ファントム、夜に駆ける2

「大丈夫、そうだね」


 玲奈の言葉に、ユキは小さく頷く。こちらから灰島の視界は見れても彼の体の状態は見れない。けれど、彼が逃走する準備を整えたのだから、後はサポートするだけ。


「マスター、ファントムを迎えに行って」


「勿論です。玲奈、ユキくんを頼みましたよ」


「任せて!」


 ここからMI6の施設まで、車で2時間はかかるだろう。けれど、施設から逃げ出せば、彼なら身を隠すことくらい出来る。そこにいる誰もが、灰島を信頼していた。


 マスターは、二人の肩をポンと叩くと、嵐の夜へと姿を消した。




 監視カメラがあるため、医療班の白衣を羽織り、ドアの外の気配を探る。誰もいないことを確認しドアを開けた。あまり目立たないよう、それでも可能な限り早く移動する。


 ジリリリリリリリリリ──ッ


 警報が、施設全体に鳴り響く。あの部屋に誰か入って気が付いたか、それとも監視カメラからバレたのか。


「侵入者発生か!?」


「いや、違う! ファントムが、逃走した!」


 混乱の中、灰島は、頭の中にある見取り図に描いた逃走経路を、一切の迷いなく駆け抜けていた。


「あれだ!」


 角を曲がった先、二人のエージェントが銃を構えて迫ってくる。銃が火を吹く。灰島は、壁を蹴って天井近くの配管に飛び移ると、音もなく彼らの背後に着地し、首筋への的確な一撃で、二人を同時に無力化した。


「こっちだ!」


 発砲音を聞きつけ後ろから、重武装のエージェントたちが現れる。数は四人。狭い廊下で、武装したプロ相手に正面からぶつかるのは愚策。灰島が、即座に後退しようとした、その瞬間だった。


 バツン!


 廊下の全ての照明が一斉に消え、世界が完全な闇に包まれた。


 完全な暗闇と、点滅する赤い非常灯が、悪夢のような光景を映し出す。


「目標を見失った! どこへ行った!?」


「とにかく前だ! 撃て!」


 ここは廊下だ。ファントムが前にいる状況は変わるはずもなく、エージェントたちは冷静に銃を構え発砲した。弾は先ほど倒したエージェントの体を盾にして防ぐ。


 そして閃光マズルフラッシュが、彼らの澄ました顔を一瞬だけ照らし出した。 だが、その閃光こそが、亡霊ファントムにとっての道標だった。


 銃声と銃声の、コンマ数秒の合間。 闇の中から、影が踊るように現れた。 閃光で位置を記憶した一人目のエージェントの腕を折り、その銃を奪い取る。二人目の喉元に、銃床を叩き込む。三人目の足払いをかけ、体勢が崩れたところに、ハサミの柄で側頭部を強打する。 最後の四人目が、ようやく灰島の位置を捉え、引き金を引こうとした時には、すでに誰も立っていなかった。


「……化け物か」


 エージェントが、恐怖に震える声でそう呟いた直後、首筋に衝撃を受け、意識を失った。


灰島は、再び闇の中を駆け出す。


 だが、彼の目の前に、分厚いチタン製の隔壁が立ちはだかった。電子ロックされた、最後の扉。背後からは、新たな部隊の足音が迫ってくる。


 手に銃はあるが、逃げ道も隠れる場所もない。それでも灰島は慌てることなく、近づいてくる足音の人数を確認していた。


「……3人、か」


 灰島は奪った銃を握り、「ふー」と息を整えた。


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