第8話『剣の型、魔の器』

五歳の誕生日を迎えて、数日が経った頃。

午前は座学、午後は魔力制御と礼法に追われる日々――

そして今日、俺はついに“剣”と向き合うことになった。


「レオン様、本日から剣術の初歩に入ります」


そう言ったのは、軍学と実技を担当するチューター・クルト。

元軍人らしい鋭い眼差しで、俺の立ち姿をじっと見つめている。


「無属性の魔力は、身体操作との相性が良い。

 魔力制御と併用すれば、五歳でも“剣を使える体”になります」


クラリスが静かにうなずき、稽古場に一本の木剣が運ばれてきた。



俺はそれを、両手でしっかりと握る。


(……重くない)


いや、正確には――ちょうどいい。

初めて触れるはずの剣なのに、まるで何度も手にしてきたように自然だった。



「それでは、“第一の型”をお見せします。よく見てください」


クルトが構えを取り、斬り、踏み込み、受け、構え直しまでを一通り見せてくれる。

基礎中の基礎――けれど、そこには“帝国騎士の理”が込められている。


「やってみましょう」


(――よし)


俺は息を整え、剣を構えた。



その瞬間、空気が変わった。


クラリスが息を呑み、クルトの眉がわずかに動く。


(……できる。やってみたら、ちゃんとできる)


初めて握る剣なのに、動きが迷いなく繋がっていく。

理屈も経験もない。ただ――**この体が、“できるように生まれている”**としか言いようがない。


魔力と肉体の反応が驚くほど素直で、何の違和感もなく“正解の動き”へと導いてくれる。


これは訓練の成果じゃない。偶然でも奇跡でもない。


――才能がある。それだけのことだ。



「第一の型、完了」


クルトが低く呟いた。


「……初めてにしては、いえ、“初めてとは思えない”動きです」


その場にいたクラリスも、他の使用人たちも、ただ沈黙していた。


そして、もう一人。


「ほう……確かに噂は本当だったようだな」


重く響く声に振り返ると、稽古場の入口に立っていたのは――

父、アレクシス・ヴァルネス。


その背後には、帝国近衛騎士団の制服を纏った数人の騎士たちが控えていた。



「急な帰還だ。ついでに、様子を見に寄った」


静かに稽古場に入り、父は俺の前で立ち止まる。


「魔力制御、身体操作、構え、軌道――すべてが及第点。

 だが問題は、その上で“恐ろしく高い完成度”を持っていることだ」


父は、木剣を構えたままの俺をじっと見つめる。


「お前は“魔の器”と呼ばれる存在だ。

 剣と魔法、その両方を持ち、両方で敵を凌駕する者」


稽古場の空気が一層、張り詰める。



(……大げさだな、とは思うけど)


けれど、父の目は真剣だった。


「だからこそ、お前は己を律しなければならない。

 力を誇れば孤独になる。力に溺れれば破滅する。

 それを忘れるな」


俺は、剣を下ろして静かに返す。


「はい、父上。力は“誇る”ものではなく、“用いる”ものです」


その答えに、父はわずかに目を細め、背を向けた。


「……いい返答だ。騎士団、引き上げるぞ」


騎士たちも無言で一礼し、稽古場から去っていく。



クルトが、ぽつりと呟いた。


「……これが、“帝国を担う器”」


その声には、畏れと興奮と、尊敬が混ざっていた。



騒ぎも評価もどうでもいい。

俺はただ、才能という事実を、冷静に受け止めていた。


剣は、他人を斬るためじゃない。

守るために、立ち上がるために。

この世界を――俺自身の人生を生きるために。



レオン・マクシミリアン・ヴァルネス。

その名が、静かに“認識され始めた”瞬間だった。

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