09.野蛮なるオーク転生⑦

 数日後のこと──。

 集落の中央、丸く囲われた柵が設置され、男たちの怒号がひしめき合っていた。


「やれッ、やっちまえ!」

「そこだッ、ぶっ殺せ」

「いけぇ! 頭蓋を割っちまえ!」


 沸き立つ観衆の声援は、ひどく野蛮なものだった。元々血の気の多い種族だからだろうか。テツオの狙い通り、闘技大会は開催された途端に大成功を収めた。集落の中が流血と絶叫に活気付き、周囲の出店が提供する飲食物が飛ぶように売れてゆく。


「逃げんなッ、もっと腰入れろ! マンドラゴラ振り回すみたいにぶん殴んだよ!」


 どこか下を向いて過ごしていた下層民ダーナンたちが、楽しそうに怒号を発して声援を送っている。その中にゾゾの姿もある。負った傷は完治したようで、振り回している手は綺麗なものだった。

 テツオはそんな彼の後ろで微笑んで静かな達成感に包まれる。どうやら調査官として良い介入ができたようだ。


 しかし、これから大変なのは一部の戦士階級ウォーリダンだろう。


「まだこんなもんかッ、ああん! 根性見せてみろやゴラァ!」


 多くの観衆が見守る中、一体の戦士が、相手に馬乗りになって棍棒を撃ち下ろす。


「ヒィイイ!」


 散々と打ちすえられ悲鳴を上げているのは──先日、ゾゾの手に怪我を負わせた悪質なウォーリダンだ。因果応報というやつだろう。鍛冶師を虐げていたその報いを受けている。


 闘技大会が始まってから、今まで鍛治師を虐げてきたウォーリダンたちはろくな武器を作ってもらえていないそうだ。現に、悪質な者の武器は、試合開始早々あっけなく折れてしまうのだとか。


[お疲れ様です。上手く行きましたね]


[そうだね。これでいつでも転生者が来れる舞台が出来たかな?]


 テツオは観衆に紛れながらミカゲと労いを交換し、高みの見物をしているビベンチョに視線を移す。

 丸い闘技場を一望できる高台に陣取り、動物の骨で出来た巨大な玉座に座っている彼女は、心底楽しそうに微笑んでいた。


 少し前までは男に首輪をつける変態贅肉巨人にしか見えなかったが、今はどこか女王の風格を纏っている気がする。

 ただ座っているだけなのに、闘技場の熱気が、まるで彼女を中心に渦を巻いているようだ。


[これで、転生者が成り上がれる〝余白〟ができました。ビベンチョの子供に産まれるも良し、ウォーリダンで成り上がるも良し、ダーナンに産まれても成り上がれる余地もあるでしょう]


 ミカゲが満足げに言って、感嘆の息を響かせる。


[今回、テツオさんが上げた成果、その効力を整理しましょう。簡易報告書を提示します]


 その引き締めた声を合図に、テツオの視界に文字の羅列が浮かび上がった。


──────────────────────────────

異世界調査官・原島テツオの提案によって、

このオーク集落に「王配争奪・闘技大会」なる一大イベントが導入されました。


その内容は──

オークの女王であるビベンチョの夫となる権利を巡って、戦士たちが命懸けのバトルを繰り広げる。まるで恋愛リアリティショー(流血あり)です。


夫となる権利を奪い合う男たちの姿を見せて、ビベンチョの支配欲を満たす企みがある一方、その裏では、いくつもの〝社会の歪み〟が、音を立てて変わり始めています。


かつて冷遇されていた下層民ダーナンたちには『観戦』という娯楽が生まれ、これまで道具のように扱われていた職人たちは、今や〝戦士を選ぶ側〟に立ち始めました。


武具を提供する者に敬意が芽生え、礼を尽くす戦士には至高品が渡される。

戦士と職人の間に、強い信頼関係が築かれつつあります。


反して、礼を欠いた戦士には粗悪品が提供される傾向を確認しました。

多少の陰湿さはありますが、他者の仕事を敬う精神、その土壌を育む環境の入り口に、オークたちが立とうとしています。


いずれ、職人同士の品評会なんてものまで開かれそうな勢いです。

戦士階級ウォーリダンだけでなく、下層階級ダーナンの仕事にもスポットライトが当たる気配がします。


原島テツオ調査官の介入により、オークの社会に価値観の逆転が起こりました。

そして、これから来たる転生者にもチャンスが訪れようとしています。


戦士として転生すれば、名を上げて英雄になることも可能。

職人として転生すれば、戦士たちを支える名工として成り上がることも可です。


そしてもし、女王ビベンチョの子として生まれ変わるなら──

その転生者は、オーク社会を根底から変える希望の星となるでしょう。

社会から弾き出されたホームレスたちに、再起の道が開かれるかもしれません。


願わくば、心優しき転生者をこの世界に。

そう祈るばかりです。


以上、記録官・田中ミカゲの報告でした。

──────────────────────────────


 テツオが報告書に目を通し終わると、ミカゲが満足気に伺う。


[どうですか? ちゃんと書けてると思うんですが]


[随分と砕けた文章だね。報告書って言うから、もっとお硬いものかと]


[硬くすると誰も呼んでくれないんです。〝イイネ〟を稼がないと天界ポイントを稼げません]


[はい? イイネ? どういうこと?]


[言ってませんでしたっけ? ひとつ調査官としての仕事を終えたとき、天界にいるすべての天使たちに報告書が共有され、評価されるシステムなんです]


[評価……です、か……]


[その評価に集まったイイネの数が仕事の成果となって、天界ポイントに変換されます。テツオさんの借金も、イイネを稼げば稼ぐほど返済が早まりますから]


 明るく言ったミカゲの言葉に、されどテツオは空を仰いでしまう。

 死んだ後でも他者からの評価に一喜一憂するのか。

 夢がない。もっと安らかな死後はないのか。


[なんか不服そうですね……]


[まあ……今はとりあえずビール飲みたいな。天界にビールってある?]


[ありますよ。古今東西、どんな国のビールでも飲めます。天界ポイントで購入すれば]


 ああ、それは何よりだ。

 そう心中で呟くと同時、ふわりと肉体が空へ落ちてゆくような感覚に見舞われた。


[テツオさんの魂を天界へ帰還させます。心を楽に、水底に潜るようなイメージを]


 なるほど、ようやくこの野蛮な土地から解放されるのか。

 安堵するも、ゾゾやビベンチョに別れの言葉を告げられないのは少し寂しさを覚える。


 しかし、割り切るしかない。転生者のため、密かに異世界に介入するのが調査官の役割だ。仕事を終えたら、静かに去るのみ。


[今度は、サメに食べられないようにしてくださいね]


 ミカゲの揶揄うような声音と共に──

 テツオの意識が白く染まり、眠るように意識を失ってゆく。


 不平不満を連ねてきたが、なんだかんだ楽しかった。

 ありがとう。野蛮なるオークたち。

 どうか、皆が幸せでありますように。

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