第4話 水浸しの洋館

 前の前だったかな?A県ってところに住んでいた時の話だ。


 俺の家の近所に小さな森?っぽいものがあって、その中に古い洋館が建って居たんだ。

 んで、そこに住んでいた一家四人が火事で死んだんだって。つっても、俺が引っ越してくるよりも前だから、噂程度にしか知らないんだけど。

 噂と言ったら、そこ『出る』って噂もあった。火事で死んだ家族が化けて出るらしい。


 当時通っていた高校が街にあって、俺の地元からは一時間くらいかかった。


 地元には何にもなかったから、高校に入った時からずっと遊んでて不良みたいなことをしてた。

 同じような奴とつるんでた時、俺の地元にある洋館の話になった。 


「行ってみようぜ」


 リーダーのアッキが言うと、他のみんなも賛成した。当然、俺も賛成。行ったことなかったし、幽霊なんて信じてなかったから。

 ちょうど暑い時期だったし、夏と言えば肝試しじゃん?そんな軽い感じで洋館に向かった。


 洋館に着いたのが、大体深夜の十二時くらい?。二階建ての木造の立派な建物だけど、火事の影響か焼け焦げている。


「入ろうぜ」


 中に入ろうか躊躇しているとアッキが玄関部分から入っていった。俺たちは慌ててアッキの後を追った。


「お前らビビりすぎだろ」


 持ってきていたライトであちこちを照らすアッキ。ずんずん進んでいくアッキに置いていかれないように進む。


「アッキ、濡れてね?」

「俺が?」

「いや、この家が」


 ここに入ってから、ずっと思っていた。なぜか濡れているのだ。焼け焦げた跡があるのはわかるけれど、雨が降った後みたいに濡れている。


 俺たちが歩くたびに、ぴちゃぴちゃと音が鳴る。


「雨でも降ったんだろ?」


 アッキがそっけなく答える。まぁ、多分そうだろうなと思いながら進んでいく。

 リビング、ベランダ、階段、寝室……と色々回ったけど、特に幽霊とかは出なかった。

 怖かったけれど、これぞ肝試しって感じがして楽しかったのを覚えている。

 リビングらしきところにもう一度集合する。なんか妙に寒い。夏でも森の中だし、洋館も濡れている。それで寒いんだろうと考えた。


「なんか暑くね?」


 ミサワ(仮)がぼそっとそういった。


 俺たちは「涼しくね?」「むしろ寒いくらいなんだけど」と口々に喋った。ミサワは「俺の気のせいか……」と納得したのか、ぽつりとつぶやいた。


「うわ、すげぇ焦げてる」


 リビングの隣にあるキッチンに足を向ける。ここが出火場所なのだろうか、他の所より焦げているように見える。


「うわ、すっげぇ。めちゃめちゃ濡れてるけど」


 アッキがあちこちをライトで照らす。コンロっぽいものがあるから、かろうじてキッチンだとわかる。


「なんでこんな濡れてんの」

「あれじゃね?俺らみたいなやつが来て、水でもまいたんじゃね?」

「意味ないじゃんwww」


 ふとミサワが会話に混ざっていないことに気づく。あたりを見渡すと、ミサワは部屋のドアのところに立ち尽くしていた。


「ミサワ、どうしたんだよ」


 アッキが近づく。ミサワは心なしか顔色が悪い。


「……暑いんだよ。ここが一番」

「お前、霊感なんてあったっけ?」

「ない……。親はあるらしいけど」

「マジ?」

「うん……。今日も、洋館に行くなんて言ってないのに『馬鹿なことはやめな。洋館に行くんじゃないよ』って……。なんでいっちゃだめなのかは、教えてくれなかったけど」

「すげぇな、お前の親。他には?なんか言ってたか?」


 アッキが問い詰める。ミサワは目を泳がせ、どうしようかという雰囲気を出していた。

 ただ、アッキの威圧に屈したのかおずおずと喋り始めた。


「……びしょ濡れの幽霊が出るって言ってた」

「それだけ?」

「……うん」


 ミサワはおどおどとした様子で答えた。


「火事になったのに、びしょ濡れっておかしくね?」


 口を挟むようになってしまう。火事になったのにびしょ濡れってなんだよ。火事で死んだなら焼死になっているはずだろ。


「嘘じゃねぇの、それ」


 アッキはミサワを責めるような口調で、彼を小突きつつ話を促した。


「やめろよ。本当だって」

「いや、親が見えるって証拠がないじゃん。今気が付いたけど」

「そうだけど……」

「それに、焼け死んだのにびしょ濡れってのがイミフ。一周回っても何も出ねえし。どうするよ」


 見るものももうないし、これからどうするかと全員で話をした。町まで行ってコンビニに行くかと話が固まり、キッチンから出ようとしたとき微かに音がした。


「何の音だ?」


 全員が固まった。ぴちゃぴちゃと外の方から音がする。誰も動いていないのに。

 音が段々と大きくなっている。同時に、音が増えているような気がする。


「俺らのほかに誰かいるのか?」


 一定間隔だった音が、段々とずれている。


「俺ら以外にも肝試ししてるやつがいるんじゃない?」


 同じような目にあったことがある俺は、そう答えた。


「あー。前にもあったなそんなこと」


 ただ、話し声がしない。しかも、こんなに真っ暗な中をライトなしで歩くなんて危なくてできない。

 音は少しずつ大きくなっている。真っすぐキッチンを目指しているような音だ。


「ここに来るのか……?」

「来たらバッドで殴ろうぜ」


 段々と大きくなる音。その時ミサワが立ち上がり叫び始めた。


「あああああああああ!!!!」


 叫んだと思ったら、そのままキッチンから出て行ってしまった。


「ミサワ!どこに行くんだよ!」


 アッキが叫びながら追いかける。他のメンバーも外に出た。俺は、外に出たが何かにぶつかってしまった。


「いって……」


 何にぶつかったかは分からない。なんだろうと見上げて、止まった。

 人だった。ただの人じゃない、真っ黒な人。

 その瞬間、俺は全力で叫んだ。


「うわああああああああああああ!?」


 パニックになった俺は、暗い洋館の中をやみくもに走り出した。ぶち当たったドアを手当たり次第に開け、とにかく外に出ようとした。


 その一つがたまたま玄関だった。俺はそのドアから洋館を飛び出し、山道を転がるように走って降りた。

 ふいに何かを感じ洋館の方を向いた。さっき俺らが見たベランダ。そこに五つの何かが手を振っているのが見えた。



 そこからの記憶がない。気が付いたら家の布団に丸まって震えていた。

 何だったんだ。あれは。他のみんなは、無事なんだろうか。

 そう思っていると、ふいにドアがノックされた。あまりに驚き叫び声をあげ身体がはねる。


「もう朝よ。早く起きなさい。……あら、鍵がかかっている」


 母親の声だった。俺は布団からのろのろと起き上がり、鍵を解除してドアを開ける。目の前には、不思議そうな顔をした母親が立っていた


「酷い顔だけど、何かあった?」

「……なんでもない」


 そう答えると、不思議そうな顔をしながらも母親は下に降りて行った。

 昨日の事が頭をよぎる。グループLINEに『大丈夫か?』と送った。いつもなら、すぐに返信が来るのに既読すらつかない。



 数時間後、ようやく返信が来た。メンバーの一人であるチビ(仮)からだった。


『アッキも一緒。大丈夫だよ』

『ミサワは?』

『わかんない。メッセ送っても既読にならない』

『探しに行くか?』


 チビとやり取りをしているとアッキから返信が来た。あの後、アッキはミサワの後を追っていたけれど途中で見失ったらしい。チビと洋館から出て、チビの家にいるとの事。

 探しに行きたいが、昨日の出来事を考える。とてもじゃないが、行く気にはなれなかった。



 数日後、ミサワとなんとアッキが死体で見つかった。

 

 アッキは洋館のベランダ、ミサワは地下室で見つかったらしい。

 チビに話を聞くと、あの後アッキは一人で洋館に向かったとの事だった。

 殺人の可能性があるらしく、俺らも事情聴取を受けた。

 なんで俺たちも呼ばれたのか。それは二人の死因は不可解だったからだ。水なんて全くないのに、溺死。あの近くには、全身が濡れるくらいに浸かれる池なんかはない。


 それで、仲が良かった俺たちに疑いがかかった。


 結果として、俺たちの疑いは晴れた。

 ただ、なんで二人が洋館で死んでいたかは分からないままだった。

 あまりにも突然すぎて、泣く暇なんてなかった。

 合同での葬儀をして、焼香をした。葬儀の最中、夢を見ているようなふわふわとした気持だった。

 帰ろうとしたところ、声をかけられた。


「君たち。あの洋館に行ったんだろう」


 声の主は、アッキとミサワの葬儀にいた坊主だった。

 その問いに行ったと答える。

 坊主は俺たちの姿を上から下まで見た後、「ついてきなさい」と言い寺へと入っていった。

 俺たちはどうする?とアイコンタクトをしたが、坊主から「洋館について、話をしたいことがある」と補足が入った。

 結局、洋館の話が気になり坊主についていった。



 本堂に通され、「これでも飲んで少し待っていてくれ」と氷が入った麦茶を渡された。坊主はどこかに行った。

 麦茶を飲んで待っていると、坊主が小さな箱を持って帰ってきた。


「私はこの寺で住職をしている者だ。……あの洋館にはな。この人たちが住んでいた」


 蓋を開けると、写真が入っていた。四人家族で後ろには洋館が写っていた。あの洋館だった。


「その家族は、あの洋館で暮らしていた。ちょうど今くらいの季節の深夜、洋館が全焼する事件が起こった」


 火事の原因は放火だった。犯人はそのあとすぐに逮捕された。


「すぐに消火活動が始まった。木造だったから、ほとんどが燃えてしまったんだ。火が消え、家族を探したが誰も出てこなかった」


 もしかしたら、旅行にでも行ったのかもと家族の親戚に尋ねた。そういったことはなく、四人ともその日は家にいたそうだ。

 なかなか家族が見つからない。


 そんな時、犯人が自白した。


「地下室に閉じ込めた」と。



 警察が捜査をすると、階段とキッチンの近くに地下に繋がるドアがあった。

 よく見ると少し開いていた。

 その蓋を開けると、一家四人の死体が出てきた。

 死因は溺死。

 一酸化炭素中毒にかかった後、水が流れてきて死んだとの警察は結論付けた。


 犯人の取り調べを行う。

 最初は金目の物を奪うだけだと、証言をした。

 寝静まった深夜、家に忍び込み部屋をあさっているところを家族に見られた。

 大人二人を持っていたバールのようなもので殴り怪我をさせた。


 その後、子供を人質に取り、地下室に行くように脅した。

 最初に大人、次に子供を地下室に入れると蓋を閉めた閉じ込めた。 


 金目の物を奪い、逃走しようと考えた犯人。

 だが、このままだと自分が捕まる可能性がある。


 そう考えた犯人は、家に火をつけた。


 地下室のドア付近へ戻り、ドアを少し開けその場を立ち去った。

 その理由に犯人は、語った。


「火を起こせば消防車が来る。火を消すためには大量の水がまかれる。怪我が原因で大人が死ねば、俺の罪が重くなる。蓋を少し開けて溺死という事にすれば、俺の罪は軽くなる。怪我はさせたが、殺してはいない。勝手におぼれ死んだだけだ」



 犯人のあまりに身勝手な理由。裁判では死刑となり、すでに執行済みとのことだった。


「きちんと彼等を供養し、墓前にも報告をした。終わったはずだったんだ。だが、まだ終わっていなかった」


 誰もいなくなった洋館。たびたび目撃情報が出た。人を見た、階段付近で血だらけの人間を見た。


「恨みがあるのだろう」


 住職は噛みしめるように話を閉めた。

 衝撃だった。あの洋館にそんなことがあったなんて、知らなかった。 


「……アッキとミサワは、間違われたんですか」


 坊主……もとい住職に聞いた。その言葉にゆっくりと首を縦に振る。


「そうだろう。死人が出たのは初めてだ」


 そういいながら、住職は箱から新聞紙を取り出した。そして、ある部分を指さす。 


「似ていたんだ。二人は犯人に」


 俺らが見ると、犯人の顔が写っていた。確かにどことなく二人に似ていた。


 話を聞き終え、俺たちはそれぞれの家へと帰った。

 洋館は取り壊され、立ち入り禁止になった。

 俺はその後、引っ越しをした。以後、そこには行ってない。

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