第17話 アンディとアズメロウ

 今日はアズメロウが休日だったので、彼女とアンディは、以前から約束していた湖へ遊びに来ていた。


 開拓されていない場所が多い、広大なレラップ領には大きな湖(琵琶湖くらいの)がある。

 以前に洪水対策用に作った川と繋がる、ダムのような物(見た目は普通の湖)だった。

 その周囲は、水だけに作用する魔法がかけられており、水位が上がっても障壁に囲われたまま外に盛れ出すことがない。


 但し普段は普通の川と同じで、流れは塞き止められることなく、川のせせらぎは穏やかだが。


 湖を平皿にたとえるなら、その皿は目には見えない透明の深い鉢やボウルに入っているようなものである。

 二度と被害を起こさないように、綿密な土台作りと堅牢な魔法がけの二重構造になっていた。



 そこに泳ぐ川魚は多く、時々子供達の魔法練習で作られた巨大魚(食用可の鑑定済み)もいるが、概ね穏やかである。

 何しろ川と繋がっているので、ここで育った川魚も下流に流れていくが、餌は小さな川魚の時と同じで済むので、生態系にも影響しない。

 ただ魔力によって作られた為、空気中の魔素を吸収しているので、厳密に言えば魔物に区分されるだろう。


 あくまでも人体に影響はない(念の為)。




◇◇◇

 そんな二人は湖周囲にある草の上にシートを敷いて座り、穏やかな湖面を見ていた。時々魚が飛び上がり、鳥達も優雅に泳いでいる。



 周囲の木々は紅葉になりつつあるが、小春日和の今日はのどかで、小鳥のさえずりだけが聞こえていた。



 食後の紅茶を飲んだ後、アズメロウに膝枕されてご機嫌なアンディは、瞼を閉じながら囁いた。



「ねえ、メロウ? そろそろ結婚しない?」


 いつも通り直球のアンディは、言葉の後に彼女の顔を見上げた。

 返事はなく、少し戸惑っている様子だった。


「こんなこと絶対思いたくないけど、僕のこと嫌い?」


 アズメロウは目を見開いて、「まさか! そんなことある訳ないわ」と、彼を見つめた。


 だとすれば、懸念は一つしかない。

(年齢のことかな? そんなこと気にしなくて良いのに)



 アンディはそう思っていても、アズメロウにとっては重要なことだった。確かに子のいない夫婦だっているが、アンディは8つも年下なのだ。優秀な彼ならば多くの女性から望まれ、自分アズメロウを選ばなければそのうち子もできるだろう。


 自分といれば、それが望めないかもしれないのだ。

 彼のことを思うと、そのまま結婚して良いのか迷っていたのだ。


「ねえ、アンディ。私ね、貴方に後悔させたくないの。私だって貴方の子供を生みたいわ。けれどこの年齢だから不妊かもしれないし、出産しても体が耐えきれず、亡くなってしまうかもしれない。

 そんな苦労をさせたくないの」


 辛そうな告白だったのに、アンディは嬉しそうに彼女に抱きついた。


「ああ、さすがメロウだ。そんなに熱烈に愛を返してくれるなんて! 僕の子が生みたいなんて。すごく嬉しい!」


(あれ? 話が噛み合っていないわ?)


 なんてことを考えているうちに、アズメロウの唇にアンディの唇が優しく重なった。


「あのね、アンディ?」

「大好きだよ、メロウ。それに肉体年齢のことなら大丈夫さ。君とキスする度に、僕の魔力を循環させているから、今の肉体年齢は20代後半くらいになってるよ。

 だからその理由だったら、絶対離してあげられないよ。ハハハッ」


 一瞬、何を言っているのかとキョトンとするアズメロウだが、何となく府に落ちることがあった。


「まさか! お肌の張りが良かったのは、貴方のお陰だったの?」


 何となく以前より肌や髪に艶があり、疲れが早く回復する等、調子が良くなることが多かったのだ。

 男爵家にいた環境が酷すぎて、やっと回復してきたのかと思っていたが、それにしても限度がある。


 同年代と比べても若いと言われていたし、最近はラミュレンと姉妹だと言われたこともあるので、お世辞にしてもちょっと変だなとは思っていたのだ。



 百面相するアズメロウに、楽しそうに話しかけるアンディ。

「魔法使いはね。魔法を錬成する時、瞬時に呪文の詠唱して魔力を乗せるんだ。それとは別に頭の中で演算して、無詠唱と呼ばれる使い方もできる。

 何れにしても20歳前後の、肉体がピークの年齢(特に脳)でいるのが好まれるんだ。


 魔力を循環させてそれを可能にし、魔力操作によりそれを他者にも行えるんだ。

 さすがに土魔法では他者への干渉は難しいけれど、僕って全属性が使えるから、おちゃのこサイサイなのさ」



 驚きが止まらないアズメロウは、口をポカンと開けて「全属性なんて、そんなことあるの?」と、アンディをマジマジと見ていた。


「そんな訳で僕の魔力は、3年前に付き合い始めた時からメロウに馴染ませているから、リュミアンを生んだ時と同じくらいまで戻っている筈だよ。

 僕は魔力が莫大にあるから、こんなことも出来るけれど、勝手にして嫌だった? 怒ってる?」


 いつもとは違い、ちょっと俯きながら話すアンディの口調は、自信なさげに聞こえた。


 アンディはもう、アズメロウが大好きなので、嫌われることに耐えられない。返答次第では自己消滅の術を、自身にかけてしまいそうだ。


 そんなアンディの耳元に、震えるような彼女の言葉が囁かれた。


「怒る訳ないわ。……だって私も、貴方のことが好きだもの。もし本当に貴方が私から離れて、若い子と結婚したら、きっと泣いて立ち上がれないわ。

 ずっと傍で支えてくれたアンディが、とっても大事なの。…………ずっと傍にいてくれるの?」


 その刹那、強くアズメロウを抱きしめるアンディは、目に涙を滲ませていた。


「当たり前だろう。僕はメロウしかいらないんだ。もしこれからも子供が出来なくたって、何も変わらないよ。逆に、何人子が生まれてもそれは同じ。

 一番はいつも君で、子供達の順位はそれ以下だ。

 年齢だってそうさ。もし僕が魔法なんて使えなくても、僕が70歳で君が78歳になった時に、違いなんてないと思うよ。下手をすれば僕がつるっ剥げになって、メロウの方が若々しいかもしれないし。

 

 誰もが歳を経る。僕は君が、辛くても諦めずに生きてきた日々が愛おしいよ。その出来事が含まれている日々がなくなって若返えったとしたら、もうそれは僕の好きな君じゃないと思う。


 今の君だから、愛しているんだ。

 だから、ずっと傍にいて。君じゃなきゃ嫌なんだ」




 その告白にアズメロウは、「ありがとう、アンディ。私も愛してるわ」と呟いてプロポーズに応じ、彼の腕の中でその体温に包まれながら、暫く泣いたのだった。




◇◇◇

 その後。

 彼らのピクニックを覗いていたステアー、ダリヤ、リラ、クルミは、涙ぐみながらその場を去り、周囲にこの告白を伝えた。


「とうとうアンディ先生がアズメロウさんに告白して、結婚が決まりました。こっそりお祝いの準備を始めませんか?」


 一番弟子のステアーがそう言うと、ジョニーとモモは抱き合って喜んだ。


「やっと幸せを掴んだのね。……良かったわ。ねえ、ジョニー」

「ああ、本当にな。少々癖のある彼だが、アズメロウのことは、大事にしてくれるだろう」


「私、ウエディングドレスを作るわ」

 モモがそう言えば、ジョニーの親友メルクラスの妻ダイナと、メルクラスの子供(アダマント、ギガンス、ダクトル)達の妻と、ジョニーの旧友で戦友の辺境伯ダグラスとその部下グリーンの妻達も協力すると申し出た。



「アズメロウちゃんは領地の借金のせいで、一度目の結婚では不幸にさせてしまったわ。その償いの為にも協力させて!」

「そうよ。私達に力がないばかりに。碌な情報も入手出来ず、10年も耐えさせてしまったのだもの」


「私はアズメロウさんに、ずっと憧れていました。洪水の被害から復興し、ダクトル様と幸せに暮らせるのも、アズメロウさんのお陰ですから!」



 ダグラスとグリーンの妻も、アズメロウには頭が上がらないと言う。


「辺境伯の妻である私も、ずっと苦しかったの。辺境伯家にもっと力があれば。いえ、私の生家に資金力があれば、あんな目に会わすこともなかったのよ。だから力にならせて! ずっと後悔していたのよ」


「私もそうです。ジョニー様は、戦地で夫を守って頂いた命の恩人です。その恩をずっと返せぬままでございました。それなのに、娘さんまで犠牲になってしまって。今こそ、助力させて下さい!」



「みんな、そんな風に思ってくれていたのか。不甲斐ない俺が悪いせいなのに……。くっ、ありがとう」


「アズメロウの為に、こんなにたくさんの方がお手伝いをして下さるなんて。なんて幸せな子でしょう。感謝いたします。ありがとうございます」



 この他にも人情家のジョニーとモモの周囲には、多くの祝福と人々が集まった。そればかりではなく、アズメロウは子供達の教師として慕われ、アンディは言わずもがな魔法の教師として、大人にも子供にも関わっている。

 魔法の方は触りだけで、ステアー達が後のことを引き受けているとしても、大魔法使いがいるだけで心は弾むと言うものである。


 

 そんな訳で、レラップ領ではあくまでもアンディ達の前では知らないていで、準備が進められていく。


 その後にニフラン領にもその話が伝わり、アンディの父トリニーズ、母フレンベス、兄ブランシュ、姉ビルランジェは、喜びを顕にした。


 アンディの家族は、アズメロウの過去のことも知った上で、ずっと二人を見守っていたから。


 ビルランジェの夫、現宰相のジョルテニアもその報告に、「やっとうまくいったか。あいついつもは大胆なのに、自分のことにはずいぶんと遠回りしたな」と笑い、隣にいたアルリビドも良かったなと微笑んだのだ。


 ブランシュの妻、ゲーテは、子供達と木登りしてリンゴを齧っているところでその話を聞き、娘と息子達に「リンゴのケーキを作って、プレゼントしようか?」と提案した。


 ご存じのとおり、アンディがレラップ子爵領で品種改良したリンゴは、糖度50%で非常に甘い果物だ。けれど甘いだけではなく、爽やかな酸味と瑞々しさも兼ね備えていた。


 そんなリンゴの木の数本を、ニフラン邸に移植して丸齧りしていたお転婆ゲーテと子供達は、ブランシュの提案でウェディングケーキを担当することになった。



「ええっ。ウェディングケーキを私達が? そんな重大な物を作れと言うの?」

「良いんだよ、気持ちがこもっていれば。それにリンゴ自体が美味しいのだから、きっと美味しく出来るよ。君の料理は何でも美味しいからね♡」


「まあ、ブランシュったら。じゃあ、頑張っちゃおうかな! 貴方の為にも♡」



 子供達の前で惚気る父と母に、砂を吐く子供達。

 そんな子供達も面白いアンディが好きだから、「まあやってやるか! コロネ」「そうね、クロッサ。どうせなら、見た目も完璧にしよう!」「そうだね。そのあたりは知人に相談してみるか」なんて感じで進んで言った。


 その際に相談したのが、支店を出す為にこの国に訪れていたプリング和菓子店の会長の娘、ソフトナだ。クロッサはその店の常連となり、友人のような気軽な会話をする仲になっていた。


「私は和菓子も得意だけど、洋菓子も得意よ。一から仕込んであげるから、覚悟しなさい! その代わり、この蜜リンゴの取り引きをうちの商会としてね。貴重な物らしいから少量で良いから。よろしくね!」


「う、う~ん。まあ、相談してみるよ。上の人が(アンディさんが)どう判断するのか、ちょっと想像できないんだ」

「そうなんだ。でも信じてるよ、クロッサ」

「う、うん♡(出来れば僕も期待に応えたいよ~)」



 そんなクロッサの裏事業は置いておくとして。後にレラップ子爵領で行われた結婚式では、10段重ねの大きくて美味しそうに飾り付けられたウェディングケーキが、食用の花で装飾されて、とても綺麗で多くの人の目を惹いた。

 そして美味しいもの大好きなアズメロウは、ケーキを口に含んだ途端、「美味しいわ、とっても。アンディも食べてみて、あ~ん」と、いつも通り出席者の前でやらかしてしまう。


 ケーキに夢中で周囲の反応に気付かない彼女に、アンディが唇に指を当てて「しー(お静かに)」とみんなにアピールすれば盛大にみんなが頷き、滞りなく式は進んでいくことになるのだった。


 あっさりと「美味しいね、メロウ。これならリンゴを売ってあげても良いかもね」と、機嫌が良くなった彼により、ソフトナとの取り引きも開始され、それにはクロッサもソフトナも喜び勇んだと言う。



「ありがとう、クロッサ。貴方のお陰よ!」

「い、いや~。取りあえず良かったよ。ハハハッ」


 手を握られて頬を緩ませるクロッサと、野心に燃えるソフトナ。

 その後レラップ子爵領のリンゴスイーツは、世界中で大人気となり、レラップ子爵領の作物も脚光を浴びるのだった。


 一気に有名になった作物は、形の崩れた物も売れることで、レラップ子爵領の民は喜んだ。これによりまた少し、経済が潤うことに繋がるのだった。




◇◇◇

 話はまた戻り。

 アンディとアズメロウは、結婚の話を誰からしようかと相談していた。


「まずはアンディのご家族からよね。それから私に家にも来て貰える? って言うか、アンディはいつもレラップ子爵領にいるから、タイミングだけ合わせれば、いつでも会えるわね。ふふっ」


「そうだね。もう今すぐ言ってしまいたいけれど、まずは僕の家からが良いんだね。分かったよ」


 微笑む二人の周囲は暖かく、肌寒くなってきた季節とは逆行しているかのようだった。



 あのプロポーズの後から、二人の心は幸せに満たされていた。結婚を焦ることもないので、暢気に蜜月を過ごす間に、周囲は結婚準備を進めていく。


「急げ、急げ!」

「食事の手配は? 教会の方はどう?」


「食事の準備は、レラップ子爵領の女性陣がメニューを考えておる。もう暖かい時期になったし、式は屋外で行おう。誓いを見届けたら、庭園に移動してパーティーだな。

 参加人数は多くても良いように、料理はたーんと準備しよう」


「了解ですわ、ジョニー様。退場の際のフラワーシャワーはどうしますか?」

「それは魔法使いにお任せ下さい。優雅な花のカーテンでお二人をお飾りしますわ」


 そう言うのはダリヤ、リラ、クルミの魔法使い3人娘だ。ステアーが式の進行をする為、彼女達が裏方で活躍する役を引き受けた。


「ですから、花嫁のブーケは是非私に」

「いいえ、わたしよ」

「ちょっと待って。ワタクシが一番年上ですわよ」


 いつもの小競り合いに、苦笑いのステアー。

「裏方は、ブーケ貰いに前に出られないでしょ? 欲しいのなら後でみんなにプレゼントするから、喧嘩しないで」


「「「えー、ステアー様が! 嬉しいです!!!」」」



 ステアーは、花嫁のブーケの重要性を知らなかった。

 幸せな花嫁のブーケを貰えば、次の花嫁になれると言う。


 そう花嫁のブーケは、ただの花束ではないのだが……。

 

 それでも3人は花嫁のブーケより、ステアーのくれる花束を喜ぶのだった。



 ダリヤは9歳、リラは10歳、クルミは11歳で、ステアーは18歳である。まだまだ若い彼らの関係は、恋愛にも発展していなかった。


 やっと国内も安定し、レラップ子爵領も発展しつつある現状だから、これからゆっくり歩むのも悪くない。




◇◇◇

 そんなこんなで無事に両家の挨拶も済み、一先ず落ち着いたアンディとアズメロウ。


 今日は両家の顔合わせで、レラップ子爵邸に親族が集まって会食していた。

 穏やかに進んだ会食で少し飲み過ぎたジョニーは、口を滑らせた。


「なあ、アンディ。いつ式を挙げるつもりだ。お前達の気持ち次第で、すぐに人は集められるぞ。もう明日でも、いやそれじゃあ早過ぎか。あはははっ」



 普通ならば式の準備には、平民だとて半年はかかるのだが、「こんなこともあろうかと、準備をしてきたのだ」とジョニーが言うと、同じくらい嬉しくて呑んじゃったトリニーズも「そうなのだよ、アンディ。3日あれば、準備ができるぞ。くふふっ」と、言葉を重ねた。



「3日なんて嘘でしょ? もしかして……僕がプロポーズしたことを、みんな知ってたの?」


 ジト目のアンディに正面切って言われたジョニーは、嘘など付けなかった。そして丁度ジョニーの横に立っているトリニーズも、善良(単純)過ぎて、いろいろ騙されていた過去がある。うまい言い逃れなんて無理だった。


「実はステアー達が、二人のプロポーズを偶然見ていたんだ。だから密かに、みんなで準備していたんだよ」


 あっさり白状するジョニーに、もう黙っていらてないトリニーズ。


「実はもう、いつでも結婚式は挙げられるのだ。料理の準備さえ済めば、アズメロウのドレスもアンディの礼服も完成しておる」


 酔いに任せて喋りまくる父二人は、嬉しくて仕方なかった。本当はきちんとした場で伝える筈だった為、その妻達や子供達、孫達は仕方ないねと笑うしかなかった。



「もう、お祖父様ったら。でもこんなに嬉しそうな顔は、久し振りに見ますわ。よっぽど嬉しいのでしょうね」


「孫にこう言われて庇われるなんて。でも、本当に良い顔ですね。まるで子供みたい」



 

 そんな父達を他所に、理解が追い付かない当事者二人アンディとアズメロウ


「嘘でしょ?」と頬を染めるアズメロウに、アンディは目を見開いて「本当に? う、嬉しい!」と、珍しく喜色満面だった。


 アンディからすれば式なんていらないから、早く結婚したい。けれどアズメロウのことを思えば、立派な式を挙げてあげたいとの気持ちがせめぎ合っていた。

(準備には、半年くらいはかかるだろうな。でもずっと待ったんだから、そのくらい待てるよ) 



 なんて考えていたことが、勝手に解消したのだから。


 覗き見を怒るどころか、「でかしたぞ、ステアー!」と褒めたい思いだった。


 アンディはアズメロウに向き直り、「ねえ、メロウ。結婚式なんだけど、一週間後でも良いのだろうか?」と、声をかけた。


 アズメロウはまだまだ先だと思っていたことが、一週間後に迫り動揺した。したのだが、アンディの幸せそうな顔を見ると、嫌とは言えなかった。


 だって嫌じゃないもの。ずっと傍にいたいと願っていたのだから。


「私はいつでも良いわ。でも準備が大変じゃないかしら?」

「そんなの、きっと大丈夫だよ。何かあれば、僕も手伝うし……良いの?」


 アズメロウはアンディを見つめて、ゆっくり頷く。

 そして…………「待たせてごめんなさいね。私も早く結婚したいわ」と言い終わらないうちに、アンディは彼女をお姫様のように抱っこした。


「ありがとう、メロウ。愛しい人。もう離さないよ」


 そんな台詞が出たと同時に、外に走った彼は、空中に舞い上がっていた。


 アンディは上空から、レラップ子爵領のみんなに感謝を述べた。

「みんな、ありがとう。僕もメロウも、レラップ子爵領で暮らせて幸せです。いつまでもよろしくね」



 その様子に、声が聞こえた者達は手を振り、「おめでとうございます、アンディさん、アズメロウさん」と、祝福したのだった。





◇◇◇

 丁度今の季節は、アンディがアズメロウにプロポーズしてから半年が経っていた。季節は春になり、大地には花が咲き乱れており、鳥達も恋の季節で大いに囀っていた。

 吹く風も暖かく、気分も高揚するそんな良き日であった。



「綺麗よ、アズメロウ。本当に幸せそうな花嫁さんで、母様も嬉しいわ」

「ありがとう、お母様。私は幸せです」


 モモや親族達で仕立てた純白のウェディングドレスは、アズメロウの可愛いらしさに合う、レースをふんだんに取り入れたふんわりした印象だった。

 それには「メロウの肌を見せたくない」と言う、アンディの要望で、一部レースを足された箇所があるのだが、それを彼女アズメロウは知らない。



 アズメロウはこれからもアンディと共に、レラップ子爵領に住む。今度の結婚はいつでも帰って来られる距離だ。

 新婚が住むのは、アンディが以前から建築していた二階建ての白壁の住居。部屋数も多いので、客も泊まれる仕様だった。




 バージンロードを歩き出すアズメロウの傍らには、ジョニーが涙を堪えられず声をかけていた。


「アズメロウ……本当に素敵だよ。でもな、結婚はいろんなことがある。もし辛いことがあれば、今度こそ、頼っておくれ。アンディは良い奴だけど、それでも喧嘩することもあるだろう。愚痴だけでも聞かせておくれ」


 そんなジョニーに、親族達も式に参加している人々も、「しょうがないわね」と微笑んでいた。


「ありがとうございます、お父様。私はお父様の娘で幸せです」

 そう言ってアズメロウは、ジョニーに頭を下げたのだ。



 もう数歩先には、アンディがアズメロウを待っている場所に着く。


 アンディはジョニーの言葉に怒ったりしない。それだけアズメロウのことを大事にしていると、知っているからだ。


「お義父さん。アズメロウは僕の命より大切にします。傷付けたりしないと誓います」


 そう言われて、ますます涙が溢れるジョニーは、「頼んだよ。大事な娘なんだ」と、頭を下げてアズメロウを彼に託した。アンディは頷き、必ず幸せにしますと告げ、アズメロウと共に神父の前に移動していく。



 神父は彼らに問う。

「病める時も健やかなる時も、富める時も貧しい時も、喜びの時も悲しみの時も、互いに愛し、敬い、支え合うことを誓いますか?」



「はい、誓います」

「私も誓います」


 見つめ合う二人は誓いの口づけを交わし、正式の夫婦になった。


 盛大な拍手と共に、魔法使い3人娘のフラワーシャワーが会場に降り注ぐ。


 桃色の花の道を歩く白い衣装の新郎新婦は、微笑みを絶やさずに手を振って感謝を述べていく。




 その後は衣装を簡易な物に着替え、庭園でパーティーとなる。


 アズメロウは食べるのが大好きなので、夫婦でウェディングケーキに入刀した後、ケーキを美味しく頬張り満面の笑みを浮かべた。

 その後も食事も味わいながら、参加者と共に会話を楽しんだのだ。



「「「「おめでとうございます。アンディさん、アズメロウさん!!!」」」」


「ありがとうございます。感謝します」

「急な式だったのに、来てくださって嬉しいです」


 ワイワイガヤガヤと、賑やかに会話が続く。

 結婚式を挙げても周囲の対応はいつもと同じで、幸せな空気は変わらない。


「ああ、幸せだわ。私はここでアンディと生きていくのね」

 噛み締めるように呟くアズメロウに手を重ね、「二人で一緒なら、もっと幸せになるよ」と、アンディは指先にキスをする。


「きっとそうね。アンディがいるのだもの」

「うん、僕頑張る。メロウに嫌われないように」



 もうすぐ夕日が沈むから、パーティーはこれでお開きだ。アンディと手を繋いだままのアズメロウは、親族に感謝を述べてから、その場を後にして新居に向かう。


「メロウ、空間転移で新居に移動するよ」

「ええ、分かったわ」


 子供のように嬉しそうに、その場から消えるアンディ。



「アンディは変わったな。勿論、良い意味で」

「彼を変えたのは、アズメロウさんだね」


「彼は彼女からいろんなことを知って、考えて行動して。人の気持ちを考えられるようになったみたいだ」

「ある意味、アズメロウが最強かもな?」


「それは違いない。アンディ一人で国を破壊も支配も出来るのに、そんなことは歯牙にもかけないくらい幸せなんだろうから」

「人の幸福って、地位じゃないんだね」




 そんな風に会話をしている中で、変装して式に参加していたアルリビドは少し複雑だった。


「アンディは幸せを掴んだみたいだね。私は権力を持った責任を取る為に、これから頑張らないと」


 そんなアルリビドにトリニーズは、「私達もご助力します。そんなに苦しそうな顔はしないで、ゆっくり進みましょう」と声をかけた。


「ありがとうございます、トリニーズ殿。良き日に暗い顔をしてすみません。何だか羨ましくなってしまった」


「そんな時もありますよ。貴方はよくやっています」




 粗方の悪人は断罪したが、何もせずに維持できる程、国政は甘くない。常に目を光らせて国内外に危険がないように、災害に対応できるように尽力する必要がある。


 両親達のやらかしで、アルリビドが女性関係や宝飾品に溺れることはないが、次代にそれがないとは言いきれない。


 昔から3代目に転けると言うように、いくら頑張っても苦労を知らない世代は誘惑に弱いそうだから。



 そんなアルリビドも、全ての断罪を終えてから結婚していた。

 お相手はラキリウム共和国の伯爵令嬢だった。


 魔道具ランプで国に貢献し、爵位が順当に与えられた元平民だと言う。ラキリウム共和国は完全な実力主義で、本来爵位はそれほど意味をなさないが、貴族に嫁ぐには必要だと言う。


 アルリビドと王妃となったジンジャーが出会ったのは、アンディがきっかけだった。

 隣国経由でバラナーゼフに輸入されている魔道具ランプが実はアンディが製作者だと知り、当時王国で購入する際に2倍だった金額を、適正に戻して貰う為に交渉に行った時のことだ。


 一応アンディから、今度の国王はちゃんとしているからと伝えてくれていたようだが、実際に会ってみないと分からないと言われ、会うことになったのだ。


「ああ、そうね。貴方は悪そうじゃないわ。良いでしょう、値段は適正に戻しますわ」

「ありがとうございます。感謝します」


 面と向かって言われると、何とも言えない気持ちになる。一応私は隣国の国王になるのだが、このハルカと言う女性は貴族が嫌いらしい。

 後にアンディに聞くと、悪い貴族から手籠めにされそうな過去があるらしい。それならまあ、権力者が苦手でも仕方ないのだろうか?


 このハルカは、前世のアンディの母レイカである。


 この後も、バラナーゼフ王国にはない魔道具を購入する為に、度々この店に通った。その際にはアンディの弟子であるステアーにそれなりの移動費を支払い、一瞬の移動で行き来していた。


 アンディにバラナーゼフ王国に直接販売してくれないかと頼んだが、「リスクの分散だから、無理」と断られた。

 今は落ち着いているバラナーゼフ王国だが、何が起きるか分からないと言う。その為に、資産になる物をいろいろな国に分散して売り外貨を得ているので、魔道具はラキリウム共和国から購入してくれと言われたのだ。


 そんな理由でラキリウム共和国に訪れ、毎回対応してくれたのがジンジャーだった。魔道具に詳しく教養もあり、話しているとテンポが良くて楽しかった。


 そんな感じで話していくうちに、ジンジャーから告白されて婚約し結婚に繋がったのだ。結婚により魔道具が格安で手に入れられるようになったのは、ほんのおまけだったが。


「アルリビドは、今まで好きになった人はいなかったの?」


 少し考えて答えるが、その答えに少し情けなさが交じる。

「ちょっと家族がダメダメで、それをどうしようかと考えていると、あっという間に歳をとっていた。ハニートラップもあるにはあったが、両親が愛人を持つことに幻滅していたから、はね除けて来られたんだ。

 人を好きになる余裕なんて、なかったよ」


 気の毒そうなジンジャーに、「いやいや。そんな目で見なくて良い。欲がなければ、苦しくもなかったから」と慌てた。


「そお、じゃあ良かった」


 何でもないように、カラッと表情を変えるのが小気味良い。そのくらいの切り替えが出来る人なら、共に重圧は背負えるのではないか? そう思うと好きになっていた。


 勿論彼女は美しいが、それだけならたくさん似たような美しい人はいる。彼女は他と違うと思えたのは、人と関わってきたことでの、直感もあった気がする。


「王妃になって欲しいんだ。君以外に考えられない。頼むよ」


 恋愛経験がないので、気の利いたことは言えない。けれど彼女は少し考えてから「良いわ。貴方の荷物を少しだけ背負ってあげる。こんなに融通が利かない人が足掻くのは、可哀想だものね」と、頭を撫でてくれたのだ。


 完全に庇護欲からの結婚だった(恥ずかしい)が、彼女は王妃教育も順調に熟し、今ではなくてはならない程の愛妻兼戦友になっている。


「幸せそうだったわね、アンディ」

「ああ、本当に。ごめんな、ジンジャー。君にはいつも重責を課してしまって」

「何言ってるのよ、この王様は。シャキッとしなさいよ」

「うん。ありがとう、ジンジャー。愛しているよ」


 手を絡めて繋ぎ、見つめ合う二人は微笑んでいた。


 アルリビドは思った。

(いつか王位を退いたら、彼女の好きなことをさせてあげたい)と。思いがけず好きになって王族にしてしまったから、きっと不自由だったろう。


 そんな思いとは裏腹に、ジンジャーは比較的満足していた。

(自分のことをいつも気遣ってくれる、格好良いアルリビド。責任感があって、時々する憂い顔も超良い。最高!)

 実は店に来た彼に一目惚れしたのは、今でも恥ずかしくて内緒なのだ。



 辛かった時期の多いアルリビドにも、春は訪れていたようだ。




◇◇◇

 結婚式のパーティーを後にし、新居に来たアンディとアズメロウ。


 今日は初夜となる二人だが、緊張でお互いガチガチだった。


 アズメロウは再婚であるが、一度目は金で買われ、とても雑に扱われたせいで不幸な記憶しかない。


 アンディは人生二度目でも、碌な恋愛経験はなく、女性の肉体に触れるもの初めてだった。



「ねえ、メロウ。僕は女性との経験がないから、たぶんいろいろうまくいかない思う。でも、僕が君のことが大好きなのは本当だから、頑張ってみるよ」


 その正直な言葉に、アズメロウも囁いた。

「私は前の結婚で、物のように扱われたわ。私も相手のことを好きではなかったから、余計にそうされたのかもしれない。

 でも今は、貴方のことが愛おしくて堪らないの。傍にいるだけで幸せで、嬉しくて。だから良いの。うまくいかないことがあっても。

 逆に貴方が他の女性を知らなくて、嬉しいと思っている私がいるの。貴方は私だけのものだって」



 そんな言葉にアンディの緊張は解け、ますます愛おしさが募っていく。


 二人は裸になって、抱きしめ合うことから始めた。

 キスをして、見つめ合うだけで胸が高鳴る。


「愛しているよ、アズメロウ。君がいてくれて、僕は幸せなんだ」

「私もアンディがいてくれて良かった。こんなに人を愛せるなんて、嘘みたい」


 何度も何度も繰り返しキスを重ね、ゆっくりと気持ちを伝えながら、甘い夜は更けていく。


 とても幸福で、夢のような時間だった。




◇◇◇

 結果として。

 アンディとアズメロウには、3人の子供が授かった。

 長女リンディ、長男ディメノウ、次女ロウディである。

 

 幼い時から魔法をぶっ放つ、危険な幼児達である。

 両親に似ておとなしそうな顔付きなのに、性格はアンディだ。

 そんな子供達だがアズメロウは溺愛しており、けれど教育はしっかり行っている。


 一度ディメノウがアズメロウに逆らった時、心底悲しげな顔をされて以来、その様子を見た子供達は、従順になっていた。


 抵抗を続けていれば、アズメロウ命のアンディから鉄槌を食らっただろうけれど、遺伝子レベルで全員アズメロウが好きだと刻まれているらしく、抵抗はしなくなった。

 元のベースは、やっぱりアンディが多めらしい。



 そんなアンディ一家は、今日も賑やかなのだった。





◇◇◇

 アンディはアズメロウと生きる為に、自分の魔力を彼女に半分分けていた。


 魔法使いの寿命は、魔力が多いことで長寿だ。

 元国王のミュータルテの雇っていた魔導師も、術はパッとしないが150歳は超えており、今も王国の片隅で生きている。


 アンディ一人なら400歳にも到達するが、そんなことより彼は最愛と生きることを選んだ。魔法のコントロールに必要な魔力を引けば、二人で100歳程度が寿命である。

 若々しいままでもいられるが、アズメロウはきっとそれを望まないだろうから、適当に年齢操作をしていくつもりのアンディ。


 寿命を分けているようなものなので、アンディはアズメロウと共に天寿を迎えようとしていた。

 アズメロウが先に亡くなれば、アンディもすぐに後を追い。アンディが先に亡くなっても、アズメロウの霊体にくっつくように細工をしていた。


 まさに死ぬまで愛すである。

 アズメロウはそれを知らないが、もし知ったなら「私が死んでも生きて」と言うだろう。



 アンディ家には、リュミアンとラミュレンとその子供達も遊びに来るし、アンディの兄と姉の家族とその子供達も時々訪問して来る。

 ジョニーとモモ、トリニーズとフランベスの両親も来るので、いつも賑やかである。


 ダクトル夫婦と子供達、アルリビド夫婦と子供達もそのうち追加となりカオス状態になるも、アンディはいつも楽しそうにしている。


 それは信じられる者達だから、心地良いのだと気付くのは少し歳を経てからのことだった。


 アンディは退屈しない日々を送っている。








◇◇◇

 その後の話も細々書こうと思いますので、完結にしないことにしました。時間は少し開くと思います。


 

 たくさんの方に読んで頂き、感謝しております。

 ありがとうございました(*^^*)♪♪♪

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いらない子のようなので、出ていきます。さようなら♪ ねこまんまときみどりのことり @sachi-go

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