第5話 さよならはいわないで/勇気のマント

「てりゃぁぁぁ!!!」


鋭い槍による思い切りのいい一撃が、巨大な蛇のようなモンスターの首元を捉える。だが。


「まだだ、踏み込みが浅いぞ!!」


攻撃を受けた蛇のモンスター、ゾドラギルスはその全身を覆う岩のような鱗でドルの槍を弾いてしまった。バランスを崩したドルは大きくよろける。ゾドラギルスは牙を剥くと反撃の姿勢に入った。


「ドル!しゃがめ!!!」


 声を聴いて反射的に地面に這いつくばる。次の瞬間、ドルの頭上を彼女の何倍もの大きさの巨大な刃が通り抜けた。ぶぉん、という音とともに空気を割いたその巨大な戦斧は、今にも飛び掛かろうとしていたゾドラギルスをその強固な外殻ごと文字通り二枚におろした。


「ししょう~……」


ドルは安堵から腰が抜けたようにへたりと草むらに座り込むと、師匠であるライラを見上げた。ライラはベルトの詠唱機スキャナーに“ゲート”の詠唱札スペルカードを読ませ、身の丈ほどもある戦斧を収納しながらドルに話しかける。


「狙いも仕掛けるタイミングもよかった。ただ、腰が入ってなかったな。」


 二人が師弟になってから、すでに二年余りが過ぎていた。ドルもしっかり体力が付き、力の使い方もうまくなった。本来ならあのタイミングでゾドラギルスの甲殻を砕き、致命傷といかなくとも大きくひるませることはできていたはずだ。


「ごめんなさいニャ……助けてくれてありがとうニャ、師匠」


「……どうしても、ボクより大きい相手だと足がすくんじゃうのニャ。練習用の人形だったらうまくやれるんニャけど……」


「ふむ……やはり精神的な問題か」


ライラはドルの隣に座ると、柔らかい笑顔を浮かべながら言った。


「ドル。家に帰ったらいいものがあるんだ。もしかしたらその問題も解決できるかもしれない。とりあえず今日の実戦訓練は一旦終わりにしよう!」


「わかったニャ!でも、いいもの……?なんだろニャ」



 二人はゾドラギルスの遺骸を処理し、そのまま帰路についた。日はすっかり落ちている。ライラとドルが寝床にしている建物の地下室。そのクローゼットから、ライラは大きな箱と薄い箱を取り出した。


「師匠、それは何ニャ?」


「ふふふ。ドル、君へのプレゼントだ。本当は二周年の記念にと思っていたんだが、特注品でなかなか時間がかかってしまったらしくてね」


「プレゼント!?ボクにかニャ!?」


先ほどの戦闘以降ずっと暗かったドルの表情がぱぁっと明るくなった。


「開けてみてもいいかニャ!?」


「もちろん!」


ドルは丁寧に梱包を解いていく。高級そうな革張りの木箱の中には、巨大な槍が入っていた。


「わぁ……!!」


「グクフの職人に作ってもらったんだ。持ち手は、ドルの手の形に合わせてある。少し試してみてくれないか」


「わかったニャ!……おおお!すごい、ぴったりだニャ!!すごく持ちやすいし、重さもちょうどいいニャ!!」


「よかった、きみが寝ている間にこっそり手形を取らせてもらった甲斐があったよ。ちなみに重心も君の癖に合わせて調整してもらっている。きっと扱いやすいはずだよ」


「すごい!すごいニャ!!」


「そして、こっちも中々とっておきだ」


 ライラは薄い箱の方をドルに渡した。ドルが箱を開けると、そこには赤い布が丁寧に折りたたまれていた。光の反射や漂ってくる香りで、触れずともただの布ではないことがわかる。そして何より、この赤だ。


「師匠……ひょっとしてこれって……!!」


「ああ。着けてみてくれ」


ドルは赤いマントを制服の上から羽織ると、鏡の前まで小走りした。


「わぁ…!!!」


鏡に映った自分の姿は、まるでライラだった。


「どうかな。私のものと同じ職人に作ってもらったんだ。特殊な繊維で織られていて、劣化することも解れることもない」


「……ドル。確かに、自分よりも大きなものに挑むには尋常ではない勇気が必要だ。だが、少なくともこれを羽織っている間なら、君はどんな魔物よりも強い!自信、持てそうか?」


ドルは感極まりながら大きく何度も頷いた。


「ありがとうニャ、師匠!!特製の槍に師匠と同じマント!!もう誰にも負ける気しないニャ!!!」


まっすぐライラの眼を見ながら続ける。


「師匠!このマントがあればもうボク誰にも負けないニャ!!!向かってくるヤツはどんなに大きくても絶対ぶっ飛ばしてやるニャ!!!」


「おお、言ったな?じゃあこれからも期待してるぞ、ドル!一緒に頑張っていこう!」


「任せるニャ!!」




 その日からのドルは、まさに破竹の勢いだった。自信が成功を呼び、成功がさらなる自信を呼んだ。次から次へと任務をこなし、名を上げていく。その実力は、騎士団の上位7名である“孤高の七騎士”に次ぎ、一部では八番目の騎士と呼ぶ者もいたほどだ。だが、更に1年の時が経ち、事件は起こる。怪物テラによる旧王都ロワレの襲撃だ。


「どうなってるニャ、あの化け物……」


「わからないが……どうやら周囲の生物の生気を吸って再生しているようだな」


 戦況は悪い。刃で斬られても大砲で吹き飛ばされても何度でも蘇るテラに対し、被害は拡大するばかりだ。ドルとライラは武器の整備のために一時的に拠点へ戻っていた。


「……でも、でもきっと大丈夫だニャ!あいつの動きはわかってきたし、再生もいつまでもできるはずがないニャ!!このまま攻め続けてればいつか必ず倒せるニャ……!!」


ライラはドルの震える声を、大斧の刃を研ぎながら静かに聞いていた。


「……師匠?」


「ドル。実は、一つだけ、アイツを消す秘策を思いついた」


「わぁ!!すごいニャ!!やっぱりさすが師匠だニャ!!!」


不安の色が混じっていたドルの青い瞳に一気に灯がともる。ライラはそれからすこし目をそらすようにして続けた。


「ただね、ドル。さすがに私も少し……怖い」


「師匠が……!?」


「ああ。だから、私に勇気をくれないか、ドル」


「もちろんニャ!!ボクにできることなら何でも言ってほしいニャ!!」


 食い気味なドルの返事が少しおかしかったのか、ライラは少し笑みを浮かべると、ドルの両肩に手を置いて言った。


「目を、瞑ってくれ」


 言われた通りに目を瞑る。すると、体全体が優しい暖かさに包まれた。が、それと同時に意識も遠のいていった。麻酔の匂いがする。溶けていく意識の中で、ライラが耳元で何か言ったような気が、した。


=続く=

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