Section_2_2b「この本を読んだとき、航くんはこんなふうに感じたんですね」

## 3


次の週の作業日、私は航の新しい一面を発見した。


「綾瀬さん、これ見てください」


航が差し出したのは、『君の膵臓をたべたい』のポップだった。


私はそれを読んで、言葉を失った。


『僕たちは、明日も同じ日常が続くと思っている。

でも、もしかしたら今日が最後かもしれない。

この本は、そんな当たり前の奇跡について教えてくれます。

大切な人に「ありがとう」を伝えるのは、今日かもしれません。』


「これ……」


声が震えている。


「どうですか?」


「すごく……胸に響きます」


本当だった。航の言葉は、私の心の奥深くまで届いている。


「この本を読んだとき、航くんはこんなふうに感じたんですね」


「はい。綾瀬さんがおすすめしてくださったときに読み返して、改めてそう思いました」


私がおすすめしたときに読み返して。


その言葉に、また胸がきゅっとした。


「航くんの言葉って、いつも人の心に寄り添うような温かさがありますね」


「温かさ……ですか?」


「はい。技巧的な美しさじゃなくて、本当に感じたことから生まれる言葉というか……」


本当に感じたことから生まれる言葉。


「綾瀬さんにそう言っていただけると、嬉しいです」


航の表情が、いつもより柔らかい。


「でも、僕の言葉が人に響くかどうかは、わからなくて……」


「響きますよ。少なくとも、私には」


私には響く。


その言葉を言ったとき、航がじっと私を見た。


「本当ですか?」


「本当です」


私たちの視線が絡み合う。


図書室の静けさの中で、なぜか時間が止まったような感覚があった。


でも、それは気まずい沈黙じゃない。


お互いの気持ちが、言葉以外の何かで通じ合っているような……


「あの……」


航が口を開こうとしたとき、図書室の扉が勢いよく開いた。


「奏っち、まだいたー!」


木下くんの大きな声が響く。


私たちは慌てて視線を外した。


## 4


「木下くん、声が大きいよ」


「あ、ごめん」


木下くんが苦笑いを浮かべながら近づいてくる。


「作業中だった?」


「うん、ポップを作ってた」


「どれどれ、見せてよ」


木下くんが机の上のポップを覗き込む。


「おー、すげぇじゃん。航の文章、なんか詩みたい」


詩みたい。


確かに、航の文章には詩的な美しさがある。


「それに奏っちの絵も、めっちゃ雰囲気出てる」


「ありがとう」


「これ、絶対に話題になるよ」


話題になる?


「そんなに大げさじゃないでしょ」


「大げさじゃないって。俺、文化祭が楽しみになってきた」


木下くんが興奮気味に言う。


「ところで、今日はもう終わり?」


「そうですね。もう遅いですし」


航が時計を見ながら答える。


「じゃあ一緒に帰らない? 俺も今部活終わったとこだし」


一緒に帰る。


三人で?


「どうですか、綾瀬さん?」


航が私に聞いてくる。


「はい、大丈夫です」


三人で下校するのも、たまにはいいかもしれない。


荷物をまとめて、図書室を出る。


廊下を歩きながら、木下くんが色々と話しかけてくる。


「そういえば、文化祭のクラス企画はどうなった?」


「まだ決まってない」


「奏っちのクラスは?」


「喫茶店をやる予定」


「定番だね。航のクラスは?」


「映画上映会です」


「おー、それもいいじゃん」


木下くんの軽快な話し方に、場の空気が和んでいく。


でも、時々航と目が合うと、さっきの空気感を思い出してドキドキしてしまう。


あの瞬間、彼は何を言おうとしていたんだろう。

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