第21話

王都の芸術地区にある、『双子の姉妹の噴水』。

そこが私たちの次の目的地だった。

アルテア王家の秘密の宝物庫『星の心臓』は、その下に眠っているという。


「今宵、我々は芸術を愛する裕福な商人の兄妹として振る舞う」


ヴァレリウス様が私にそう告げた。

またお忍びでの潜入調査。

私の胸は期待に高鳴った。


彼が用意してくれたのは、上品な刺繍が施されたシルクのチャイナドレス風の衣装だった。

動きやすくて、それでいて体のラインを綺麗に見せてくれる。

髪も可愛らしいお団子に結ってもらった。


ヴァレリウス様自身も東方の商人風の、ゆったりとした衣装を身にまとっている。

いつもの冷徹な雰囲気は消え、どこか異国情緒の漂うミステリアスな美丈夫に見えた。


私たちは二人で、夜の芸術地区を歩く。

石畳の道にはガス灯が灯り、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

あちこちのギャラリーや劇場から、楽しげな音楽や人々の笑い声が聞こえてくる。


やがて私たちは、目的の噴水の前に辿り着いた。

広場の中央で寄り添うように立つ、二人の美しい女神の像。

その足元から清らかな水が絶え間なく溢れ出している。

多くの恋人たちが、この噴水の前で愛を語り合っていた。


「……確かにここは人目につきすぎる。これほど巧妙な隠し場所もないだろうな」


ヴァレリウス様が感心したように呟いた。

彼は噴水の周囲を探り、魔力の流れを調べている。


「やはり強力な隠蔽の魔法がかけられている。だが、入り口を作動させるための物理的なスイッチらしきものは見当たらない」


どうすればいいのだろう。

私が考え込んでいると、ヴァレリウス様は私の手を取った。


「アネリーゼ。君の出番だ」


私はこくりと頷く。

そして噴水の大理石の縁に、そっと手を触れた。


――流れ込んでくる記憶。

この噴水が見てきた、何十年分もの人々の思い出。

恋人たちの甘い囁き。子供たちの無邪気なはしゃぎ声。

その膨大な記憶の中から、私は目的の情報を探し出す。


そして、視えた。

百年前の夜。

アルテア王家の侍女マリアが、赤子を抱いてこの場所に立っている。

彼女は追っ手の目を気にしながら、双子の女神像の手と手にある決まった順番で触れていく。

右の姉の右手に三回。

左の妹の左手に一回。

そして最後に、姉の左手と妹の右手を同時に。


すると噴水の土台部分の石が一つ、音もなく内側へとスライドし小さな穴が現れた。

マリアはその穴に、一枚の特殊なコインをはめ込む。

それが鍵となり、噴水の地下へと続く隠し通路が開くのだ。


「……っ!」


私は噴水から手を離した。


「ヴァレリウス様! スイッチの順番が分かりました! でも、最後に特別なコインが必要みたいです……!」


私が視たままを伝えると、彼は「よくやった」と私の頭を撫でた。


「特殊なコインか。どんな形状をしていた?」


「確か……片面にはアルテア王家の月の紋章が。そしてもう片面には、涙を流す星の模様が刻まれていました」


私の言葉にヴァレリウス様は、はっと目を見開いた。

その表情は驚きと、そしてある確信に満ちていた。


「……アネリーゼ。君は本当に素晴らしい。そのコインなら心当たりがある」


「えっ!?」


「君が最初に関わった事件……『紅涙の首飾り』の盗難事件だ。あの時、犯人の侍女リアーナの部屋から押収した品々の中に、そのコインが混じっていた」

「当時はただの個人的な感傷の品だと判断され、王宮の証拠品保管庫に眠っているはずだ」


まさか。

全ての始まりだったあの事件の、小さな小さな証拠品が、こんな形で繋がるなんて。

運命の赤い糸は私たちが思うよりも、ずっと巧妙に張り巡らされていたのかもしれない。


「すぐに回収してこよう。君はここで待っていろ」


ヴァレリウス様はそう言うと、一瞬でその姿を消した。

高位の転移魔法だ。


数分後、彼は何事もなかったかのように私の目の前に再び現れた。

その手には一枚の古びた銀貨が握られている。

片面には月の紋章。

もう片面には涙を流す星。

私がビジョンで視た鍵、そのものだった。


「これで全ての条件は揃った」


ヴァレリウス様は満足そうにそう言うと、私を連れて再び噴水の前に立った。

周囲に人がいないことを確認する。


私はビジョンで視た通りに、女神像の手と手に触れていく。

そして最後に現れた鍵穴に、ヴァレリウス様がコインを差し込んだ。


カチリと心地よい音が響く。


次の瞬間、私たちの足元の石畳が音もなくせり上がり、地下へと続く螺旋階段がその口を開けた。


「……行くぞ。アネリーゼ」


ヴァレリウス様が私の手を強く握る。


「歴史の心臓部へ」


私たちは二人で顔を見合わせ、頷いた。

そして王都の華やかな夜景に背を向け、冷たい地下の闇へとその一歩を踏み出したのだった。

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