04.野蛮なるオーク転生②
[……帰らせてもらって良いですか?]
晴れ晴れとした太陽に照らされながら、テツオは苦悶の表情を浮かべて弱音をこぼす。
オークの集落を練り歩いてすぐ、目に飛び込んできた食べ物の数々──それがあまりにもひどく、食欲を引っ込めてくれるほどにグロテスクなものなのだ。
[解析完了。人間の手足に生首、ゴブリンの物もありますね。中々に苛烈な食材ばかりです]
鍛冶場を出てしばらく歩いた先、周囲にはあらゆる出店が軒を連ねていた。
数々のモンスターの生首が陳列されてる店もあれば、人間の肉体の一部を大きな釜に放り込んでいる飲食店まで。
[なんか……『死』そのものに彩られてて……めちゃくちゃ怖い……]
カルト部族に追いかけられるパニックホラーの世界観だ。
親子で見れるタイプの景色でもなければ、デートコースにも使えない。
[一つ、食べてみてください]
テツオが絶望する最中、ミカゲからそんな指示が飛んだ。
[イヤだッ、人間を食べさす気ですか!?]
[まさか。違いますよ。比較的、緩いもので構いません。ほら、丁度そこに──]
テツオが歩く道の右側、巨大な鍋の中で自販機ほどの大きさの鳥肉が丸ごと油で揚げられている。
[フライドチキンみたいで食べやすいでしょう?]
確かに、とテツオは頷いて店先に歩を進める。
香りも良い。かのファーストフード店で提供されるそれらとは違い、美味しそうな衣を纏ってはいないものの、独特の香辛料と共に油に浸る様子は、腹の虫を刺激される。
「すみませーん。一つください」
「はいよ。石を見せな」
店主のオークが催促するように、こちらに手を掲げる。
一瞬、なんのことか混乱しかけるも、テツオは即座にズボンのポケットから文庫本サイズの平たい石板を取り出した。
肉体の記憶によると、どうやらこの集落では金銭のやり取りをしていない。
──職業階級による配給制度のようだ。
「今月はまだ余裕あるね。もう一本くらい買ってけよ」
「いや、とりあえず一本でお願いします」
言いながら、テツオが鉄串に刺さった鶏肉を受け取ると、店主はテツオの石板にナイフで一本線を掘る。
[興味深いですね。仕事によって一ヶ月の配給量が決まってるんですね]
[そうみたい。自分の仕事によって買い物ができる量があらかじめ決まっていて、一ヶ月のうちに石板に溜まってるチケットを使い切らないと、失効する]
[貯蓄ができないシステムなんですね]
実に巧妙だ。働き手を外に逃がさないようにするためだろうか。
店主から石板を返却してもらい、テツオは鶏肉に齧り付く。
[お味はいかがですか?]
[旨味の少ない、鶏のささみですね……ダイエット中のボディビルダーでも選ばないと思います……]
[あらぁ……オークの身体は味覚が鈍いんでしょうか?]
[文明レベルの問題かもしれませんね。転生者がここで調味料の開発とかしたら、改革を起こせるかもしれませんね]
テツオが言うと、ミカゲが「おおっ」と感心したような声を上げる。
[その調子ですよ。転生者のために攻略のコツを残しておくのも調査官の大事な仕事です]
どうやら役に立てたようだ。この程度の調査内容であれば、さほど苦労はしなさそうだ。
そんな微かな達成感をおかずにして、呑気に鶏肉を頬張っていると、
「ほれぇっ、気合い入れて歩くんだよぉん!」
野太い女性の大声が、背後で打ち上がった。
驚き慌て、振り返ってみれば──巨大な贅肉の塊がそこにあった。
[えぇ……]
[うわ……]
身長三メートルはあるだろう。全身にでっぷりと贅肉を纏った巨大なオークの女性。
それが、通りの真ん中を堂々と歩いていた。首には数珠のように連なった人間の頭蓋骨のネックレス。身体にはマイクロビキニのような面積の少ない動物の毛皮を着ている。
さらに驚くべきことに、その女の足元にはパンツ一枚のオーク男性が二人、犬のように首輪を付けられ、犬のように四つん這いで歩かされている。
[何してんの……あれ?]
[何してるんでしょうね……]
あまりにも異様な光景に怯みながら、テツオは三歩後ろへ距離を取った。
SMプレイがオークの文化に存在しているのか。
「今日は何発しようかねぇッ、枯れ果てるまで搾り取ってやるからね!」
「「はい、ご主人様……」」
「声が小さいッ そんなんじゃ私を孕ませられないよぉおん!」
咆哮を発しながら、巨大なオーク女性が首輪に繋がったリードを引いて、四つん這いになった男たちに鋭い蹴りを入れた。
蹴られた男たちは涙を流し、土に塗れて呻きを上げている。奴隷制度がこのオーク社会に存在するのだろうか。
[めちゃくちゃかわいそう……]
[解析完了しました。彼女の名前は〈ビベンチョ〉です。この集落の最高の権力者みたいですね]
狼狽えるテツオに、ミカゲの報告が脳内に刻まれる。
公衆の面前でSMプレイを行う者が最高権力者──これから転生してくる日本人の安全を脅かす存在だ。
[彼女について情報収集をしましょう]
ミカゲの声に警戒の色が伺える。どうやら彼女も脅威に感じているらしい。
テツオは歩き去ってゆくビベンチョから視線を剥がし、近くにいる柔和な顔をしたオークの男性に話しかけた。
「すみません。俺ここの集落に来たばかりなんですけど、あれなんですか?」
ビベンチョの背中を指で指しながら聞くと、オークは無念とばかりに首を振る。
「ありゃ、儀式だ」
「儀式? ですか?」
「そうだ。ビベンチョ様は後継者を欲しがっていらっしゃる。だから、毎晩のように戦士を寝室に招いて子作りに励んでいらっしゃるのさ」
詳しく話を聞いていると、オークの社会には明確な階級制度があることがわかった。
まずは最上位の地位にあるのは──〈シャーガン〉
オーク独自の呪術による占いや攻撃手段を持つ呪術師を指す。
この集落ではビベンチョだけがこの地位に座っているらしい。
その次に高い地位にあるのは──〈ウォーリダン〉
屈強な肉体を持ち、戦闘や狩猟を担う戦士階級を指す。
集落を代表する花形職業であるものの、強制的にビベンチョの性奴隷候補に。
性奴隷でなくとも、成人を迎えたウォーリダンは一度はビベンチョと一晩過ごすことになるそう。
そして、最下層民の──〈ダーナン〉
戦闘に関わらない全ての職業がこれに該当する。
今のテツオの地位もこのダーナンに属する。
武具を作成する鍛治師という立場は、ダーナンの中でも少しだけ上の立場にあるとか。
[なるほど。先ほど巨大な女性オーク──ビベンチョの独裁によって、この集落は成り立っているのですね]
[うーん……]
テツオは市場を練り歩き、腕を組んで考え込む。
日本人が幸せに暮らせる世界であるかを見極めるのが、異世界調査官の仕事と聞く。
その役目に沿って言えば、オススメできる環境ではないと言わざるおえない。
[ミカゲさん、やっぱりここは日本人には合わない。ハードすぎるよ。花形職業のウォーリダンになったら、あんな変態贅肉巨人の性奴隷になっちゃうんだよ?]
[ああいう女性が好みの方もいらっしゃいますからね。単一の好みで語らないのが、異世界調査官の鉄則ですよ?]
[そんなニッチな需要も考慮しないといけないの? そんなこと言い出したら何でもオッケーじゃないの?]
[何でもとは言いませんが、ストライクゾーンは広めに取った方が良いんです]
プロフェッショナルであるミカゲが言うならしょうがない。
テツオはなんとか魚の小骨を咀嚼する気持ちで強引に納得する。
[まあ、そうですね……人の好みを否定してると、同じものばっかになっちゃいますからね]
[物分かりが良くて素晴らしい。気を取り直して、周辺調査を続行しましょう]
それから、テツオは引き続き集落を歩き回り現地調査に明け暮れた。一生懸命に仕事に熱中していると、あっという間に太陽が西に落ち、周囲が暗く染まり出す。
そこで一度、鍛冶場に戻ることにしたのだが──。
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