Section_2_2a「でも、とても素敵な読み方です」
## 1
文化祭まで三週間となった水曜日の放課後、私と航は図書室でポップ制作に取り組んでいた。
「この本、どう思いますか?」
航が手に持っているのは、『夜のピクニック』だった。恩田陸の青春小説で、私も大好きな一冊だ。
「いいですね。でも、けっこう有名じゃないですか?」
「そうですね……でも、有名だからこそ、僕たちなりの視点で紹介できるかもしれません」
僕たちなりの視点。
その言葉を聞くたび、胸が暖かくなる。
「どんな視点ですか?」
「例えば……」
航が少し考えてから口を開く。
「この小説って、表面的には学校行事の話ですけど、本当は『時間』について書かれた物語だと思うんです」
時間について。
「時間?」
「はい。過ぎていく時間の美しさというか……二度と戻らない瞬間を大切にすることの意味というか」
航の解釈に、はっとする。確かに、そういう読み方もできる。
「それ、すごくいい視点ですね」
「本当ですか?」
「はい。私はただ青春小説として読んでいたんですけど、航くんの解釈を聞いて、また違った深さを感じました」
航の頬が少し赤くなる。
「ありがとうございます。でも、これも一つの読み方でしかないので……」
「でも、とても素敵な読み方です」
本当にそう思う。航の本に対する感性は、いつも私が思いつかない角度から光を当ててくれる。
「じゃあ、この視点でポップを作ってみませんか?」
「ぜひそうしましょう」
私たちは机に向かって、ポップの構成を考え始めた。
## 2
作業を始めて一時間ほど経った頃、私は航の手元を見て驚いた。
彼が書いているポップの文章が、とても美しかったのだ。
『時は流れ、季節は巡る。
でも、この一歩一歩は二度と歩めない。
『夜のピクニック』は、そんな当たり前で特別な時間について教えてくれる物語です。』
「航くん……」
思わず声をかけてしまう。
「どうしました?」
「その文章、すごく素敵です」
「え?」
航が自分の書いた文字を見返す。
「でも、まだ下書きですし……」
「下書きでも、十分美しいです」
本当にそう思った。短い文章なのに、本の魅力がすごく伝わってくる。
「綾瀬さんの方こそ、イラストが上手ですね」
航が私の手元を見る。私は本の表紙を参考に、簡単な挿絵を描いていた。
「これ、下手ですよ」
「いえ、とても温かい感じで……見ているだけで、本を読みたくなります」
見ているだけで本を読みたくなる。
そんなふうに言ってもらえるなんて、思わなかった。
「ありがとうございます」
「僕たち、けっこういいコンビかもしれませんね」
いいコンビ。
その言葉に、心臓がドキドキする。
「そうですね」
私たちが作業に戻ろうとしたとき、図書室の扉が開いた。
田村先生が顔を出す。
「お疲れさま。もう六時よ? あまり遅くならないようにね」
六時。
もうそんな時間になっていたなんて、気がつかなかった。
「はい、そろそろ切り上げます」
「ありがとうございます」
田村先生が去った後、私たちは片付けを始めた。
「今日はここまでにしましょうか」
「そうですね」
荷物をまとめながら、今日作ったポップを見返す。まだ完成には程遠いけれど、確実に形になってきている。
「来週も、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
航が微笑む。最近、彼の笑顔を見る機会が増えた気がする。
そして、その笑顔を見るたび、胸が暖かくなる。
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