25話 作戦会議
1950年 3月8日
大
「さて、よう集まってくれた」
近衛軍司令部に設けられた会議室に集められた面々を一望して、遠離院卿はねぎらいの言葉を発した。ずらりと整列した三十名近い人員の注目を一身に浴びている。
「西条隊の強化人間五名、および歩兵二十三名。悔やむべき二名の欠員はあるが、揃っておじゃるな」
西条隊の近衛兵たちは、その言葉を聞いて死んだ戦友に思いを馳せる。
先月二十六日の生化研における戦闘で戦死した二名だ。
遠離院卿は彼らの内心を知ってか知らずか──それともすべて計算のうちか──平然としたまま、化粧に隠れた底の知れない顔を、一同の端にちんまりと立っている小早川に向けた。
血縁上の父からの視線を受けた小早川は、一瞬の判断で目を逸らした。
その様子を見た遠離院卿は、どうとでもとれそうな曖昧な表情を浮かべている。
「技術本部からは小早川技術士官が臨席するでおじゃる。くわえて……」
移された視線の先には、真言には見慣れない人物が立っていた。
筋骨隆々とした、いかにも男らしい面構えの近衛軍人だ。階級は近衛少将。
まだ若く、せいぜい三十半ばといったところか。彫りが深く、太眉。やや喜劇的ではあるが気品に満ちた遠離院卿とは異なり、全体的に真剣で野生的な印象を与える。
「一人を除いてみな知っておじゃろうが、近衛軍特務作戦団長、阿部
近衛軍特務作戦団。
勅命によって外征に加わる場合を除けば活動範囲が基本的に国内に限定される近衛軍において、より柔軟かつ多様な任務に対応するべく昨年に設立された特殊部隊だ。
例によって遠離院卿の政治力に物を言わせて開設した部隊であり、陸軍の管轄であるはずの生化研への突入調査や、真言に関わるさまざまな例外措置は、その土台の上に成り立っているものだった。
「そして、大杉真言」
「は」
遠離院橋の手前であるから私語はなかったが、真言はいくつかの視線が自分に向けられているのを察した。
それらの視線に含まれているのは何も悪意だけではない。彼らの大半は、二日前の坂之上卿との交戦を目の当たりにしている。隊長である西条が一撃で吹き飛ばされ、奇襲も意味をなさなかったのに対して、真言は曲がりなりにもその連撃を耐えたのだ。
特に平野副長をはじめとする強化人間たちは、自分たちでは坂之上卿に対して無力であることを実感したのだろう。もっとも敵愾心のあった遠野でさえあの日以降は真言への態度が変わった。
べつに軟化したわけではない。
ただ、これまでの『厄介者』から、『必要な戦力』に格上げされただけだ。それは、戦場に出る兵士たちにとっては大きな差異だった。
「そなたは本日付で、近衛軍特務作戦団第三強化人間中隊──すなわち、西条隊に一時配属となる」
異例、横紙破りというだけではありえない決定を受け、さすがに室内がざわついた。
騒々しいというほどではないが、明確な混乱と動揺が感じられる。しかし、それも間もなく霧散していき、遠離院卿はそれを待っていたかのように続けた。
「期限はひとまず、豊臣天姫の奪還作戦完了まで、ということで近衛府と将軍府が同意した。その同意がどちらか一方により取り消された時点で、その身分も効力を失うこととなっておじゃる」
要するに、近衛大将である遠離院卿と、将軍職代理である副将軍秀信によって決定されるということだ。秀信はまだ若く、政治的駆け引きに長けているとは言い難いうえ、個人的に遠離院卿を慕っている。事実上、その決定権は単一化されていると言ってよかった。
「将軍府の決定とあらば、従うのみです。謹んで拝命いたします」
「指揮系統上は、西条
「は」
「よいな? では、本題に入ろう。ここからは阿部少将が話す」
部屋の空気が引き締まった。近衛府の長官である遠離院卿が直々に一個中隊を召集し、その臨席のうえで特務作戦団を統括する近衛少将が何か命令を下そうというのだ。否が応でも緊張せざるを得なかった。
阿部少将は遠離院卿に一礼し、会議室の壇上に上がった。
「
──早すぎる。
それが全員の感想だった。
叛乱軍による前回の蜂起が二十六日。秋吉に関する情報が坂之上卿の口から発せられたのが五日。情報収集と作戦立案の速度は、およそ尋常ではなかった。いくらなんでも無理がある、というのが正直なところであろう。
阿部少将はその反応も当然、というような顔をして頷いている。
「さて、疑問は多々あるだろうが、それをひとつひとつ潰していく。まず、本作戦における最重要目標、豊臣天姫──以下、作戦暗号名『トコヨノカミ』と呼称──の居場所についてだ」
真言は今すぐにでもその場所を聞き出したい、という強烈な衝動に駆られたが、西条からの鋭い視線と小早川の不安そうな視線とを同時に受けて、なんとか理性が勝利した。
すると阿部少将は事前に用意されていた地図の一点を指した。それは帝都の官庁街から南西方面に位置する邸宅地の中心部で、豊臣家や大杉家の私邸からそれほど遠くない。
みなが訝しげな表情を浮かべるなかで、西条だけはまるでこの世の終わりでも見たかのようだった。
「国家情報局の総力を挙げた調査の結果、『トコヨノカミ』は現在、叛乱軍により帝都のこの地点に軟禁されていることがわかった。『オオムカデ』も同様にこの場所に滞在している」
阿部少将は西条を見た。それを追うように隊員たちの目線が集中する。
「西条高尚軍務大臣の私邸だ」
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