第16話 オーロラの気持ち

 正式名:『オーロラ・リル・バラナーゼフ』


 ミュータルテ前国王とメルダ前王妃との、第二子だと貴族名鑑に記されている王女。

 第一子は現国王、アルリビドである。


 彼女の出自は複雑で、本当の彼女の父親はメルダの愛人であるヒスイであった。


 そのことを知ってもミュータルテは、メルダのことを嫌いにはなれなかった。逆に自分の不甲斐なさで、彼女を不貞の子としてしまったことを悔やんでいた。




◇◇◇

 ヒスイはミュータルテに、パールはメルダの若い頃に似ていたから、生まれたオーロラはミュータルテ似だった。

 けれどもその時、既に駄目な国王夫妻と侮られていたミュータルテ達の秘密は、お喋りな侍女らに漏らされてしまっていた。

 普通は不敬だと罰せられるものだが、国王の退位を狙う者が多すぎて、誰が漏らしたのか明確に分からずじまい。

 噂を鎮火することも追い付かない程に。



 心を悼めたヒスイとパールが城を去ろうとしても、契約紋が激しく作動し、激痛で身動きができなくて失敗。


 いつも身近にいてミュータルテとメルダ達の苦悩を知った二人ヒスイとパールは彼らに情を移し、騒ぎを鎮めたいと思ったのだが…………。


 オーロラの為にも痛みに耐えてみせると誓ったが、まるで意識を摘み取られるように、激痛の度合いが上げられていた。他国に行くことで、秘密の漏洩を恐れたのだろう。



 その後も、隣国と繋がる侍従から、

「ヒスイは隣国貴族の間諜です。もしヒスイの子だとハッキリと証明されれば、ヒスイと共にオーロラ王女も処刑されることでしょう」と脅され、オーロラを守る為に、ミュータルテは国王を辞められなくなる事態に。


 誰か支えとなる博識者がいれば、相談できたのだろうが、その時の彼らに頼れる者はいなかった。




◇◇◇

 オーロラはミュータルテとメルダ、ヒスイとパールにも愛されて育った。


 他者から傷つけられぬように、硝子細工のように大切に。



 四人は協力しながら、オーロラに寄り添っていた。罪の意識を抱えて。


『王妃から生まれたと言うのに、オーロラは不義の子になってしまった。国王の血を継いでいない』のだから。


 罪悪感からつい甘やかし、贅沢を許して我が儘になっていた。


 けれど………………。

 どんなにミュータルテ達が隠していても、オーロラが生まれた当時の噂は多くの貴族が知っていた。彼らにとって真偽は重要ではなく、その疑惑があることで汚点なのだ。


 そんな王女に価値はなく、当然のように釣書は来なかった。

 それでも幼いオーロラは、自分が少し我が儘で、勉強からも逃げているせいだと思っていたのだが。


「別に婚約者なんていらないわ。お父様とお母様がいれば寂しくないもの」


「そうか。でも無理はするなよ。良いと思う相手がいれば教えておくれ」


「ええ、分かったわ。ありがとう、大好きよお父様」



 そんな普通の父子の関係に亀裂が入ったのは、学園の入学前のことだった。


 オーロラは気付いていた。

 お付きの侍女やメイド、家庭教師達の時おり自分へ見せる蔑む眼差しに。

 その歳になれば父である国王が優秀でないことも分かってきて、その影響なのかとも考えたが、兄であるアルリビドは敬われていたようだった。


 ならば理由は優秀ではない、自分のせいかと悩むオーロラ。


 長く人の表情を窺い兄と比べられてきた彼女は、相手の気持ちの機微に敏かった。

 だからこそ自分を持ち上げても、決して本音を見せない周囲の子供達が苦手だった。時にオーロラに気付かれぬように、彼女を除け者にして楽しげに話す彼らのことが。


(彼らも、私の侍女と一緒の眼差しをしているわ。嫌っているのね、私のことを)


 そんなオーロラは、偶然にアンディと話すことがあった。


 子供達のお茶会でもマイペースに振るまい、飽きれば庭に出て本を読んでいる変わり者。


 人疲れしたオーロラが庭に出た時、そんな彼に気付いて思わず声をかけた。


「その本、面白いの?」


 彼は突然現れた人物に驚きもせず、ただ少し考えてから返答をする。


「う~ん、どうだろ? 魔法の本は理論だから、面白いとかより暗記しているに近いからな。面白くはないな」


「そうなの? 真面目なのね」


「別にそんなんじゃない。どうせ、やんなきゃいけないなら、さっさと終わらせたいだけ」



 会話の際に少し顔を見た後は、視線を本に戻す彼。

 でもそれは、嘲りも何もない普通の会話で、とても心地が良かった。



 木にもたれかかり足を投げ出した気の抜けた姿と、緑の癖っ毛で、猫のようなややつり上がった目の美しい少年だった。


 その自然体な彼を、好ましいと思ってしまった。



◇◇◇

 その後にミュータルテに、このことを相談したオーロラ。

「美しいオーロラとの婚約なら、きっと相手も喜ぶだろう」

「そうだったら……嬉しいな」


 頬を染める彼女を愛おしく思う四人は、当然この申し出を受け入れられると思っていた。



 ミュータルテはメルダと相談し、ニフラン侯爵家当主トリニーズと妻フランベス、アンディを登城させることに。


 そして…………。


「土魔法なんてダサイわね。でも貴方、顔が良いから選んであげるわ」何て言うものだから、ニフラン一家は青筋を浮かべることに。



 人の悪意から逃れるように守られていたオーロラは、緊張のあまり居丈高に振る舞った。

 本当は人馴れしてなくて(心の中で)オタオタしていた、ただのツンデレ体質だったのだが。



 そこでトリニーズが、「大変ありがたいことですが、私と同じ学問肌の息子には荷が重いです。人前が苦手ですので、王女殿下の婚約者は無理でしょう。慎んで辞退をさせて頂きたく思います」と断りを入れた。



 たいした役職(歴史変遷部署)じゃないのに、たかが侯爵の次男との婚約を断るとは! とお怒りのミュータルテだが、歴史変遷部署は超貴重な書物を預かる文書課だ。  

 知識然り古い文献の取り扱い方法然りの、歴史を綴る責任重大な部署なのに。


 権力があっても、アホには入れない特殊なところなのは、普通の貴族なら当然知っていたのだが。



 婉曲に断られ、失望と羞恥と屈辱と、娘が哀れなのとがごっちゃになって、やらかしたミュータルテ達。


「美しいこの国の王女の私が求婚しているのに! この愚か者めが!」


「本当に愚かですわね、ニフラン侯爵家は」


「ワシの娘が気に入らんとは、なんたる不敬。後で吠え面をかくことになるぞ。愚者めが!」



 アンディとトリニーズ、フレンベスは頭を下げながら怒りを堪えて退場。


 内密なお茶会での出来事だった為、周囲には知られなかったのだけが救い。さすがにこの話が漏れたなら、すぐに犯人が特定されるので、黙っていたようだ。



 それでも初恋は捨てきれず、両親に願ってしまったオーロラ。なまじ中途半端に権力があり、大事になっていく。



 その後にミュータルテは、ニフラン侯爵領の税金を倍額にして宰相に怒られたり、そのせいでアンディ製の魔道具のランプの値段を吹っ掛けられたり散々な結果に。


 その上アンディに嫌われたオーロラは、飛び級で彼に卒業され、学園でも社交でも会えなくなるのだった。


「素直にならなかった私が悪いのね。それにしたって、飛び級って何? そんなの普通にできることなの!?」


 出来ないんだな、普通は。

 まあ、アンディは普通じゃないから。



 そんな初恋に破れていた頃、オーロラは核心的な話を耳にするのだ。



 

◇◇◇

「聞きまして、マーレフ様。オーロラ様は、本当の王女ではないと言う噂ですのよ」 


「まあ! 嘘でしょう。そんなこと……」


「でも私も、聞いたことがありましてよ。私の兄がオーロラ様に焦がれ、父に婚約したいと言ったことがありましたの」


「あらっ。けれどそんなお話は聞きませんわね」


「ええ、父が却下致しましたから」


「お兄様は納得されたのですか?」


「始めは渋りましたけれど、「王妃と愛人との不貞の子かもしれない。もしそうだった場合、お前も我が家もただでは済まんのだぞ!」と、怒鳴り付けられ諦めたようです」


「そうですか。それは大変でしたわね」


「ええ、とても。今は立ち直りましたが、かなり落ち込んでおりましたから」


「それはお辛かったですわね」


「お気遣い、ありがとうございます。でも私は、そうでもありませんでしたわ。けれど……国王様と王妃様の愛人は、とてもよく似ているのだそうです。まるで最初から隠ぺいありきのようだと、父が嘆いておりました。


 正式な王女だと確認できれば、婚約を祝福できたのにと」


「そうですね。でも誰も、最高権力者に親子の鑑定をしろなんて、言えませんものね。不敬と言われ、捕らえられてしまいますわ」


「そうなのです。ハッキリさせれば良いのに」


「あの美しさがあれば、何処へでも嫁げるでしょうに。王族でなければ、愛人の子でもさほど問題もないでしょう? 家の支えが付いてくれば良いのですから」


「本当ですわ。王族でさえなければ、ねえ」


 なんて話を形を変えて、こっそり話しているところを聞き。





 またあるところでは、アンディが王女との婚約から逃げたくて、飛び級までして卒業したと囁かれていた。


 どの話もオーロラがいないところで話されていたが、特にヒソヒソする様子もなく、聞こえても良いような状態だった。

 当然のように、彼女がその場に訪れると話は止むから注意もできない。


 そもそも王宮では家族に守られていた彼女は、旨味がないと思われ、碌な側近もいない状態で通学していた為、誰も彼女を庇ってはくれなかった。護衛はいても学園での表現は平等と言われている為、口を出すことは出来ない。物理で危害がなければ。



 気持ちを顔に出さない訓練はできていたので、何でもないように振る舞うオーロラ。けれど相手を詰問するまでには到らない。

 だっていくら迫力のあるキツそうな美人でも、心は傷付きまくりの幼子のようなものだから。登校だけで精一杯だった。


 王宮でも学園でも噂を聞き、彼女も自分の出自が不安だった。


 ただ学園での噂は信憑性がなく、美しくて権力のある王女に対しての鬱憤ばらしだった。学園は婚約者を見つける場所でもあったから、なるべく高位の令息と縁付けるようにライバルを減らす目的もあった。


 そんな噂をする女性に男性が惹かれないのを、若い彼女達は知りもしないのだが。




◇◇◇

 しかしとうとう、父と母が話すのを聞いてしまった。


「不義の子である、あの子が不憫だ。けれど原因は私達にあるから、必ず幸せにしよう」


「はい……ごめんなさい、旦那様……うっ」



 そのような話を聞いてしまえば、もう疑いようもなかった。


 侍女もメイドも、ただ意地悪で嘘を話しているだけだと思っていた。けれど本当のことだったのだと。


 両親の側近だと言うヒスイとパールも、年齢や髪色、髪型も違うからよく顔を見たこともなかったが、確かに似ている気がした。


 両親の事情はよく分からないけれど、ヒスイが父であることだけは事実なのだろう。



「噂は本当だったのね……私は王女なんかじゃない………あぁ、誰か、助けて、ふぁ、ぐすっ、ああ……」


 高等部の卒業まで3か月を残し、オーロラはその日から自室に引き籠った。後に卒業だけはできたと連絡が来たが、どうでも良いことだった。


 ただ食事し、入浴を援助され、眠る日々。

 心のうちを誰にも見せず、「学校に行くのが面倒になった、社交が面倒になった」と言うだけで、誰を責めることもなかった。


 そうして数年が経った頃、王宮の図書館に通う日々が続いた。


「王籍は何れ抜いて貰おう。そして誰も知らない場所で生きていけるように、知識を付けよう」


 そんな風に思いながら生きていた。


 両親を宛に出来ないアルリビドは、自分の配下から護衛と侍女を付け、密かに妹を守っていた。

 彼女の世話を放置したり、悪意を囁く者を排除し、彼なりに妹のことを気にかけていたのだ。



 ミュータルテはアルリビドが見ても分かるほど、精神的に不安定だったが、誰の助言も聞き入れないくらい殻にこもってしまった。

 息子の意見さえも即座に否定するほどに。

 そして政治の腐敗が、どんどん進んで行くことにも繋がっていた。

 その要因の一つが、オーロラを守る為の行動だったが、その時のアルリビドはまだ知るよしもない時期だった。




◇◇◇

 何も言い出せないままオーロラは城で過ごし、一時は姿を見せないことで死亡説も浮上していた。


「もうかなり結婚の適齢期も過ぎたことだし、籍を抜いて貰おう。一人だけで生きてみたいと言おう」


 我が儘のように思われても良いから、そう伝えようとしていた時に、城内が慌ただしくなり始めた。


 そうして数年が経ち、兄アルリビドが国王となり、両親は死罪となった。そしてオーロラは修道院へ入ることになった。


 出自を知ってからずっと不安だったし、自分が穢れている存在だと感じていた。だから王籍を抜かれても、何とも思わなかった。




 けれどお母様とお父様(と言っていいのかしら?)が、亡くなった時は、置いていかれたことがショックで、辛くて部屋でずっと泣いていた。


 私も死にたいと思ったけれど、自分で手を下すこともできず、結局は修道院に送られることになった。


 最初は愛していた両親が死んだことで、絶望していた。血の繋がりなど関係なく、自分は彼らを愛していたことを、亡くなった後に気付いたからだ。


 自分が本当の娘だったら、「王家の毒杯を希望します」と言って、過去に税金で贅沢した罪を償い、すぐに後を追いたかった。

 けれど調査をされ、愛人の子であることは知られているから、無理も言えなかった。

 自死する勇気もなかった。


 

 けれど修道院へ送られたことで、自分が描いていた夢の生活ができるようになったのだ。


 オーロラが当初に落ち込んでいたのは、修道院へ来たことではなく、両親が亡くなったことだと気付いたのは、先輩修道女のドランだった。


 アルリビドの手の者から情報を聞いて、どんなに我が儘な者が来るか想像していたが、肩透かしだった。


 ミュータルテ達に囲まれて育ったオーロラのことは、アルリビドも成長するまでは深く知らなかった。ただ両親の愛と関心を一身に受け、嫉妬していたから。


 彼が彼女のことを知り始めたのは、自らの護衛や侍女を付け始めた頃からなのだ。

 ある意味嫉妬の対象だった為、あまり近くにいなかったことで全うに育ち、周囲から大事にされたのだから、人生は分からないものである。


 そんなかれらの情報は、あまり宛にならなかったと後に語るドラン。


 ただ寄付金を払ったことでここに入れたので、まあ良かった方なのだろう。この修道院は高位貴族が入るような立派な者ではないが、暖かな土地で人間関係も比較的良いと、密偵から報告があった場所だ。


 王籍を抜かれたオーロラも、気にせずに過ごせるだろう。


 オーロラを教育するドランはと言えば、跡取り娘として育ったが後妻の娘に婚約者を取られ、実父より生家からうんと離れたこの地に送られた。国の端から端である。


 教育を受けた娘がここにいて、能力のぱっとしない頼りない婿と我が儘娘(異母妹)に食い荒らされて、生家が没落したと聞いたのは、10年しないうちだった。


「せめて優秀な子を養子にして継がせれば、若しくは優秀な婿でも取れば、没落なんてあの土地でしない筈なのに。ある意味不可能を可能にした訳ね。すごいわ!」


 そんな悲しみも湧かない冷めたドランだった。5才から蔑ろにされてきたら、たぶんみんなそうなるだろう。

 彼女はもう、結婚に夢をみていない。もし結婚相手と相思相愛だとしても、子供を生んでから自分が死んで、その子が自分みたいになったら、成仏もできないと想像していたから。



 そんな彼女ですら、オーロラが不憫だと泣いたのだ。

 

「もう本当、駄目親。ある意味甘やかすだけで教育放棄だし、結局出自も告げないで死刑になるし、最悪よ。学校も城の連中も、彼女の立場になって、苦しんでみれば良いのよ。ムカつくわ!」


 そんな彼女だから、全面的にオーロラの味方だった。彼女はその熱い性格でこの修道院の中心だったから、逆らう者もいない。と言うか、みんな不遇な環境で育っていたから、感情移入も半端なかった。


 それには人の感情の機微に敏感な彼女オーロラも、心を許し次第に元気になっていったのだ。


 まだ30歳前の美しい彼女なら、ここから還俗して結婚も余裕で出来ると思うのだが、どうやらその気もないようで。

 兄であるアルリビドもここに閉じ込める気はなく、平民にはなるが、自由に生きて良いと伝えているのだが。



「私はここが好きです。今度ここに来た方には、私が責任を持って教育しますわ」と言って、ズボンに履き替えて畑の芋掘りに行くのだから、みんなは微笑むだけだ。


「生まれる場所を間違えたんだね、オーロラは」


「そうね。こんなに畑仕事が似合うのだもの」


「そうでしょ? 私もそう思いますわ」


 豪快に笑って、茎や葉ごと芋を持ち上げるオーロラは、泥ホコリにまみれ、葉についている芋虫もへっちゃらだった。


「好きなように生きれば良いわ」


「オーロラの笑顔は素敵だもの」



 悪口のない心地好い会話の中、張り切るオーロラは幸せだった。望んでいた全てが手に入ったようで。



 それでも時々両親と、共に過ごした愛人だと言うパールとヒスイに、懐かしさを感じていた。


(私も愛されていたのよね。あの時間は嘘ではなかった)




◇◇◇

 そんな生活が数年経ち、面会に現れた顔を見て驚くことになる。


「な、亡くなったと聞きましたのに。生きていたのですね」


「すまなかったね、オーロラ。許してなんて言わないよ。けれどお前には、事実を話そうと思って来たんだよ」


「ごめんなさいね、オーロラ。全てはお母様の弱さのせいなの」


「お久し振りです。オーロラ様」


「お元気で良かった」



 面会室には少し目元が変わった両親と、両親の愛人とされていたパールとヒスイがいた。

 みんな泣きそうな表情で、こちらを見つめている。

 ずいぶんと日焼けした顔と、手も髪も荒れていて、平民のように手入れが行き届いていないようだった。


「国王の温情で、生きているんだ。ある任務を遂行した報酬だと言われたよ。ずいぶんと優しいだろう?」


 彼の傍には、姿を変えて来た国王になったアルリビドと、ずいぶんと成長したアンディもいた。

 会話は魔法で空間の遮断をして、外に漏れないようにしてくれたらしい。


 そこで今までの経緯を聞いて、私はやっと蚊帳の中へ入れて貰えた気がしたのだ。


 泣いて話す父と謝る母と、頭を下げ続けるパールとヒスイに私は微笑んで伝えた。


「もう良いんです。私は幸せだから謝らないで下さい。お父様とお母様、ヒスイさんとパールさんの方がずっと辛かったでしょう? だから許します。

 それにこの修道院にいる方の生い立ちを聞けば、私は愛されていた分幸せでした。ありがとうございます」


「ありがとうなんて、うわぁーーー」


「なんて優しいの。うぅっ、ああっ」


「オーロラ様ぁ、ぐっ、ふあぁ」


「っく、女神のようです。うっ」



「もう泣かないで下さい。それより頑張って、一国民として働いて貢献しましょう! ねっ」


「「「「はい。頑張って働きます!!!」」」」



 そう言うオーロラも、やっぱり涙が溢れて両親と抱き合っていた。本当の父親はヒスイかもしれないが、やっぱり自分の両親はミュータルテとメルダだと確信した彼女。それをミュータルテに伝えると、ミュータルテはことさら強く彼女を抱きしめて「ありがとう」と泣くのだった。


 アルリビドはオーロラと握手し、「立派な淑女になったね」と言葉を伝え、彼女も「ありがとうございます、国王様。国王様の働きぶりは、国の端であるここまで聞こえていました。これからも頑張って下さい。私も微力ながら努力しますから」と、微笑んだのだ。


 長い確執は驚くほどの早さで霧散していった。

 それはオーロラばかりでなく、実際に国王となって多くの問題と向き合い出したアルリビドも、平民として苦労を重ねたミュータルテとメルダも、少しずつ成長したせいなのだろう。



 この時ばかりはアンディも「頑張ってるみたいだね」と、声をかけた。オーロラはただただ「ありがとうございます。何とかやっています」と、素直に言葉を返したのだった。


 既にアンディへの恋心はなく、それは遠い追憶の彼方だったが、幼き時の自分が喜んでいる気がした。



 話を終えた後。

 ドランと院長に相談し、オーロラの収穫した芋をお土産として、少し分けて貰えることになった。


「良いんですか、院長? せっかくのお芋を?」


「良いのよ。その分、寄付金をガッパリ頂いたから! 問題なしよ」


「じゃあ、遠慮なく渡せます。みなさん少しずつですが、どうぞ食べて下さいね」


 そう言って、袋に入れた芋を一人一人に手渡していく。勿論、アルリビドとアンディにも。


「ありがとう、オーロラ。大事に食べるよ」

「ふふっ。普通の芋ですが、愛情は籠っていますから」


「植えて増やした方が良いのかしら? 勿体なくて」

「種芋じゃないから、食べてください。美味しいですよ」


「ありがとう! 皮まで食べるわ!」

「新じゃがなので、良いのかな? でも芽が出てきたら、必ず取って下さいね」

「分かったわ、ありがとう」


「ありがとうございます、オーロラ様」

「私にまで。感謝します」

「いいえ。お二人にはお世話になりました。感謝しています」


「そんなこと……ありがとうございます。うっ」

「ずっ、勿体ないお言葉です」


 パールとヒスイがまた泣いて、それをミュータルテとメルダが励ましていた。



「どうぞ、お持ち下さい。……お兄様」

「ありがとう。感謝して食べるとしよう」

 小声でそっと兄と告げると、アルリビドは微笑んで感謝を述べた。


「アンディ様も、どうぞ」

「ありがとう。今度お礼に、レラップ子爵領の作物を送るよ」

「え、レラップ子爵領のですか?」

「うん。僕の恋人の住んでるところなんだ。いろんな果物もなるすごい場所なんだよ」


「そうなんですね。みんなで楽しみに待っています」

「ああ。味は保証するよ」



 そんな感じで、面会は終了したのだった。




(みんなに会えて良かった。お父様とお母様、お兄様にも、パールとヒスイにも。アンディ様も、幸せそうだったわね。自死しないで良かった。みんな生きていて良かった。ああっ、ぐっす)


 無言で泣く彼女をドランは抱きしめた。いつもと違う幸福そうな涙に、彼女の気分も晴れやかになっていく。





◇◇◇

 もう会えないかと思ったオーロラと、ミュータルテとメルダだったが、ミュータルテ達がお金を貯めて魔法使いに空間転移で送って貰い、その半年後にも会えたのだった。


「いらっしゃい。ビックリしましたわ」

「ごめんね、急に。今回のお土産は魔獣の皮を鞣した毛布なの。大したものじゃなくて、ごめんなさいね」


「いいえ、嬉しいです。手作りなんて大変だったでしょ?」

「なんの。オーロラに使って貰えると思えば、頑張れたわ」

「まあ。ふふふっ」


「お、俺は魔獣肉の干物だ。みんなで食べてくれ」

「ありがとうございます。お肉大好きです」

「そうか、良かった。ぐすっ」


 オーロラはたくさんの出会いと、愛する家族の気持ちを胸に、今日も元気に笑って暮らしている。





 アンディは約束通り、梨と桃を山盛り大量に修道院へ送った。


「ちょっとオーロラ、すごい量の果物が届いたわよ。すごく美味しいわ」

「もう、ドランさん。既に食べてるなんて。どれどれ私も。まあ、美味しい!」


「みなさん。食べましょう!」

「「「「はーい。今行くわ~」」」」


「「「「まあ、美味しいわ!!! オーロラ、ありがとう」」」」

「いえいえ、私も頂いただけですから。でも、これならいつもより、美味しいジャムが出来そうですね」

「うん。絶対美味しいよ。何と言っても新鮮よ。どういう輸送方法なのかしら?」


「さあ? でも魔法が使える方なので、それも関係あるのかも?」

「まあ、どうでも良いわ。こんなに美味しいのだもの」

「近所に果物のまま配って、おすそわけね。それからジャムにする準備よ!」


「「「「了解です。ドランさん!!!」」」」




 レラップ子爵領から、空間転移で果物を送ったアンディは、メモだけを残して修道院の庭に置いて来たのだった。


 その後修道院から、お礼にとジャムが送られて来た。

 修道院には秘伝のレシピがあるようで、その旨さにみんなが舌を巻いた。


「美味しいですね。アンディ」

「そうだね、メロウ」


 アズメロウが喜んだので、「よし! 来年も送ろう」と思ったアンディ。アズメロウだけでなく、みんなも喜んだのだけど、それは目に入っていないようで。



 少しずつ、オーロラの世界は広がっているようだ。




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