05.野蛮なるオーク転生③
いそいそと鍛冶場に戻ると、恰幅の良い男オークが二人、道を塞ぐように歩いていた。
ウォーリダンというやつだろう。先ほど、ビベンチョに首輪をつけられていたオークたちもそうだが、やたらと筋肉の鎧が分厚く上背が高い。戦闘全般を担うだけのことはある。
「どけ、ダーナン」
テツオが二人の横をすり抜けようとすると、わざと肩をぶつけられる。
ケラケラと冷笑を落として歩き去るその大きな背中は、ひどく威張っていて印象が悪い。
とりあえず今わかることは、明確に見下されていたことだ。
[嫌な感じだなぁ]
[ですね。
嫌悪に声を落としながら、ミカゲがそう分析する。
戦闘や狩猟を担当する立場であり、腕力に物を言わせられる体格であるからか、自分たちより非力な者を下に見ているのだろう。
同じくコミュニティを支える役割をしているのは
[ま、どんな世界でもああいう手合いはいます。ささ、怪しまれないように持ち場に戻りましょう]
ミカゲに促され、テツオは元いた鍛冶場まで歩いてゆく。
すると、真っ先に目に飛び込んできたのは、両手に分厚い包帯を巻いたゾゾの姿だった。
「おい、ゾゾ! どうした!? 怪我したのか!?」
「ああ、テツオか……遅かったな……」
あれほど機嫌よく冗談を言っていたゾゾはどこへやら。今は額に汗を垂らし、包帯でグルグルに巻かれた丸い両手を下げ、痛みに静かに悶えている。
「どうしたんだその手? ドラえもん寸前じゃん……」
「ああ、ちょっとな。やっちまったよ。ウォーリダンの兄さん方に揶揄われてな」
「何があったの?」
「俺が作った武器の耐久テストをしてやるって言われてさ。俺が武器を構えてるところに、あいつらが何度も打ち下ろしてきて……で、手元が狂ったか知らんが、武器を握った俺の手に直接、振り下ろしやがった」
典型的なイビリだ。あまりにも稚拙な悪逆に、テツオの額に血管が浮く。
[これは……胸糞悪いわ……]
[気持ちはわかりますが、落ち着いてください。調査官が復讐に手を染めてはダメですよ]
なんの慰めにもなってやれないが、テツオはゾゾの背中にそっと手を添えた。
「いつも、こんなことされてるのか?」
「いや、たまにだよ。あいつら暇な時に鍛冶場にやってきては、鍛冶師をイビって帰っていくんだ。今日はたまたま俺が標的にされただけだ」
お前も気をつけろよ。と力無い声をゾゾが漏らす。
テツオは横目で周囲を確認してみれば、同じ鍛冶場の面々が、ゾゾに同情的な視線を送っていた。
「仕方ねえさ。幸い、そのくらいの傷なら二日で治る」
そんな言葉が周りから飛び、テツオは瞠目する。
[二日……? 無理でしょ?]
[軽く解析しましたが、おびただしい裂傷と、指と手の甲の粉砕骨折ですね。人間であるなら全治三ヶ月はかかると思いますが]
声をかけてくれたオークたちが冗談を言っているようには見えない。
事実であるならば、流石は屈強なるオークと言うべきか。自然治癒力が頭抜けている。
「テツオ悪い、俺は一旦帰るわ。このままここにいても何もできやしないしな」
「オッケー。ゾゾはゆっくりしてな。お前の分までやっておくよ」
肩を落として帰るゾゾの背を見送った後、テツオは棍棒にハンマーを振るう。
胸に溜まった不快感を晴らすように、怒りに任せて。
たった数分、会話しただけの仲だ。ゾゾがどんな性根か把握できているわけじゃない。
しかし、彼は気さくに話しかけてくれて、気前よくタバコを恵んでくれた。
毎月の配給量も決まっている中、安くないタバコを分け与えてくれたのだ。
ゾゾみたいな優しい存在が、理不尽な目に遭うのは……絶対に間違っている。
◇
日も落ちきり、外が暗闇に染まり切った頃。
鍛冶場で働く者たちが「お疲れ様」と一声かけ合って外へ出てゆく。
[どうやら、もう終業時刻みたい]
[手に入れた情報を元にレポートを作成します。誰もいない場所に移動できますか?]
ミカゲの通信に、テツオは頷いて外へおもむく。
しばらく歩き、出店通りを散策していると、
(ここが良さそう)
歪な木造の民家が並んだ路地裏に、松明の火が届かない暗がりを発見する。
そそくさとそこに滑り込んで壁に背を預けると、ミカゲが労い投げてくれる。
[とりあえず、お疲れ様です。初仕事としてかなりの成果です]
[どうも]
[聞き取った情報を元にこの世界を評価しましょう。今までのこと頭に思い浮かべてください]
促され、テツオは今日の収穫を頭で反芻してみると──
じわりと、視界に滲むように文字が浮かび上がった。
─────────────────────────────
【異世界調査書──調査員 : 原島テツオ 記録官 : 田中ミカゲ】
◇環境評価:D
◇転生適性:低
◇主要障害:強烈な体臭、味覚の不適合、強権的支配、差別意識
◇推奨事項:転生不可。改善介入は必須
─────────────────────────────
天界ならではの技術だろうか。テツオの頭に浮かべた情報が、簡潔な文字情報に変換されてゆく。
にしても、『転生不可』とまでは思っていない。ミカゲの説得を受けて、あらゆる趣きがあると思い直していたはずだ。
[これって、ミカゲさんの思ったことも書かれてる?]
[そうです。私の評価とテツオさんの評価の平均値を取った評価になりますね]
[じゃあ、転生不可に傾いたのは、ミカゲさんが?]
[そうですね……色々偉そうにテツオさんには言いましたが、今のままでは厳しいんじゃないかと、私も心の端で思っていましたね]
いわく、この調査書の記述する魔法は、二人の潜在意識を分析して書かれるものであるらしい。ゆえに意図的な改竄は不可能。どれだけ心の中を偽っても、誤魔化しが効かないとか。
[まあそうだよね。文明が進み過ぎて目まぐるしくなった日本にいると、原始的な環境でチルを感じれるかもしれないけど……]
[はい。ここの周辺環境はあまりにもよろしくないです]
今日一日中調査して、まず問題に上がったのは──〝水〟だ。
モンスターであるオークでも、生き延びるには水は必要不可欠。にも関わらず、集落の中に水源が存在しないのだ。
集落を取り囲むのは枯れた渓谷。草の一本も生えておらず、ひたすらに砂と岩で構成されていた。
[ここから二〇キロ先に森とか川が走ってる土地があるらしいけど……]
そこに辿り着けるのは、屈強な戦士階級ウォーリダンのみ。なぜなら、凶悪なモンスターと遭遇した際、非戦闘員であるダーナンではたち打ち出来ない。
残酷なことに、産まれた時点で肉体の性能に大きな差があり、座れる階級も決まっている。
[だから、ウォーリダンに転生させれば……とも思ったのですが]
[ウォーリダンになっても水源までの生存率は七〇パーセント程度]
生きて戻ってこられても、肉体の一部を失ってホームレスになっている者も少なくはなかった。その証拠に、集落の端っこで片足や両腕を失ったオークが物乞いをしているのを目撃した。
[圧倒的なリアルな光景に、面食らっちゃったよ]
[ですよね。魔法とか呪術で治して上げれたら良いんですけど]
そんな超常現象を行使できるのは、呪術を使える
聞き取った情報によると、ビベンチョは肉体を修復する呪術も使えるのだとか。それをホームレスたちに施してやらないということは──少なくとも性善説という土台が彼女にはないのだろう。
[チート級の回復手段を持った転生者を送るとかは?]
[それが一番良さそうなのですが、問題はチート回復能力を付けて転生させたとしても、ビベンチョに目を付けられたら──]
赤子の内に殺される可能性がある。そう、ミカゲが重々しく口にした。
どうやら、今のテツオのように現地で生きている肉体に魂を憑依させる形では、強力なチート能力を与えられないらしく、赤ん坊としてこの地に産まれる必要があるそうだ。
[異世界転生所って万能じゃないんだね]
[残念ながら。母親の子宮の中で肉体を作っている内に、天界側で調整しなければいけません]
[うーん……じゃあ、ビベンチョの子供に転生させるのは?]
[なる……ほど……]
テツオの提案に、ミカゲは歯切れが悪い反応を示した。
[あれ? 微妙な感じ? ビベンジョは子作りに励んでるって話だし、良いアイディアだと思ったんだけど]
[解析結果として、彼女は〈避妊の呪術〉を自分に施してるようなのです]
[え……じゃあ子作りの儀式うんぬんっていうのは?]
[嘘だと思います。彼女はハーレムとSMプレイを楽しんでいるのでしょう]
かなりタチが悪い。と、テツオは額を指で揉む。
[後継者を望んでいるような姿勢を見せて、男たちに自分を求めさせてるんだ。ビベンチョの子供の父親になれば、この集落の二番目の権力者になれるから……]
[恐らくそれが正解でしょう。男性の競争心をくすぐって、首輪を付けているのでしょうね]
競争心──テツオが嫌な気分になる言葉だ。
他者より抜き出なきゃいけない。評価されなきゃいけない。出世しなければならない。
努力し続けなければならない。成長し続けなければならない。進化しなければならない。
そんな成果主義的な価値基準が、オーク社会の根底にも巣食っている。
[加えて、自分より下の階級を見下して生きている分、抜き出ることに取り憑かれている節もあるかと]
ミカゲの言う通り、ウォーリダンはダーナンに対して横暴な態度で接している者が多い。
ゾゾに対する仕打ちだけでなく、出店の店主をいびったり、わざと足を引っ掛けて転ばせている姿を、先ほど視界の端で目撃している。
[さて、この劣悪すぎる環境をどう改善しましょうか]
[やっぱり、介入しないといけないんです? もう転生不可として放棄しちゃダメ?]
[はい、ダメです。ここで日本人が成り上がれる〝余白〟を作らないと、調査官としての仕事を完了できません]
余白──つまりは、完全にプラスに転じなくとも良い。
転生者が突破口を切り開ける、何かしらの余地がある環境が必要なのだ。
[いっそ手っ取り早く、ビベンチョと性格の悪いウォーリダンどもを──]
[ダメです。調査官が現地人に危害を加えてはいけません]
遮るように言われ、テツオは大きな舌打ちを打ってしまう。
難しい仕事だ。このオークの社会構造にどんな介入をすればいいのやら。
[じゃあ、こう考えましょう。ここで映画を撮るなら、テツオさんならどうしますか? どんな舞台に、主人公を立たせたいですか?]
[映画……ですか……]
ミカゲの助言に、テツオは顎に手をやって思考を回す。
面白い視点だ。もし、この舞台を映画にするなら──。
持たざる者でも成り上がれるような、そんな舞台が望ましい。
[ミカゲさんの解析スキルって、この集落の歴史とかわかったりする?]
[はい。書物があれば簡単に済みますが、無ければ長く生きてる個体に接近してください]
[老人にコンタクトを取れってこと?]
[そうです。記憶領域に向けて解析を行います。人手が必要なので、何人か同僚の天使の手を借りれば可能になります。やりますか?]
[やりたい。お願いして良い?]
[わかりました。しばらくお待ちください]
微かに、頭の中でミカゲが走る音が聞こえる。
どうやら人員を調達に行ってくれたらしい。
「さて」
テツオは少しだけ、心が躍るような感触を胸に抱く。
映画の幕が上がるような、そんな期待感だ。
「これでも、自分の映画に俳優として出演したこともある。やれるはずだ」
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