18話 特殊装備

1950年 3月5日

陽本ようほん帝国 帝都 近衛軍練兵場





 真言の体重は現在五百十五キロ。対する平野の体重は五百四十キロ。


 数値上はそこまでの差はないが、まとっている鎧殻の強度や軽量さでは真言の方が上だ。


 強化人間と自然宿主しゅくしゅ。いわば養殖と天然の差といえる。


 二つの巨躯が真っ正面からぶつかり合うと、事情を知らぬ者が耳にすればすわ自動車事故かと思うだろう大音響が響き渡った。


 赤黒い鎧殻の破片が飛び散る。そのほとんどは平野のものだ。


「ぬ、う──っ!」


 衝突の反動でわずかに後ずさった二人だったが、すぐに体勢を立て直して相手に躍りかかる。総合的な敏捷性でも真言が上回っているのは、観戦している者たちもすぐに理解できるほど明らかだった。


 真言が放った右の大振りが、平野の頭を揺らす。

 強固な鎧殻に加えられた巨大な衝撃力は、全身に伝播して体勢を崩させた。


 すかさず追撃の蹴りが飛ぶ。だが平野はすばやく重心を下げてそれを受け止めると、そのまま下段の掴みを繰り出した。重機の如き膂力りょりょくがその本領を発揮して、真言の身体を宙へと持ち上げる。


「はっ──!」


 真言はそのまま鉛直方向に加速され、地面に叩きつけられた。





「──流石ですねぇ平野さんは。基本性能では完全に負けてるはずなんですが。金鵄きんし勲章受勲者は伊達じゃないってことですか」


 と、小早川。

 視線は二人に向けたまま素早く筆を走らせ、他人にはおよそ解読できないであろう字で大量の情報を書き綴っている。西条が答えた。


「ああ、本来であれば私なんぞよりよほど隊長に適任な人材だ」


「満洲で戦車五十両以上破壊、インドで強化人間二十五体撃破……普段は真面目で謙虚だから目立ちませんけど、わりとぶっ飛んでますからねあの人も」





 ──平野の追撃をかわし、立ち上がる。


 二人の間には五メートルほどの間合いがあるが、これはどちらにとっても近すぎた。平野は守勢に、真言は攻勢に移ろうとするも、互いにかみ合わずに両者両損のかたちとなってしまったのだ。


 先に動いたのは真言だった。すばやく距離を詰めて体当たりを喰らわせる。


 それを受け止めた平野と組み合いになる。相撲で力士同士が戦う体勢とよく似た様子だ。


 二人は真正面から睨み合うと、同時に頭突きを放った。


 甲高い音響とともに触角へと直接振動が伝わり、二人は苦悶して後ずさった。生身で例えれば目潰しを受けたようなものだ。反響定位と電波探知が一時的に不能となり、互いの位置関係を把握できなくなってしまった。


 経験からくる直感から、二人はおおよその位置を推定して間合いを取る。

 膠着状態が作り出された。


 


「──どちらも決め手に欠けているな」


 西条は着鎧し、形成された触角で戦闘の様子を伺っている。小早川の分析どおり、あらゆる性能で一歩か二歩劣っている平野が、その膨大な戦闘経験で差を埋めている。


 対する真言は、やはり未だ肉体の扱いに慣熟できていないらしく、総じて挙動に無駄が多い。それでも、寄生されてからわずか一週間の者の動きとはとても思えなかった。西条自身が強化手術を受けたあとの最初の一週間は、まともに走ることもできなかったというのに。


「まあ歩兵の支援も特殊装備もなしの純粋な肉弾戦ですからね。装備は一応持ってきてますけど、どうします? より実戦に近づけるなら使った方がいいと思いますが」


 小早川の提案に、西条が触角を震わせた。これは眉をひそめる動きに相当する。


「殺す気か」


「自然宿主ですし多少の無茶はきくと思いますよ」


「……二人分だけだぞ。繊細な調整ができるのは私と平野だけだからな」


「はい。一九ひときゅう式と十式でかまいませんか?」


「ああ」


 許可を得た小早川は意気揚々と早足で輸送車両へと向かっていった。

 西条は嘆息し、今なお戦っている二人へと声を上げる。


「──止め! そこまでだ! 二人とも、話がある!」





 呼び出された真言と平野は、何かを話し合いながら西条の前まで歩いてきた。

 二人の間に険悪な空気はなく、むしろ教官と訓練兵というような雰囲気が漂っている。


「いいか。相手に傷を負わせようという思いでかかるな。車か何かをという心持ちでいろ。強化人間の耐久力を軽く見てはいけない」


「ああ、そのほうがよさそうだ」


 表層の損傷が激しい平野と異なり、真言の鎧殻はほとんど傷ついていないのがわかった。

 そのうえ、わずかについた傷でさえ目に見えて再生しているようだった。およそ尋常ではない再生速度だ。


「平野。どうだった?」


「は。今の段階でも戦力としては十分かと。まだまだ動きに粗はありますが、一週間しか経っていないことを考えれば信じ難いほどの適応力といえます。ただ……」


「ただ?」


 平野は一瞬のあいだ逡巡して、真言の方に向き直った。


「戦闘中、自分以外の判断で動く時があるだろう……あれが擬蟲からの『交信』というやつか?」


「いや、あれはどちらかというと『補助』だ。俺が妙な動きを身体に命じた時、それを自然と補正するようなもう一つの命令が出る……よく気づいたな」


「観察力は兵士にとって重要な能力だ」


 予想していなかった話題に西条が呆気に取られていると、いつの間にか戻っていた小早川がすばやく二人の間に割って入った。


「擬蟲の方から自発的に宿主を補助するというのは強化人間では原理上ありえないことです。やはり大杉さんに寄生した擬蟲は宿主の生存の利益となる行為には積極的ということでしょう。それについていくつか聞きたいことが──」


小早川ばやちゃん。俺に大荷物持たせておいてそれはないぜ」


 過熱しかけた小早川の饒舌を遮ったのは、遠野だった。

 西条隊の強化人間の一人である彼は、生身の兵士であれば数人がかりで運ばねばならないだろう荷物を抱えている。弾薬箱と思しき木箱にくわえ、より厳重に梱包された細長い銃箱が目を引く。


「それは?」


「強化人間用の特殊装備です。大杉さんにも体験してもらった方がいいのではないかと思いまして」


「待て、小早川。いくらなんでも危険だ」


「平野さんなら本当に危ないところを外したりもできるでしょう? 実戦がいつになるのかわからない以上、早い方がいいと思います」


「危険なことに変わりはない。無茶だ」


「そもそも寄生されて間もない大杉さんを作戦に投入できるようにしろって命令が無茶なんですから、やり方が無茶になるのも仕方ないですよ」


「しかしだな──」


 らちの明かない様子を見かねた西条が遮った。


「平野の言ももっともだが、ここは引き下がってくれ」


「隊長……」


「遠離院卿がああも強硬な手段をとり、大杉の戦力化にもこだわっているのには理由があるのだろう。つかみどころのないお人だが、少なくともその戦略眼は確かだ。われわれもやれる限りをやらねばならん」


 その言葉を受け、平野は目礼して引き下がった。


 遠野が運んできた箱が次々と開封され、その中身が明らかになる。

 

 一つは、おそらく腕に取り付けるのであろう形をした筒状の装備だった。ちょうど肘から手首あたりまでに相当する長さで、湾曲した弾倉が根元についている。


 外見から推察するに、銃器のたぐいであることは間違いない。だがその構造はきわめて頑丈に作られており、銃身は通常の倍以上の厚みを持ち、そのほかの部品もすべて鋼鉄製であると思われた。


「こちら一九年式三十五ミリ刺突砲です。主に接近戦で敵の鎧殻を貫通するために開発されたものになります。装薬量は同口径の機関砲弾よりも大幅に増えており、生身で撃つとまず間違いなく骨折します。強化された骨格と鎧殻をそなえる強化人間だからこそ扱える兵器ということですね」


 小早川が早口で解説する。


「生化研では閉所での接近戦が想定されていたから持ち込まなかった。まわりに生身の兵がいると巻き込みかねん代物だからな」


 と西条。


「あと普通に在庫が少ないんですよね。強化人間装備は対ローマ戦線に優先配備されていたので、本土には最低限の数量しか残ってないんです。まあ復員も順調らしいのでいずれは充足するんでしょうけど」


 その一九年式刺突砲を、平野が箱から取り出して自身の右腕に取り付けた。


「これはなにも強化人間相手だけに使うものではない。敵戦車に肉薄して履帯を破壊したり、操縦席を狙って貫通させたりと、前線での使い道はさまざまだった」


「……仕様上想定されていない使い方ですけどね」


「それが戦場というものだ」


 続いてもう一つの箱に小早川が視線を向けた。


 それは一九式よりも大型で、より銃火器らしい見た目をしていた。一メートルほどの細長いパイプ状をしている。軽量さよりも強度に重きを置いた構造であるのは、一九式と変わりがない。


「で、こちらが十機戦と一緒に正式採用された十式擲弾てきだん砲ですね。歩兵向けの対戦車携行火器の設計を流用したものです。専用の噴進弾がものすごくお高いので気軽に使えないのが難点ですが、威力、精密性ともに非常に高く、先の叛乱でも帝都各地に展開した敵強化人間の鎮圧に用いられました」


「今年度中には配備数も増える予定だが、まだ試製九式と同時に納入された分しかない貴重なものだ」


 西条は片手でそれを軽々と持ち上げると、構えて見せた。


「的を用意しよう。まずはどんなものか見せなくてはいけないからな」

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