第14話

ヴァレリウス様に、次のデートの計画を任されてしまった。

その事実に、私の心は嬉しさと、そして同じくらいの途方もないプレッシャーでいっぱいになっていた。

あの、冷徹で合理的で完璧な宮廷魔術師様が、心から楽しめるデート。

そんなもの、私に計画できるのだろうか。


「うーん……」


補佐官室の机の上で、私は腕を組んでうんうんと唸っていた。

手元の羊皮紙には、『ヴァレリウス様デート計画案』と書かれているけれど、その下は真っ白なままだ。

そもそも、ヴァレリウス様の「好き」というものが、私には全く分からない。

研究と、効率的なことと、あとは……私の能力?

それを、デートの計画にどう組み込めばいいというのだろう。


「アネリーゼ様、何かお悩みですか?」


お茶を淹れに来てくれた侍女のリナさんが、心配そうに私の顔を覗き込んだ。


「リナさん……。あの、ヴァレリウス様のことについて、何か知らないかしら。お好きな食べ物とか、よく行かれる場所とか……」


私の問いに、リナさんは少し考えてから、申し訳なさそうに首を横に振った。


「申し訳ありません……。閣下は、お食事もほとんど執務室で済まされてしまいますし、王宮の外へお出かけになるのも、任務の時くらいで……」


「そ、そうよね……」


分かってはいたけれど、やっぱり、という気持ちだ。

彼のプライベートは、謎に包まれている。


「ですが」と、リナさんは続けた。

「最近、閣下はアネリーゼ様のことばかり、気にかけていらっしゃいますわ。アネリーゼ様がお好きだと仰っていた、丘の上のカフェのお菓子を頻繁に取り寄せていらっしゃったり」


「え……」


「きっと、アネリーゼ様が心から楽しんでいらっしゃるお顔を見るのが、閣下にとっての一番の喜びなのだと思います。だから、アネリーゼ様が本当に行きたい場所へお誘いするのが、一番良いのではないでしょうか」


リナさんの言葉に、私ははっとさせられた。

そっか。私が楽しむこと。

それが、彼への一番の「報酬」になるのかもしれない。


なんだか、肩の力がすっと抜けた気がした。

私らしく、この「任務」に向き合ってみよう。

そう決めた時だった。


「アネリーゼ」


執務室の扉が開き、ヴァレリウス様が姿を現した。

その手には、数枚の資料が握られている。


「『リリウム・ノクティス』の調査に進展があった」


彼の言葉に、私はすぐに仕事の顔に切り替えた。


「本当ですか!?」


「ああ。王宮の植物研究室の古文書を解析させた結果、いくつかの興味深い事実が判明した」


彼は、一枚の資料を私に見せる。

そこには、美しい『リリウム・ノクティス』の絵が描かれていた。


「この花は、ただ夜に咲くというだけではない。アルテア王家の血筋が持つ特殊な魔力に反応して開花する、極めて希少な魔法植物だ」


「王家の血筋に……」


「そうだ。そして、その花弁には同じ魔力の源泉を感知し、そちらへ引き寄せられるという強力な指向性が備わっている。つまり、一種のダウジングのような役割を果たすのだ」


花が、コンパスになる。

なんて、幻想的な話だろう。


「このことから、一つの仮説が導き出される。エルドリンが遺した『揺り籠は月の雫を浴びて目覚める』という言葉……。これは比喩表現だ。『月の雫』とは、おそらくこの『リリウム・ノクティス』のことを指しているのだろう」


「花が、鍵……!」


「ああ。王家の谷にあるという揺り籠の隠し場所は、この花を使わなければ見つけ出すことができない。極めて巧妙な、二重のロックだ」


謎が、また一つ解けていく。

その感覚に、私の胸は高鳴った。


「だが、問題はその花をどうやって手に入れるかだ。既に絶滅したとされている。標本は王宮にあるが、それを使っても元の指向性までは再現できないだろう」


ヴァレリウス様は、そこで一旦言葉を切った。

そして、じっと私の顔を見る。


「……ところで、君の『でーと計画』は進んでいるのか?」


唐突な話題の転換に、私の心臓がどきりと跳ねた。


「え、あ、はい! 今、一生懸命考えているところです!」


慌ててそう答えると、彼はふむ、と頷いた。


「君の生態データを観測する限り、この計画は君に許容量以上の精神的負荷を与えているようだ。合理的ではないな」


彼はそう言うと、どこからか手のひらサイズの美しい水晶盤を取り出した。

その表面には、王都の地図が魔法で精巧に描かれている。


「これを君に貸そう。王都内の魔力溜まりの位置を可視化する魔道具だ。強い魔力が集まる場所は、概して興味深い発見がある。君の計画の一助となるだろう」


「こ、こんな、貴重なものを……!」


「私の助手が非効率な状態でいることのほうが、私にとっては損失だ」


彼はまたそんな理屈をこねて、私に最高のヒントをくれた。

そして、その魔道具の地図には、一か所、ひときわ強く美しい光を放つ場所があった。


『王立魔法植物園』


その文字を見た瞬間、私の頭の中に完璧な計画がパッと閃いた。

これなら、きっと彼も楽しんでくれる。

そして、私たちの任務も前に進めることができる。


「ヴァレリウス様!」


私は意を決して、彼を真っ直ぐに見つめた。


「次の、私たちの『でーと』の場所が決まりました」


私の言葉に、彼の紫色の瞳がほんの少しだけ見開かれた。


「行き先は、『王立魔法植物園』です。そこには、絶滅したとされる魔法植物の貴重な標本や資料が保管されていると聞きました。『リリウム・ノクティス』に関する新たな手がかりが見つかるかもしれません。これは、極めて合理的な調査活動です」


私は、彼がよく使う言い回しをそっくり真似て、そう言った。


「そして、調査の合間の効率的な糖分補給として、私がサンドイッチを作ります。具材の組み合わせは、栄養バランスと味覚への刺激を論理的に計算した、完璧なものを用意します」


私の、渾身のプレゼンテーション。

それを聞いたヴァレリウス様は、一瞬、完全に固まっていた。

そして、次の瞬間。

彼の喉が、くつ、と小さく鳴った。


彼は、笑いを堪えていた。

普段は、決して表情を崩さない彼が。


「……なるほど。完璧な計画だ、アネリーゼ」


彼は咳払いを一つして、いつもの冷静な表情に戻る。

でも、その瞳の奥は明らかに楽しそうに、きらきらと輝いていた。


「君の立案したその『任務』、謹んでお受けしよう」


やった。

私の計画が、彼に認められた。

それだけで、私の心は達成感と幸福感でいっぱいになった。


「では、明日の朝、出発だ。準備を怠るなよ」


そう言って、彼は自分の執務室へと戻っていった。

その後ろ姿が、いつもより少しだけ弾んでいるように見えたのは、きっと私の気のせいではないだろう。


初めて私が計画する、ヴァレリウス様とのデート。

それは、新たな謎への入り口でもあった。


明日は、きっと最高の一日になる。

そんな予感が、私の胸を温かく満たしていた。

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