06.野蛮なるオーク転生④
しばらくした後──
テツオはミカゲの協力の元、集落の中を奔走して情報を仕入れて回った。
この集落が現在の体制に至った歴史を紐解き、
後は最高権力者であるビベンチョと直接、言葉を交わしたいところなのだが、
[やっぱいるかぁ……]
[いますね、門番が]
ビベンチョの住居は、渓谷を掘って出来た大きな洞窟であった。その入り口に、屈強なる
まずはあれらを穏便に突破しなければならない。
[いけますか?]
[まあ、ダメだったら逃げて日を改めよう]
[ふふふっ]
[何? 何で笑ったの?]
[諦めよう、とは言わないんですね]
ミカゲがまるで揶揄うようでいて、子供の成長を見守る母のような響きで言う。
[十時間ほど前は、『やめとこう』とか、『帰らせて』とかおっしゃってたのに。今は随分と前のめりになってくれて嬉しいなぁっと思いまして]
[いや……帰りたいよ? 布団に包まって寝てたいけども?]
[あらぁ、素直じゃないんですね]
[本音なんだけど……]
言いつつも、ゾゾを含めた鍛冶師たちと、すべての
テツオ自身も、日本で冷たい立場に立たされたことは何度もある。
成績の悪いテツオに針のような言葉を放つ教師。出来の良い兄と比べる両親。
就活時の圧迫面接。仕事を押し付けるだけ押し付けて即帰宅する会社の上司。
散々追い詰められ、心を病んで布団に伏せた頃、ようやく呪いから解き離れた気がした。
そんな経験から、世の理不尽に膝を屈している者たちに、何か残せるんじゃないかと思ってしまうのだ。
[行きます]
ミカゲに告げて、テツオは真っ直ぐ全速力で駆け出した。
「すみませーん!!」
恐怖を振り払うように、テツオは大声を上げて門番たちに接近すると。
「何だッ貴様!」
ラーメン屋の店主の如く、腕を組んでテツオを威圧するウォーリダン。
腕がとにかく太い。一発でも殴られたら頭が一回転してしまうのではないか。
「あの、実は──」
「このぉっ! ダーナンが何用だぁあああ!?」
テツオの言葉を遮り、一人のウォーリダンがドスンっと、その場に足を振るい落とし盛大に地面を穿つ。
(こっわ……)
舞い上がる土煙と、ヒビが割れる地面。
恐ろしい上に、あまりにも短気。せめて事情を聞いてから怒って欲しい。
「俺はイラついているのだッ、なぜビベンチョ様は俺を抱いてはくれないのだ! 俺はあの方に認められたいッ……それだけなのに!」
「ちょ、話を……」
「殴りたいッ、貴様を殴って憂さ晴らしをしたいぞ!!」
黄ばんだ歯を剥き出しに、テツオに掴みかかる憤怒のウォーリダン。
知能に問題がある。まともに話せる相手じゃない。
[テツオさんッ、退避を!]
悲鳴混じりにミカゲから声が上がるが、
[いや、大丈夫。予定は狂ったけど何とかなるかも]
むしろ好都合とばかりに、テツオはほくそ笑む。
「大変なんですッ、食糧庫にウェアウルフどもが襲撃をかけて来ました!」
即座に瞳を潤ませて見せ、叫ぶように訴えると、ウォーリダンたちは瞠目する。
「何だと!?」
「また来やがったか! 卑しい乞食どもが!」
いっそ心配になるほどにテツオの大嘘を信じ込み、まずいまずいと屈強な男たちは慌てふためき、打ち合わせをし始めた。
「ビベンチョ様にご報告を!」
「いや、奴らの足は素早いッ、戸惑っている間に逃げられてしまうぞ!」
ウォーリダンは戦闘能力に恵まれている分、知能は低く、嘘を吐きもしなければ疑いもしない。だから、ビベンチョの言いなりになっているのだ。
「見張りはどうする?! ここを空けたらビベンチョ様がご立腹に!」
その声に、テツオはここぞとばかりに手を挙げる。
「俺がここに立っておきます! さっさとウェアウルフどもを始末して急いで戻って来てください!」
狼狽えるオークたちに向かって縋り付き、テツオがいっそ涙まで流して見せると、
「仕方ないッ急ぐぞ!」
「うぉおお! 暴れるぞ!」
これまた何の疑いもなく、門番たちは自身の胸をゴリラのように打ち鳴らし、太い足を回して駆け出してゆく。
[名演技でしたね。すぐに涙を流せるなんて。お見事です]
[いやいや、ミカゲさんの考察のおかげだよ]
本当は、配給券を賄賂に通してもらう予定だったが──ミカゲの元勇者としての経験により、ウォーリダンは優れた戦闘能力に反比例して、思考能力が低い傾向にあるのではないか──という話を事前にしてくれていたのだ。
[凄いね。ウォーリダンとは出来るだけ接触を避けて回ってたのに、よく見抜けたね]
[これでも三回も勇者してますから。そもそも、この集落に創作物の類がほとんどないことがヒントになりました]
古い言い伝えが刻まれた石板はあったものの、個人で楽しむ本や物語がこの集落には存在しない。ゆえに『嘘』というものに耐性がない。他者を騙すという機能が育っていない。
しかし、ビベンチョはそうはいかないだろう。嘘を回して男たちを性奴隷にしているのだから、簡単に騙せる相手ではないはずだ。
[行きましょう。彼らが戻ってくる前に]
ミカゲが緊張を引き締めて言うと、テツオは頷いて洞窟の中へ進んだ。
規則正しく松明の火が灯る内部は、ひどく見通しが良い。誰かに見つかれば即座に警戒されてしまうだろう。
抜き足差し足で進んでいると、次第にある違和感がテツオを襲う。
「なんだこれ……」
急に、音が、無くなった。
「耳が、おかしい」
しない、音が。まったく。自分の口から出た言葉も、ひどく籠って聞こえる。雪山にいてもこれほど静かではないだろう。まるで、映画の中のリアルな宇宙空間の表現だ。
[ミカゲさん大変だ……耳がおかしくなった……]
[いえ、恐らく呪術の効力でしょう。壁に触れてください]
言われた通り、テツオは洞穴の壁に手を添えると。
[吸音効果を持たせた呪術が壁に施されています。恐らく、中で行われてることを聞かれないようにするためかと]
なにやら気まずそうに、ミカゲが分析結果を報告する。
[ああ……子作りしてるから、外に漏れないようにしてるのね]
[でしょうね……]
七回も異世界転生しているミカゲではあるが、こういうことに恥じらいがあるらしい。
確か、BL学園世界で浮き名を流していたようなことを言っていたが……。
[やばい]
深掘りしたい気持ちはありつつも、テツオはそれどころではない。
周囲の音がないせいか、肉体の中の音だけがやけにくっきりと響く奇妙な感覚。心臓の拍動、血液が流れる音、胃腸の動き、関節の軋みまで異様に大きく聞こえる。
[テツオさん、出来るだけ足早に進んでください。このまま長く無音に晒されれば、平衡感覚を失って酔ってしまいます]
ミカゲに忠告されるも、テツオはすでに目眩を覚えていた。この借物であるオークの肉体は聴力が鋭敏な分、無音で体調をおかしくするスピードが早いようだ。
耳は音を受け取るだけでなく、空間把握や方向感覚をつかむ助けにもなっていると聞く。完全に反響がない環境だと距離感や方向感覚を失い、三半規管が揺さぶられ──
(……吐きそう……)
テツオは口を手で押さえて、腹から込み上げる嘔吐感をなんとか耐える。
ヨタヨタと千鳥足で松明が灯る洞窟内をなんとか奥へ奥へ進んでゆく。
しばらく歩くと、幸いなことに少しづつだが音がじんわりと耳に戻って来てくれた。
それと同時──湿った皮を打つような音が鼓膜を叩く。
パンッ、パンッ、と激しく打ち付けられる音だ。
「ほれぇっ、まだ八回じゃないか! さっさと勃ち上がれぇええい!!」
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