第18話「恋の力」
春の陽気が、レオンハルト邸を包んでいた。
マリアは庭園のベンチに座り、屋敷の人々を眺めていた。王家からの圧力を退けてから一ヶ月。何かが、確実に変わっていた。
「マリアさん!」
声の主は、トーマスだった。彼の朝露の桃色が、今まで見たことがないほど輝いている。その手には、白い花束が握られていた。
「どうしたの、そんなに慌てて」
「実は……エマに、今日告白しようと思って」
マリアの心が温かくなった。トーマスの恋色が、決意で震えている。
「素敵ね。きっとうまくいくわ」
「でも、もし断られたら……」
トーマスの恋色に、不安の青が混じった。マリアは優しく微笑んだ。
「エマの恋色も、あなたと同じ色をしているわ」
「恋色?」
マリアは慌てて首を振った。
「……つい、独り言を。でも大丈夫、エマもきっと同じ気持ちよ」
トーマスは深呼吸をすると、厨房へ向かっていった。マリアは、二つの恋色が近づいていくのを、そっと見守った。
「若い恋は、いいものね」
振り返ると、ロザンナが立っていた。彼女の枯れた薔薇色も、最近は少し生き生きとして見える。
「マリア、あなたのおかげよ」
「私は何も……」
「いいえ」ロザンナは首を横に振った。「あなたとレオン様の恋が、皆に勇気を与えたの。身分なんて関係ない、想いが大切だって」
その時、街の方から馬車が到着した。降りてきたのは、ルディと一人の若い女性。花売り娘のリーゼだった。
「マリアさん、紹介します」ルディの若草色が、春の野原のように明るい。「彼女、リーゼです」
リーゼは恥ずかしそうに会釈をした。彼女の周りにも、ルディと同じ若草色が漂っている。
「まあ、素敵」マリアは二人の恋色が調和しているのを見て、心から祝福した。
「実は、彼女と一緒に花屋を開こうと思っているんです」ルディが言った。「貴族の屋敷に花を届ける仕事を」
マリアは、ルディの成長に目を細めた。かつて自分に淡い想いを寄せていた彼が、新しい恋を見つけ、未来を描いている。
午後、マリアは「虹の蔵」を訪れた。
「皆の恋が実っているのね」老婆が、いつもの謎めいた笑みを浮かべた。「あなたの恋が、波紋のように広がっている」
「私は、ただ……」
「恋には力があるの」老婆は、棚から古い本を取り出した。「特に、真実の恋にはね」
本には、恋の色について書かれていた。マリアは、ある一節に目を止めた。
『真実の恋は、周りの人々の心も動かす。それは、愛が持つ最も美しい力』
マリアは本を閉じ、深く息を吸った。
夕暮れ時、レオンの書斎。
「トーマスとエマが、婚約したそうだ」レオンが書類から顔を上げた。
「ええ、先ほど聞きました」
マリアは、厨房での出来事を思い出した。トーマスが震える声で告白し、エマが涙を流しながら頷いた瞬間、二人の恋色が混ざり合い、金色の光を放った。
「ルディも、恋人ができたとか」
「花売り娘のリーゼさんです。とてもお似合いの二人」
レオンは立ち上がり、窓辺に立った。夕日が、彼の横顔を照らす。
「君といると、皆が幸せになっていく」
「それは……」
「いや、事実だ」レオンは振り返った。「この屋敷は、昔は冷たい場所だった。皆、義務で動いていた。でも今は違う」
マリアも窓辺に歩み寄った。眼下には、庭園で語らう恋人たちの姿が見える。
「恋って、不思議ですね」マリアが呟いた。「目に見えないのに、確かに存在して、人を変える力がある」
レオンが、マリアの手を取った。
「君の言う恋の色は、私には見えない。でも、感じることはできる」
マリアは驚いて、レオンを見上げた。
「この温もり、この安らぎ、この幸福感。これが恋の色なのだろう?」
マリアの目に、涙が浮かんだ。レオンの虹色が、今までで一番美しく輝いている。
「はい……それが、恋の本当の姿です」
その夜、屋敷では祝いの宴が開かれた。
トーマスとエマ、ルディとリーゼ。新しい恋人たちを祝福する声が響く。マリアは、彼らの恋色が作り出す美しい光景を眺めていた。
金色、若草色、桃色、白……様々な恋の色が混ざり合い、まるでオーロラのような光景を作り出している。
「美しい……」
「何が見えるんだ?」
隣に座るレオンが、優しく問いかけた。マリアは言葉を選んだ。
「愛です。純粋で、優しくて、力強い愛が見えます」
レオンは何も言わず、ただマリアの手を握った。
「マリアさん」エマが近づいてきた。「ありがとうございます。あなたのおかげで、勇気が出ました」
「私は何も……」
「いいえ」トーマスも言った。「あなたとレオン様を見て、僕たちも信じることができたんです。身分なんて関係ない、大切なのは心だって」
次々に、人々がマリアに感謝を述べた。マリアは、ただ恋の色を見ていただけなのに。いや、違う。見るだけでなく、そっと背中を押していたのかもしれない。
宴が終わり、皆が部屋に戻った後。
マリアとレオンは、月明かりの庭園を歩いていた。
「私、気づいたことがあります」マリアが言った。「恋は見えるものじゃない。伝わるもの。そして、人を変える力があるって」
「……そうか」
「色が見えなくても、恋は確かに存在する。むしろ、見えないからこそ、心で感じ取ろうとする」
レオンが立ち止まり、マリアを見つめた。
「君は、大切なことを教えてくれた」
月光が、二人を優しく照らす。マリアには、レオンの虹色が月の光と混ざり合い、幻想的な輝きを放っているのが見えた。
恋には、確かに力がある。人を変え、幸せにし、世界を美しくする力が。
マリアは、その真実を心に刻みながら、愛する人と共に歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます