぞ」

「コスト2《ソニック・リザード》をプレイしてエンドです」

 俺の2ターン目。まずは攻撃。その後はユニットを追加してターンを終えた。

「ドロー。エンドですぞ」

 続く九朗さんの2ターン目も何もなし。……《エンペラー・ペンギン》は青黄色のリーダーだ。彩芽さんが言うには、青いデッキは無効化スペルを搭載しているので、俺のカードが無効化される可能性がある。ここからは慎重に行こう。

「ターン貰います。ドロー。《ロック・ラット》で攻撃」

「通りますぞ」

「《ソニック・リザード》で攻撃」

「通りますぞ」

「コスト3《ボルケーノ・ラプター》をプレイ」

「通りますぞ」

 しかし、俺の攻撃もユニットの展開もあっさりと通る。考えすぎだったのか……?

「ターンエンドです」

「ではターンを貰いまして……ドロー。エンドですぞ」

 九朗さんの3ターン目。やはり彼は全く動かない。そのまま俺のターンになる。

「ターン貰います。ドロー。《ロック・ラット》で攻撃」

「攻撃時、コスト1《聖なる光》をプレイ。このターン、我が受けるダメージは全て0になりますぞ」

 俺の4ターン目。俺の攻撃に際して、九朗さんがプレイしたのはクイックスペル。これでこのターンは彼のライフが減らなくなる。これ以上は攻撃しても無意味だ。

「コスト4《ブレイズ・フェニックス》をプレイ」

「通りますぞ」

「ターンエンドです」

「ではエンド時、コスト1《取捨選択》をプレイ。手札を1枚デッキの一番下に置いて、カードを2枚引きますぞ」

 俺のターンの終わりに九朗さんが動くが、使ったのは手札交換のカード。戦況には影響しないカードだ。

「ではターンを貰いまして……ドロー。コスト4《天変地異》をプレイ。場のユニットを全て破壊しますぞ」

「……っ!?」

 九朗さんの4ターン目。彼がプレイしたスペルによって、俺のユニットが全て消え去る。これは辛い……ライフを削る手段を一気に失った。

「ターンエンドですぞ」

「……ターン貰います。ドロー」

 そして俺の5ターン目。リーダーが有効化できるようになるターンだ。……《デザート・ストーム・ドラゴン》は除去能力があるけど、九朗さんの場にはユニットがない。このまま有効化しても能力が無駄になる。でも、場のユニットを全て破壊するスペルが入っている以上、彼のデッキにユニットは殆ど入っていないと見ていいだろう。だったら、相手がコストを使い切って無効化出来ない今のうちに出してしまったほうがいい。《デザート・ストーム・ドラゴン》はアタッカーとしても優秀なのだから。それに、《デザート・ストーム・ドラゴン》だけを出すのなら、また《天変地異》が飛んできても被害は最小限で済む。

「コスト5《デザート・ストーム・ドラゴン》を有効化してエンドです」

「ではターンを貰いまして……ドロー」

 そして九朗さんの5ターン目。ここからどうなるか……。

「コスト3《幽世の牢獄》をプレイ。これが場を離れるまでの間、そちらの《デザート・ストーム・ドラゴン》を隔離しますぞ」

「なっ……!」

 九朗さんがプレイしたのは、ユニットでもスペルでもないカード、オブジェクト。プレイすると場に残り続けるが、戦闘は出来ない。そして、場にいる限り何かしらの効果を発揮し続ける。《幽世の牢獄》は、リーダーを含むユニットを隔離して、場から離してしまう。除去とは違い、再度有効化することも出来ない。対処法としては、オブジェクトを除去するカードを使うか、維持するためのコストを相手が払いきれなくなって自壊するのを待つかだけだ。

「ターンエンドですぞ」

「……ターン貰います。ドロー」

 俺の6ターン目。相変わらず場にユニットはなく、攻勢に出られない。手札のユニットをプレイするしかないが、先程纏めて流されたことを考えると、とにかくデカいユニットを1体だけ出して、それが除去されるまで他のユニットを出さないようにするしかないか。

「コスト4《コング・キング》をプレイ」

「通りますぞ」

「このままターンエンドです」

「エンド時、コスト1《取捨選択》をプレイ」

 ユニットは無事に展開できたが、九朗さんはこちらのエンド時に手札を整えていく。

「ではターンを貰いまして……ドロー。《幽世の牢獄》の維持コストを支払いますぞ」

 九朗さんの6ターン目。《幽世の牢獄》は毎ターン維持コストが掛かり、そのコストも毎ターン増えていく。このターンはコスト1を消費するが、次のターンはコスト2、その次はコスト3……という風に増えていく。だからこれを維持し続ける限り、九朗さんは毎ターンコストを5までしか使えない計算になる。

「コスト3《補給基地》をプレイ。そのままターンエンドですぞ」

 九朗さんが出したのは、コストを払うことでカードが引けるオブジェクト。払うコストは4なので次のターンまで使えないし、使うと他のカードにコストが使えなくなる。今は脅威じゃない。

「ターン貰います。ドロー。《コング・キング》で攻撃」

「通りますぞ」

「ターンエンドです」

 俺の7ターン目。久々に攻撃が通って、九朗さんのライフが半分ほどになる。後2回攻撃が通れば、勝てる。

「ではターンを貰いまして……ドロー。《幽世の牢獄》は維持せず破壊しますぞ」

 九朗さんの7ターン目。彼は《幽世の牢獄》の維持を止めてしまった。これだと、次の俺のターンで総攻撃するとこちらが勝ってしまうが……。

「そしてコスト4《大乱気流》をプレイ。ユニットを最大2体まで手札に戻しつつカードを1枚引きますぞ」

 だが、彼がプレイしたスペルによって、俺のユニットが場から離される。……ユニットを場から手札に戻す行為。これは通称バウンスと呼ばれるものだ。普通のユニットは手札に戻るだけだが、リーダーは通常の除去を受けたのと同じ扱いになり、出し直すのに鈍重コストが必要になる。これはきつい。

「ターンエンドですぞ」

「……ターン貰います。ドロー」

 俺の8ターン目。手札にはユニットが溜まっている。しかし、ここはどう動くかが悩ましい。やはり、大きいユニットを1体だけ出して様子見だろうか?

「コスト4《コング・キング》をプレイ」

「対応でコスト2《魂の送還》をプレイ。ユニットを無効にしますぞ」

 迷った結果、前のターンに戻された《コング・キング》をプレイするも、無効にされた。……そういえば、青いデッキだから無効化スペルもあるんだったか。

「コスト3《フォレスト・ウルフ》をプレイ」

「通りますぞ」

「ターンエンドです」

「エンド時、コスト1《検索》をプレイ。デッキの上から2枚のカードを見て、1枚を手札へ、もう1枚をデッキの下に置きますぞ」

 それでも何とかユニットを出したところへ、九朗さんが手札交換。

「ではターンを貰いまして……ドロー。コスト4《心奪われる回廊》をプレイ。これが場にある限り、場にユニットが1体のみのプレイヤーは攻撃出来ず、毎ターン1回しか攻撃出来ませんぞ」

 九朗さんの8ターン目。彼が出したのはまたしてもオブジェクト。ユニットの複数展開を強いるカードだ。

「ターンエンドですぞ」

「……ターン貰います。ドロー」

 そして俺の9ターン目。……《心奪われる回廊》は、とにかくユニットが複数あれば無視できる。幸い、手札はユニットだらけだ。とにかく出そう。

「コスト1《ロック・ラット》をプレイ」

「通りますぞ」

「《フォレスト・ウルフ》で攻撃」

「通りますぞ」

 攻撃が通り、九朗さんのライフが削れる。もう一息だ。

「ターンエンドです」

「エンド時、コスト4《図書館建設計画》をプレイ。デッキからスペルとオブジェクトを1枚ずつ探して手札に入れますぞ」

 その後、九朗さんがプレイしたのは、いわゆるサーチカード。デッキから好きなカードを手札に加えられる。

「手札に入れるのは、《意図せぬ暴走》と《幽世の牢獄》ですぞ」

 そして、九朗さんが手札に加えたカードは、俺にも見覚えがあるカードだった。まずい……!」

「ではターンを貰いまして……ドロー。コスト4《意図せぬ暴走》をプレイ。お互いに手札を公開し、ユニットを全て場に出しますぞ」

 九朗さんの9ターン目。彼がプレイしたのは、お互いの手札のユニットを強制的に場に引き摺り出すカード。……これは確か、昔アニメで使われていたカードだ。コストの重いユニットを踏み倒す代わりに、相手にも展開させてしまうデメリットのあるリスキーなカード。だが、九朗さんの意図は全然違う。

「では、お互いに手札を公開しましょうぞ」

「くっ……!」

 お互いの手札が晒される。九朗さんの手札にはユニットがなく、俺の手札は少数の除去を除いて全てユニット。俺のユニットが、俺の意志とは関係なく場に引っ張り出されてしまう。そして、この後に彼がどうするつもりなのかは、公開された手札にあった。

「そしてコスト4《天変地異》をプレイ。場のユニットを全て破壊しますぞ」

「……っ!」

 《意図せぬ暴走》と《天変地異》のコンボによって、俺の手札からユニットが消滅した。……一応、まだリーダーの《デザート・ストーム・ドラゴン》がいるが、彼の手札には無効化スペルと《幽世の牢獄》もある。それに《心奪われる回廊》がある以上、リーダーだけ出しても、どの道攻撃出来ない。

「ターンエンドですぞ」

 九朗さんのターンエンド宣言が、俺には死刑宣告にしか聞こえなかった。

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